第24話 小さな巨人計画22


「お待たせしたね。そのまま座っていていいよ」


 天海さんといっしょに有麻さんも入室した。

 佐久夜の正面に天海さんが座り、口を開いた。


「まずはこの場に私たちがいれることを感謝したい。小さな巨人Ⅲでは、巨人の子宮内で胎児が生まれることはない。しかし、安全性について不安に思わないでほしい。肉体の確保は、体細胞の核が移植された成熟卵を携帯して搭乗するように、それだけを巨人医療で使用される子宮内に移植して成長させる。自我の同期も、搭乗と同じようにコンピュータ疑似脳を介して実行される。そして小さな巨人Ⅲは海洋国家連合本部で両連合に所属している国の首相や大統領を招いて実施されることが決定している。そこへは明後日、長野基地を経由して行くことになる。明日はゆっくりと休んで」


「大陸国家連合内でも小さな巨人計画に賛同する国々の声は大きくなっているわ」有麻は言った。「私の国でも、小さな巨人計画は常に話題の中心。佐久夜の夢に世界は近づいている」


 それは佐久夜たちの国際的な功績が、初めて表面化した言葉だった。

 すべての子どもたちを連れていくという目標に、近づけているんだ。


「ありがとうございます。これからも両連合の発展に尽力します」


 明るい未来を見出した佐久夜とは違い、楠瀬は鋭く厳しい視線を二人に向けていた。


「お二人にも確認しておきたいことがあります。搭乗者には、巨人の子どもたちしかなれないということはありませんか?」


 同じ問いでも、俺が訊くのと楠瀬が訊くとでは重要度が違ってくる。楠瀬は、安心できずに宮・クレイトシス司令の子どもであるのかを確かめていた。


「私にも搭乗の経験があります。決して、巨人の子どもたちしか搭乗できないということはないでしょう」


 有麻は、それほど楠瀬の問いかけを重要視していないようで、淡々と言った。


「もう一つ有麻さんに質問があります。よく搭乗者のことを気にかけてくれますが、先祖代々、搭乗者の家系ということはありませんか? 両親との血縁関係に、疑問を抱いたことはありませんか?」


 楠瀬に、こんなにも失礼なことを言わせているのは、俺だ。

 もしも有麻の怒りが向けられるのなら、俺だけに向けてほしい。


「そんなことはないと思います」


 有麻は冷静に言った。

 俺は血のつながりを疑問視されているのに、冷静でいられる有麻に理不尽な怒りを覚えた。しかし、このような場で怒りに身を任せて自制できない人物に、生命を預けることはできない。


 有麻は言葉を続けた。「両親も軍人でしたけど、巨人との関わりはありませんでした。両親にすでに亡くなっているため、本当に血縁関係があるのかわかりません。しかし、今まで血縁のことで打ち明けられた真実はございません。私は両親の子どもだと信じています。巨人は行き詰まっていた私を救ってくれました。巨人を研究している時間だけが、未来の可能性を感じさせてくれました」


 有麻は口角を上げて笑みを見せた。

 佐久夜も両親が軍人だったので、有麻さんには親近感が湧いた。ご先祖は殺し合っていたかもしれないが、今は仲間としてここにいてくれる。それを奇跡と呼ばずしてなんというか。


「変なことを訊いて、すみませんでした。御存知の通り、私の母である宮・クレイトシスも軍人です。世代を超えて敵対していた我々が今は共闘している。これは子孫にまで語り継がなければならない偉業だと思っております」


 楠瀬も同じ気持ちであることが、何よりも嬉しかった。今まではすれ違うことが多かった俺たちだからこそ、こんな小さな共感にも充実感があった。


「私も同じ気持ちです。この交流が未来永劫に続く親善の旗印になることを願います」


 有麻も共感してくれていた。この共感が連鎖していけば、きっと第三勢力圏にまでこの気持ちが届いてくれる。

 佐久夜は気持ちが高ぶり、早く小さな巨人計画が遂行された未来にたどり着きたいという気持ちが強くなった。しかし小さな巨人Ⅲはそんな俺を冷静にさせる。いくら安全と言われようとも違う生物と一つにならなければならず、それには抵抗があった。兵器として巨人を使用していたという感覚は、小さな巨人Ⅲ以降で完全に取り払われる。

 それには少し怖気づいてしまうが、前向きな姿勢を見せるしかない。


「小さな巨人計画が引き寄せた両連合の共闘という奇跡を、必ず成就させてみせます。小さな巨人Ⅲは、そのための有意義な通過点となるでしょう」


「ありがとう。小さな巨人Ⅲが、私たち両連合の発展につながることを期待しています」


 有麻さんにとって、娘の運命を左右する決断をくだすことになる。もしかしたら、不安を一番にかかえているのは彼女なのかもしれない。

 楠瀬は少し怖気づいているのか体を萎縮させていた。

 現状を進行させることが彼女に課せられた罰なのだとしたら、彼女をそこから救う手立てはない。ただ、となりで見届けるのみ。そう思っていた。でも、俺はいつまでも彼女を停滞させたくない。

 それに、まだ小さな巨人計画が現在をただ進行させた先にあるものだと思っているのなら、作戦に適任であるとは思えなかった。

 そこから楠瀬が解放されることを許せるのは、俺しかいない。


「楠瀬は、本当にこの作戦にふさわしい人物なのでしょうか? この作戦に懐疑的な反応が目に余ります」


「待ってください」楠瀬は勢いよく立ち上がった。「私は作戦に賛成であり、完遂する自信があります」


「小さな巨人計画は、ただ現在を進行させた先にある作戦ではない。多くの人が実現させようと懸命に努力している。ただ見届けるだけの傍観者なら、参加は控えてもらいたい」


 佐久夜は強い口調で言った。


「私は、ずっと裏切ってしまったことを後悔していました。強い決意があって裏切ったのなら、こんなに悩むこともなかったでしょう。私に大義はありませんでした。しかし、私は変わりました。小さな巨人計画の遂行には大きな意義があります。佐久夜の、巨人の子どもたちを解放したいという思いに私も賛同したのです。私は必ず小さな巨人計画を遂行してみせます」


 楠瀬の頼もしい宣言に、天海と有麻は喜んで握手をした。

 二人が退室した会議室に、佐久夜と楠瀬は残された。


「本当に、大丈夫だったのか? 俺は楠瀬をここに残してしまって少し後悔している」


「そんなことを言わないで。やっと私にも、ただ今を進行させるだけではなく理想を掴もうとする覚悟を持てた。今日はいっしょにいてほしいの。家まで来てくれる?」


「もちろんだよ」


 俺は楠瀬に過去の呪縛から解放されてほしいと願っていた。だけど理想は抱けば抱くほど、苦しいものだ。それでも、これは二人だからなし得た選択だ。

 俺は絶対に、きみを苦しませない。

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