第32話 小さな巨人計画30


 空港には海洋国家連合に所属する国の国旗だけではなく、大陸国家連合に所属する国々の国旗もはためいていた。

 二人は空港のロビーで海洋国家連合議長のルイス=ホーベルトに迎えられた。

 ルイスの手は包み込むように大きく、すらっとした長い指は爪まで綺麗に整えられ、装飾などはしていなくとも見惚れるほどであった。


「遠くからご苦労であった。長野基地のこともあり休む時間を与えたいのだが、申し訳ない。すぐにブリーフィングルームに向かってほしい」


 佐久夜は言った。「ねぎらいの言葉だけで十分です」


 盛大に歓迎してくれた海洋国家連合本部の住民は様々な人種が入り交じっていた。その中に、大陸国家連合に所属する国の出身者がいることは確実だった。


 警護に囲まれた三人は要人専用のエレベーターで何層にもなる居住区を下り、目的の巨人試験区画に着いた。

 強化ガラスに囲まれた広大な敷地に、一体の巨人が寝そべっていた。

 小さな巨人Ⅲは巨人の脳内を露わにするだけではなく、自我の行動を観測することも目標にされている。


 三人は薄暗いブリーフィングルームに入った。そこには天海さんや有麻さん、宮・クレイトシス司令も集結していた。

 最前列に着席すると、有麻がスクリーンの前に立った。


「小さな巨人Ⅲでは搭乗者が本能となった巨人の生態を解明します。私たちは巨人の生態を四方から観測するため、解万かいばんの箱を新設しました。そこでは露出した巨人の脳にニューロコネクトチップを埋め込んで巨人の思考や本能になった搭乗者の影響を解析するだけではなく、巨人の動きから肉体や臓器の働きを観測することが可能です。私は以前に宮・クレイトシス司令を搭乗者に迎えて、小さな巨人計画Ⅲと同じ方法で巨人の生態を見極めようとしました――」


 会場はどよめいた。

 一番に興奮していたのは、楠瀬だった。


「佐久夜も聞いたでしょう? 母さんも搭乗者だった。やっぱり、湊崎血統でなくても巨人に搭乗できるのよ。一人目の搭乗者なんていないんだわ!」


「それなら、どうしてそのことを早く言ってくれなかったのかわからない。すぐに一人目の搭乗者と対話できる機会が訪れる。まずは彼女が言いたがっていたことをすべて聞きたい」


 宮・クレイトシスは説明責任を果たすため登壇して、有麻からマイクを受け取った。


「私は、私でなせることなら、なしたいと思いました。しかし、巨人の生態を解明して人類の発展に役立てるという目標に到達することはありませんでした」


 宮・クレイトシスはマイクを有麻に返した。


「小さな巨人Ⅲで搭乗者は巨人の本能として機能できるのかを検証することになります。小さな巨人Ⅲは、私たちにまだ見ぬ先を見せてくれることでしょう」


 己が本能になる巨人の脳内を明らかにすることは、まるで自分の脳内をのぞかれているようで、思想・良心の自由が脅かされてしまうような恐怖感があった。

 しかし一人目の搭乗者が、なぜ宇宙巨人を受け止めてようとしてくれるのか明らかにしなくてはならない。それが明らかになれば、信頼関係という強固なつながりが生まれるはずだ。


 ブリーフィングはルイス海洋国家連合議長の「小さな巨人Ⅲをよろしくお願いします」という一言で終了した。


 多くの人がブリーフィングルームを去っていく中、佐久夜と楠瀬の前には白衣を着た一人の女性が立っていた。


神埼かんざきです。よろしくお願いします。これからお二人を更衣室まで案内させていただきます」


 神崎は長いまつげと派手な爪をしていた。濃い化粧は、端正な顔立ちを隠す仮面ではなく、美しく着飾る手法になっていた。

 佐久夜と楠瀬は席を立ち、神埼と挨拶をすると彼女の先導で更衣室まで歩みを進めた。

 佐久夜は男子更衣室の前で楠瀬、神埼とわかれた。

 更衣室内にはモニターが置いてあり、外の映像が流れていた。

 宇宙巨人が、月のとなりで輝いている。

 落下は近い。

 だれもが小さな巨人計画の完遂を待望するほどの成果を、ここで上げなければならない。

 でも、ロケットで宇宙に避難したことを後悔してほしくはない。海底巨人が受け止め復興した世界は、より素晴らしいものとなるはずだ。


「湊崎さん、小さな巨人Ⅲは中断です」神崎は息を切らして更衣室に入ってきた。「ブリーフィングルームに集合してください」


 神崎に下着姿を見られてしまったが、そんなことよりもズボンを履いて走った。

「何が起きたのか聞いていませんか?」


 佐久夜は走りながら問いかけた。


「いいえ」


 ブリーフィングルームは慌ただしい雰囲気が充満していた。

 佐久夜と神崎も席に着く。すでに楠瀬は座っていた。


「いったい、何が起きたのかしらね」


 楠瀬も事態を把握していなかった。

 天海が壇上でマイクを持った。


「皆さん、心して聞いてください。宮・クレイトシス司令が殺害されました。すでにこの階層は閉鎖されており、出入りはできません。それよりも前にこの階層を出た人物もいませんでした」


 この中にいるんだ。小さな巨人計画に反対して、宮・クレイトシス司令を殺害した犯人が。


「神埼さん、殺害された現場を知りませんか?」


 佐久夜は、また事件に関与しようとしていた。

 小さな巨人Ⅲは搭乗者である俺がいなくては成り立たない。ここで勝手な行動をして、もしも搭乗者という同じ理由で殺害されるようなことになれば、それこそ小さな巨人計画は大きく計画を遅らせなければならなくなる。それは宇宙巨人の落下に間に合わなくしてしまうかもしれない。

 それを承知でも、長野基地での功績や楠瀬の母を殺害した犯人への憎悪が解決の優先を後押しした。


「多くの医師や看護師が巨人の格納庫に集まっていました」


「そこまで案内してください」


「私もいっしょに行かせてください。殺されたのは母なんです」


 きっと神崎さんも、それを知っている。

 もっと自分に自信を持ってほしい。クレイトシス家を継いでいくのは、楠瀬なのだから。


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