第28話 小さな巨人計画26
長野基地は都市部から離れており、マンションが立ち並ぶ居住区画が整備されていた。そこに建てられたホテルの一室で、佐久夜と楠瀬は体を休める。
楠瀬とは部屋の前でわかれた。
佐久夜はソファに体を沈めるとテレビをつけて、荒井川ニ等陸佐から手渡された懇親会の冊子を見た。
出席者の一覧には、巨人医療の被害者である融合双生児と元融合双生児の写真と名前もあった。
小さな巨人計画に賛同して、ここに来てくれている。その大任を仰せつかった人間が融合双生児を見殺しにしたと知ったら、きっと小さな巨人計画のことも希望とは思ってくれなくなる。俺はなんとしても成功で償わなくてはならない。
テレビから宮・クレイトシス司令の声が流れ、どの放送局も記者会見の中継に切り替わった。
「本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。巨人担当大臣に就任いたしました谷内弘信先生のご登壇です。よろしくお願いします」
「谷内弘信です。まずは巨人担当大臣に就任できたことを嬉しく思います。今までは防衛大臣が兼任していた職務でありますが、これからは巨人に注力していくという姿勢、政府の本気度というものが伝わってくれることと思います。これは巨人に関わるすべての職員が成し遂げたことであり、国民の理解があっての成果だと考えております」
記者会見は、質問時間に移行した。
女性記者が挙手した。「人間であることを捨てて生きることに、多くの国民は不安を感じています。人間であり続けるということは宇宙でなら可能です。どうしてそれを拒むのでしょうか?」
多くの記者や国民は、まだ小さな巨人計画の行く末に加担するよりも、宇宙で衝突を見届けることのほうに現実味を感じているようだった。
「巨人担当大臣として、どちらの作戦も頭にあります。国民、ひいては世界のためにどちらがふさわしいのか、まだ熟考を重ねている段階です。私も小さな巨人Ⅲをこの目で確認する予定です。それが大きな契機となるかもしれません」
「宇宙巨人の衝突に小さな巨人計画は間に合わないという意見があります。どうお考えでしょうか?」
「小さな巨人計画は順調です。我々は海底巨人だけの本能にこだわってはいません。巨人は多くいます。必ず本能になることができます」
窓から見える宇宙巨人はより大きく目に映った。もう、落下まで時間がない。
やっと小さな巨人計画に関係する質問が増えたところで、インターホンが鳴った。
佐久夜は体を起こして、インターホンのモニターを見た。
映っていたのは楠瀬だった。
「融合双生児が隊員と交流しているそうよ。私たちも――行かない?」
少し言いにくそうに視線をカメラからそらす彼女は、俺の融合双生児を見捨ててしまったという後ろめたさくる苦手意識を克服させようとしてくれていた。
「――わかった、行こうか」
佐久夜はテレビを消して客室を出た。
ホテルの向かいには大きな広場のある公園があり、その一角に人だかりができていた。
二人もそこに近づき、衆目を集める三人の女の子を見た。
三人といっても、その中の二人は、二人で一人の融合双生児であった。
向かって右側の
その女の子は、折紙葵と比較しても明らかに細い腕でバウンドするボールを掴んだ。
元融合双生児の
女性はスポーツを通した交流が催されることを事前に知っていたはずだ。それでもあのような服装で参加することに違和感が残った。直前に代役をお願いされたとしても、ドレスで参加しようと思うはずがない。
「元融合双生児が走れるようになるには懸命なリハビリが必要なのに、小学六年生でそれを乗り切るなんて、同じ境遇を共有する人々だけではなく大勢の希望になるはずよ。もちろん、私たちの希望にも」
俺は自らの足で逃げることもできない人たちを見捨てた。それには楠瀬も加担していた。それなのに、よくそんなことが言えたものだ。
「お前は、何も感じないのかよ? 俺たちは希望を受け取るはずだった人々を見捨てたんだ。俺たちの希望にはなってくれないよ」
「私は、希望を守らなければいけない。佐久夜は、あの子と同じ希望なの。守れなかったことを悔やむなら、希望であり続けて」
「それに、なんの意味があるっていうんだ。俺は免罪符ではない」
「あなたを守ることで、罪が許されるとは思っていない。私に死んでほしいなら、小さな巨人計画を完遂したその暁には死んであげる」
そんなことは言ってほしくない。楠瀬が死ななくてはならないのなら、俺も同罪だ。
「これからは、だれも見捨てない。希望はだれも見捨てない」
「そうね。希望の共演を見せに行きましょう」
飛び入り参加も快く受け入れてくれた。佐久夜と楠瀬は三人の子どもたちを挟んで横に並び、写真撮影をした。
「穂坂姫林さん、であっているかな?」
佐久夜は懇親会の名簿で見た元融合双生児の名前を思い出した。
「そうです。私もおじさんのことを知っています。巨人に搭乗している湊崎佐久夜さんと楠瀬・クレイトシスさんですよね」
声に抑揚はなく、淡々と話した。
「巨人の本能になることは怖くないの?」
楠瀬はかがんで言った。
「はい、三人でなら。私たちは同級生なんです。でも、そうは見えませんよね。私は、それを克服したいんです」
明らかに融合双生児の二人は体の成長が遅く体格が小さかった。
「二人も、巨人の本能になることは怖くない?」
「姫林といっしょなら」
答えてくれたのは葵だけだった。
栞は楠瀬の質問を理解しているのか、それすら怪しい様子だった。
「三人の不安は、私たちが絶対に払拭するからね」
楠瀬は俺が言いたかったことを、簡単に言ってしまう。本当の希望にふさわしいのは、彼女だ。俺は夢を見せられない。
お礼を言ってもらえる楠瀬の真似をしても、二番煎じにすぎない。同じことを言えるはずがなかった。
「俺も、がんばるから」
それが精一杯の励ましだった。
「佐久夜も気持ちは私と同じなのよ。だから頼りないなんて思わないであげて」
「姫林はわかっています。より良い未来を信じる心に勇気をもらいました。でも、お二人が霜月さんという方の提唱する巨人衝突案に賛成しないのはなぜですか? 画面越しですが、あの方には誠意を感じました。任せることはしないのですか?」
考えたこともなかった。母から任せられた命令を遂行することだけが佐久夜の本懐であった。だれが何をしようと、任せるなんてことは考えてもいなかった。
「私は、私の与えられた立場をまっとうするだけよ」
「おじさんも、そうですか?」
「使命感が、俺を動かしている。これは俺にしかできない。そういう気持ちでここにいる」
「ありがとうございます。姫林も、姫林にしかできないことを考えてみます」
太陽が半分ほど沈み、陰と陽が同居する空を海洋国家連合本部所属の飛行機が通った。
「私たちは明日、あの飛行機に乗るのよ」
「学校の先生も知らない、海洋国家連合本部の場所を知っているんですか?」
「私たちも知らないのよ。座標は極秘事項で、常に海上を移動しているという噂もあるわね」
「お姉さんも知らないんだ」
姫林を呼ぶ声がすると、そちらの方向に駆けていった。姫林は声の主である女性と手をつないで、こちらを指さした。
きっと母親なのだろう。
佐久夜と楠瀬は軽く会釈をして、その背中を見送った。
「俺たちも、戻ろうか」
「そうね」
葵と栞は、母から渡されたタオルでお互いの顔を拭きあっていた。そんな姿は微笑ましく、その仲睦まじい姿をいつまでも大切にしてほしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます