第30話 小さな巨人計画28

 事件現場は、二つ下の階だった。

 エレベーターホールに、軍服を着た男性の遺体が仰向けで横たわっていた。


「第一発見者は、二機あるエレベーターの片方がいつまでも動かないことに違和感を覚えて従業員に点検を依頼したそうです。そして、ここで扉に挟まって倒れる平島果内ひらしまかうちさんが発見されました。聞き込みから、男性同士の口論が続いてから一度だけ銃声が聞こえたという証言が得られています」


 被害者の腹部には二本のナイフが深く刺さり、前頭葉に致命傷となる銃創があった。顔面は煤を被り、燃えずに残った火薬の粒が皮膚を貫き赤褐色の斑点を残していることから、近距離で撃たれたことは明白だった。


 犯行に使われた拳銃は現場に落ちていなかった。被害者のウエストホルスターにも拳銃はなく、犯人に盗まれたようだった。

 犯人が軍人であるなら、持っていることがあたりまえの拳銃を凶器という理由だけで捨てる必要はない。それに平島さんを撃ったことで銃弾が一発だけ減ってしまったとしても、被害者の拳銃から盗めばいい。しかし、どうして被害者の拳銃を盗む必要があるのか、理解できなかった。いくら拳銃を携帯していても不自然ではない軍人でも、二丁も持っていれば怪しまれる。


「不可解な遺体ね。お互いにナイフを取り出すほど争ったはずなのに、防御創が一つもない。それに言い争っていた相手が自分のホルスターから拳銃を抜いて銃口を顔に向けるまで、軍人がまったくの無防備でいられるとは思えない」


「きっと言い争っていた相手は顔見知りで、まさか殺されるとは思っていなかったんだろう。それに防御創がないのは、死後に刺されたものだからなのかもしれない。しかし、その必要性がわからない。荒井川さん、それらについて犯人は何か供述していますか?」


「両桐さんは平島さんと仲が良かったそうです。しかし本人は黙秘を貫いています」

「そうですか。被害者の拳銃は、まだ発見されていないんですか?」


「被害者の拳銃は第二、第三の被害者が持っていました。しかし、自首した犯人は平島さんを撃ったとされる自身の拳銃を所持していませんでした」


「軍人であるなら、拳銃を所持していないことのほうが不自然です。それなのに、自首した犯人は凶器の拳銃を所持していなかったんですか? 黙秘しているということは、それの隠し場所も話されないんですよね?」


「はい、そのようです」


「わかりました。まずは第二、第三の被害者がいるところに案内してください」


 第二、第三の被害者は宿泊していた客室で発見された、融合双生児の折紙葵と折紙栞だった。

 二人は胸にあいた穴から流れ出た血液で服を赤く染め、ソファにもたれかかっていた。

 葵は右手で栞の左手を握りしめ、拳銃を握った左手を膝の上に置いていた。


「どのように、この拳銃が平島さんのものだと確認されたのでしょうか?」


 冷静というよりも、喪失感が俺の口調を穏やかにしていた。

 また俺は、融合双生児を救えなかった……。


「拳銃に刻印してあるシリアルナンバーが、平島さんに貸し出している拳銃と一致していました」


「両桐さんは、本当に二人を殺害したの?」楠瀬は口元を押さえて言った。「彼は元融合双生児なのよ。こんなことをするとは思えない」


「同じ意見ですが、彼は自首しているのです。殺害した可能性は高いでしょう」荒井川は言った。「平島さんの腹部に二本のナイフが刺さっていることから、両桐さんは融合双生児の二人に平島さん殺害の罪をなすりつけようとしたのです」


「平島さんの腹部にはナイフが根もとまで刺さっていたのよ。融合双生児の筋力では難しいことも両桐さんなら知っているはず」


「偽装に失敗した。だから平島さんを殺害した証拠となる拳銃を隠したと考えるべきでしょう。しかし、軍人であるのに拳銃を携帯していないことの不自然さから逃げ切れないと悟って自首したんです」


 楠瀬は冷静さを取り戻した。「葵さんと栞さんは、お互いが助け合っていました。きっと腕の可動域が狭いため、自分の口まで食事を運ぶこともできないんです。ですがそんな二人でも、二丁の拳銃があれば自殺した現場のように偽装することが可能です。少なくとも、葵さんの左手が握る拳銃で栞さんを撃ってから自分を撃ったような様相を呈している現在の現場よりも自殺に見せかけることは可能です。自分の拳銃を隠すくらいなら、平島さんを殺害した二人は自暴自棄になって自殺したかのように見せかけるべきです」


「それができなかったから、自首することになったというだけのことではないのですか?」


「そう考えるのは簡単です」佐久夜は下唇を触った。「ですが、両桐さんは融合双生児支援協会会員です。二人の犯行には見えない現場と、二人の自殺には見えない現場。そんな偽装をするでしょうか? 荒井川さんはこれらの現場を見て、二人の犯行であり、二人は自殺したと思いましたか?」


「思いませんでした。そもそも、融合双生児が軍人から銃を奪って殺害することなどできないと思いました。だから、すぐに三人は無差別に殺されたのだと多くの人が理解しました」


「そうなんです。どんなに偽装しようと、軍人を殺害した犯人を融合双生児に見せかけようだなんて不可能なんです。だから私たちは、そんなことをしようとしていたなんて思ってはいけないのです。両桐さんは平島さんの拳銃を持ち去りました。その行為は犯人を偽装しようとしたものではなく、この現場に二丁の拳銃が必要だったんです。融合双生児が亡くなった現場に二丁の拳銃があったとしたら、どうでしょうか。融合双生児の二人は、二丁の拳銃でお互いがお互いを撃って自殺したんです。それなのに私たちは拳銃が一つしかない現場を見て無差別殺人だと思ってしまった。騙されていたんですよ」


「本当に自殺なら、自殺した状況のままにしておけばよかった。どうして殺人に見せかける必要があったの? 二人を殺害した罪まで背負う必要はない」


「それは目的が無差別殺人に見せかけることだからだよ。荒井川さんなどは部外者が殺害されたことで無差別殺人だと錯覚していた。それは結果的に、小さな巨人計画により引き裂かれた軍の内部抗争を引き起こさせなかった。両桐さんは、なんとしても抗争を回避したかったんだ」


「まったく無関係な抗争を防ぐために二人は自殺させられて、そんなの身勝手すぎるわよ」


 楠瀬の目には涙が滲んでいた。


「自殺には、二丁の拳銃が使われた。しかし、銃の怖さを知っている軍人が死ぬことを強要された子どもに渡すとは思えない。それに自分の拳銃を使えば、必ず証拠になる。それでも両桐さんは二本のナイフを使わず拳銃を使用した。それは二人を少しでも苦しませずに死なせる方法だったと思うんだ。荒井川さん、私を両桐さんに会わせてください」


「わかりました」


 両桐は四人の兵士に囲まれ、客室で椅子に座り取り調べを受けていた。

 佐久夜と楠瀬は、両桐と初めて対面した。

 どんな男かと思っていたが、やはり元融合双生児ということが影響しているのか小柄で歪な容姿をしており、軍服を着た彼は小さな巨人計画に反対していた。

 佐久夜は両桐と向き合い椅子に座った。


「あなたは融合双生児の二人を殺害したのではなく、二人に自殺してもらったんですよね?」


「自殺に見えたのだとしても、それは自殺に見えるよう現場を偽造したからだ」


 両桐は、目を合わせようともしなかった。


「それなら、どうして自身の拳銃を捨てたのですか? 自殺に見せかけるためには二丁の拳銃が必要だと、あなたなら知っていたはずです。無差別殺人であると勘違いしてもらうために、自身の拳銃を破棄したんですよね? だからあなたは殺害したことではなく、拳銃の所在を一番に隠しているんです」


「殺害に使用したから、ただ証拠の隠滅を狙っただけだ」


 両桐の言葉は強くなり、苛立っていた。


「懇親会の会場に展示されているダミー人形から採取された銃弾と融合双生児の体内に留まった銃弾の旋条痕を調べれば、どの拳銃から発射されたものか明らかとなるでしょう。自殺であれば、別々の拳銃から発砲されたことが確認されるはずです。射撃訓練は見事な成績で最優秀賞を獲得されましたね、おめでとうございます。それは計画的でないことを証明してくれる。もう抗争は起こりません。二人を、いつまでも殺害された被害者にしないであげてください」


 両桐の怖かった顔が緩んだ。


「そうですか。もう抗争は起きませんか」両桐は穏やかに口を開いた。「平島は抗争を引き起こすための殺害を計画していた。でも俺は、そんなことを望んでいなかった。元融合双生児として、三人に勇気を与えられる人間になりたかった。だから平島を殺すしかなかった。葵と栞はだれよりも小さな巨人計画に希望を見ていた。それなのに、どうして自殺したかわかりますか? 二人は、二人でなくなることに耐えられなかったんです。栞ちゃんは、じきに亡くなります。融合双生児は、そうして自然とそうではなくなるのです。私の片割れも、そうでした」


「小さな巨人計画は、それを救えたはずだった。二人で巨人の本能になれた」


 楠瀬は強い口調で、両桐に言い放った。


「違うんですよ。二人は、二人のままでいたかった。一つになることに魅力はないんです。巨人の技術で、彼女たちは救われない」


 彼の軍服は、脱がせそうにない。

 二人が、二人として最後の瞬間が訪れるまでいっしょにいさせてあげられなかった。二人の思いに報いることができない小さな巨人計画には、限界を感じてしまった。


「平島さんの腹部に二本のナイフを刺すよう提案したのは、融合双生児の二人だったんじゃありませんか? でも二人を殺人犯なんかにしたくないから、深く突き刺したんですよね?」


「きみのように、融合双生児を思いやれる人間が増えることを望んでいるよ」


 娘を失った母親の泣き声が、廊下にこだましていた。

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