第29話 小さな巨人計画27
懇親会は、宿泊しているホテルの最上階で開催された。奥行きのある会場は入り口から奥に向かって長いカーペットが敷いてあり、天井にはシャンデリアがいくつも並んでいた。
大理石の床をドレス姿の楠瀬はヒールを鳴らして歩いた。
燕尾服姿の佐久夜と荒井川は楠瀬と合流して、挨拶に訪れる人々の対応をした。
それらの人物には軍服を着た政治家もいれば、佐久夜や楠瀬と同じく燕尾服やドレス姿の軍人も多くいた。
ふと、融合双生児の姿が佐久夜の目に映った。彼女たちはお互いの口に食事を運び、食べさせ合っていた。
すぐに佐久夜は視線をはずして、
軍服を着た足立さんは、この会場で海洋国家連合本部の座標を知るパイロットの一人だ。
「湊崎さんとクレイトシスさんの活躍は、よく耳にしています。しかし私は本当に巨人の自我になれるのか疑問視している。それに、たとえ海底巨人の本能になれたとしても、本当に落下する宇宙巨人を受け止められるだけの腕力や強度を確保できているのかわからない。人間のまま宇宙への避難するほうが、より現実的だと思えてしまう」
「巨人の本能になることを受け入れられず、最後まで人間でいようとする自我があることもわかっています」佐久夜は冷静に言った。「私たちは巨人と人間が共存できる未来を作りたいのです。たとえ人類がどちらを選択しようと、私たちは宇宙巨人を受け止めて地球を守ります。海底巨人も同じ気持ちであるため、宇宙巨人を受け止めようと移動しているのだと思っております」
「わたくしも、助かる人と助からない人を思想で選別する気持ちはございません。だれもが助かってほしい。わたくしたちはそういう気持ちで巨人の本能になるのです」
「あなた方が巨人の搭乗者であることに、同じ海洋国家連合に所属する一人として誇りに思います。もしも本当に人間と巨人が共存できるのであれば、それほど素晴らしいことはありません。荒井川さん、私も燕尾服で来ればよかった。着慣れない軍服ではどうも落ち着かない」
足立は、おじぎをして立ち去った。
「湊崎さん、クレイトシスさん、またお会いできてよかったです」
軍服を着た霜月だった。
「明日は記念すべき一回目の避難となる日ね。おめでとう」
楠瀬の表情は硬く、喜んでいるようには見えなかった。
「ありがとうございます。こうして楠瀬さんにお祝いしてもらえる日が来るとは思ってもいませんでした」
佐久夜は笑みを崩さず言った。「方法は違うが、お互いの志は同じだと思っている。おめでとう。宇宙への避難も成功することを祈っている」
喜んでいるわけではない。それでも、非難するほど悪いことをしているわけではない。そこを望む人間がいるのなら、存在しているべきだと思っただけだ。
しかし、ここまで宇宙への避難が早いとは思っていなかった。宇宙への避難を推進する富裕層の中には、有力な議員も含まれていたのだろう。
「お二人も今日を楽しんでください。お互いに明日は特別な日になりますね。小さな巨人Ⅲの成功も祈っています」
霜月はお辞儀をして背中を見せた。
もっと、話せる内容があったのではないだろうか。
こんなぎこちない表面的な挨拶だけをして、どんな意味があるというんだ。
もう霜月は部下ではない。俺を慕ってくれた霜月はいない。
これが十年であるのか……。
壇上に射撃訓練の成績優秀者である両桐二曹と、彼に撃たれたダミー人形が上げられた。
展示されている成績優秀者のダミー人形は、どれも頭部に弾痕が集中していた。
多くの人が化粧直しのため会場を出る。その背中を見送りながらではあるが、やっと一段落ついて料理を堪能できるようになった。
「もうちょっと楽しめると思ったのに、任務よりも疲れたよ。顔の筋肉がつりそう」楠瀬は頬を手で揉んだ。「荒井川さんも、お疲れ様でした」
「こんなところで二人を疲れさせてしまい申し訳ございません」
「そんな謝らないでよ。私たちなら、食べれば元気になりますから。大丈夫ですよ」
楠瀬は料理を頬張った。
「楠瀬の言う通りです。今は荒井川さんも食べましょう」
「ありがとうございます」
荒井川の笑顔が見られたのも束の間で、駆け寄ってきた男に耳打ちされると、その表情は険しいものへと変化した。
「お二人は、ここから出ないでください。出入り口は警備されていますから、安心して聞いてください。――人が亡くなっているという報告を受けました」
警備を気にしていたということは、殺人の疑いがあるということではないかと、佐久夜は勘ぐった。
「荒井川さん、現場を見せていただけませんか?」
「危険です。すぐに避難してください」
「私や楠瀬と同じ服装をした派閥と、軍服の派閥があることはわかっています。足立さんは私たちでも知らない海洋国家連合本部の座標を知る一人です。その彼が『燕尾服を着てくればよかった』と言っていたのです。早計な判断だけは控えてください」
警察でもなければ探偵でもない俺が事件現場を気にするのもおかしなことではあるが、俺には殺人事件が起きるとは思えなかった。たとえ本当に殺人事件だったとしても、それは突発的なもので、大規模な事件に発展する必要はない。
「私もいっしょに連れていって。きっとここで待っていたら、取り返しのつかない亀裂が生じてしまう」
「抗争は起こりません。ですから、安心してください。犯人は無差別に殺害しており、すでに自首しています」
「自首ですか? 犯人の名前を教えてください」
「はい。自首した犯人は、両桐二曹兼融合双生児支援協会会員でした」
「それは本当ですか?」佐久夜は驚いて少し声が大きくなった。「やはり私にも事件現場を見せてください。どうしても元融合双生児が殺人事件を起こしたとは考えたくないんです」
「わかりました。案内しますから落ち着いてください」
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