第25話 小さな巨人計画23


 まだ電車は運行を再開できておらず、楠瀬が車を運転して戦争を目の当たりにしたクレイトシス家に向かった。

 どこまでも続いていそうだった坂道は木々が倒れ、アスファルトが割れ、どこまでも行くには困難な様相を呈していた。

 襲撃を受けたマンションの外装はまだ足場が組まれ、復興作業のさなかであった。


 エントランスを抜けてエレベーターで五階まで上がった。エレベーターホールにはまだ生々しい弾痕が残り、それは俺たちがここを離れてからの惨劇を否が応でも連想させ、おのが信念のため見捨ててしまったここの住民を思うと胸が苦しくなった。


「俺は、ここに戻ってくるべきではなかったのかもしれない」


「失われた命は、私の選択が責任を負っている。佐久夜が気に病むことではない。だから、あなたは前を向いて。後ろばかり見ているのは私だけでいい」


 また、胸が痛んだ。

 楠瀬も同じ痛みを感じながら励ましてくれる。

 俺は楠瀬を苦しませないためにも、前を向いていなくてはならない。

 二人は目をつむり、黙祷を捧げた。


 クレイトシス家のリビングは片づけられ、傷ついたテーブルやソファなどの家具が綺麗に配置してあった。どうしてもミツキ家と間取りが同じなため、比較してしまう。

 ミツキ家のリビングは整理整頓されたここと違い、行き場を失った洗濯物が積み重ねられている。どこにしまったらいいのかわからないそれらは、ミツキが帰ってくるのを待っているように見えてならなかった。しかし今は魂を失った、ただの物体にしか見えない。それでも捨てられないのは、俺がミツキを待っているようだった。


 おもむろにテレビをつけると、連合宇宙ステーションでの生活について放送されていた。すべての国民が平等に快適な避難生活を送れるよう設計された近未来的な白い建造物の数々は、宇宙へのあこがれを抱かせる住居になっていた。


「海底巨人と宇宙巨人が衝突すれば、株価は暴落して富裕層の豪邸や美術品など資産の多くが破壊されることになる。だから宇宙への避難は反対が根強かったけど、衝突対策に多額の税金が投じられ、大量の美術品を守るために専用の宇宙船が建造されることで納得してもらったそうよ。もちろん、資産を捨てさせることになる小さな巨人計画は賛成されなかった。だから宇宙への避難も、海洋国家連合の本部は許可するしかない。私たちは宇宙への避難よりも早く小さな巨人計画を完遂させて、国民に選んでもらうのよ」


「わかっている。宇宙船の建造には多くの税金が投入されている。富裕層がいてこそ、なし得たことだ。それで救われている人もいるはずなんだ」


「そうね」


 テレビを消して、楠瀬と並んでベランダから街明かりを眺めた。

 何をするわけでもないが、いっしょにいると不安を忘れられる。

 不安……か。

 今はいいよな。不安を悟られないのなら、寄りかかっても。


「今日まで、楠瀬の判断が間違いだと思ったことはない。だから、そんなに自分を責めないでほしい。謀反なんて言葉を使って、自分の選択した未来を否定しなくていい。革命なんて言葉を使って、俺に変えてもいいのだと伝えなくていい」


 俺は自分の変化を、楠瀬の心に寄り添い認めた。


「私は、涼子さんをあんな姿にしてしまった。今更、こんなことを言われても受け入れられないかもしれない。それでも、本当にごめんなさい。来栖が帰る場所を奪ってしまった」


 まるで、それは楠瀬が現状を後悔しているかのように聞こえてしまう発言だった。もしも母の現状を認識してすぐに言われたのなら、到底、受け入れられるものではなかった。信頼関係が築かれた今だからこそ、受け入れられた謝罪だった。


「きっと何を選択しても完璧はない。それでも、この先には正しかったと思えることがあるはずだ。未来は、ただ観測するだけではなくなった」


「うん――早く未来が見てみたい」


 ずっしりとしたぬくもりが肩にもたれかかった。

 佐久夜は楠瀬を引き寄せ、街明かりから来栖を探そうとした。

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