第23話 小さな巨人計画21


 だから俺は、問い詰めるのをやめた。


「非常に優れた情報をありがとうございます。私は母の死を殺人事件として考えてくれていることに感謝しています。だからこそ、悲しく思っています。ここにいるカタカナのクルスは、俺の妹である来栖ではないんですよね? 来栖は、どこにいるんですか?」


 宮・クレイトシス司令は、まったく動揺した素振りを見せなかった。ミツキに命令したのが司令ではなくても、関与しているのは確実なのに。


「来栖は、十年前のあの日に失踪してしまった。それと母の死を同時に伝えることは佐久夜に悪い影響を与えてしまうと判断して、私が伝えることを許可しなかった。佐久夜は、十年後という情報だけで混乱していたはずだ」


 やはりクルスは、来栖でなかった。楠瀬が訓練している来栖の様子だと言っていた巨人はきっと胎児の再分解中であり、来栖に似た一人目の搭乗者が容姿となってあらわれた巨人を見せられていただけだったのだろう。

 俺が追い求める来栖はどこかに消えてしまった。だけどそのことを俺に伝えなかったという判断は正しかったと思う。

 俺は病室を出ることすらも怯えていた。もしもそのことを知っていたら、小さな巨人計画に臨む決心がつかなかったかもしれない。

 俺は妹までも失いかけているのに、冷静でいられた。だからといって、心が痛まないわけではない。楠瀬となら、それらすべてを解決できるのではないかという自信が、大きな心の支えになってくれていた。


「司令が作戦のことを第一に考えていることは理解しています。しかし、私にも真実を知る権利があると思います。それを奪おうとした判断は看過できません」


「司令は人類を背負っているの。そのことを佐久夜も理解してほしい」楠瀬は佐久夜の手を握った。「きっと娘である私にも隠しごとがいくつもあるはず。佐久夜だけを貶めようとしているわけではない。それを理解してあげて」


 今まで口を紡ぎ静観していた楠瀬も、母が責められていることには我慢ならなかったようだ。

 俺は楠瀬がここにいる意味を履き違えていた。俺が来栖を想いここにいるように、楠瀬は母を想いここにいた。

 しかし、俺たちはその根本に同じ想いをかかえている。だから、このまま宮・クレイトシス司令を問い詰めることはできなかった。


「それでは、一つだけ答えてください。ここにいるクルスは、巨人の子どもたちの一人が妹と同じ名前を名乗っているということでした。それは、クルスだけに限ったことではありませんよね?」


 楠瀬も、その答えを静かに見守った。


「そうだ。巨人の子どもたちは、十年前に搭乗者だった隊員の名前を世襲している」

 宮・クレイトシス司令は、世襲を認めた。

 問い詰めていたはずなのに、俺はその答えを想定していなかったのか、その答えに対する考えがまったく頭になかった。きっと来栖がいてほしいと、いう希望で頭をいっぱいにして、無意識に世襲の影響を考えないようにしていた。

 しかし確定してしまったら、俺は頭に浮かんでくる仮説を口にしなければならない。宮・クレイトシス司令がいるこの場であれば、仮説に不安を引き延ばされることもない。


「私は楠瀬に――海底巨人も宇宙巨人のように巨人から生み出された可能性があると話しました。それは来栖に似た容姿をしているすべての巨人が海底巨人の子どもではなく、クローンである可能性を生み出しました。私の誕生時、海底巨人は存在していませんでした。だから母の子どもであることに疑いを持ちませんでした。しかし、巨人が海底巨人よりも以前に存在していたのであれば、その前提が崩れてしまいます。巨人の子どもたちは搭乗者の名前を世襲して巨人に搭乗していることから、私は自分自身を含めたすべての搭乗者が巨人の子どもたちである可能性を感じております」


 こんなことを軽快に話せてしまう。

 それはカタカナの名前を世襲していない俺と楠瀬が巨人の子どもたちではないと確信している証拠であった。

 そうでなければ、宮・クレイトシス司令に娘が巨人の子どもたちかもしれないなどという無礼を働くことはできない。

 そこまで言って、楠瀬に口を塞がれた。


「私が母の娘であることに、嘘や偽りはありませんよね?」


「もちろん、楠瀬は大切な愛娘だ。しかし、この軍服に袖を通している時間だけは、分け隔てなく部下の一人だ」宮・クレイトシスは軍服を撫でた。「佐久夜は、その結論で満足しているのか? 自分が涼子の子どもではないと否定して、それで涼子が何を思うのか考えられなかったわけがないだろう。それに有麻も搭乗者であることを知っているはずだ。彼女にも二人と同じで両親がおり、搭乗者の名前を世襲していない。巨人に搭乗できるのは、巨人の子どもだけではないんだよ。否定されるとわかっていて涼子の気持ちを意図的に汲み取らなかったのなら、この話は聞かなかったことにしよう」


「もちろん、有麻さんが搭乗者であることも知っています。知っていながら、発言しているのです。十年前から海外にも搭乗者はいました。有麻さんは、それらの一人であると考えています。それに両親がいたとしても、本当に血のつながった親子であるのかわかりません。彼女も、巨人の子どもたちの一人であると考えています」


「残念だ。私は憶測で話さない。きみの言葉が憶測であるかぎり、私は何も語らない。この猶予がきみを改めさせると信じている」


 どうして、そんなにも回りくどうことをするのだろう。ただ俺の言動を否定すれば、楠瀬は宮・クレイトシス司令の言葉を信じられるはずなのに。


「佐久夜はいつまで憶測に囚われているつもりなの?」楠瀬は言った。「巨人はクローンでもなく、一人目の搭乗者なんていないのよ」


「一人目の搭乗者?」宮・クレイトシスは、浮いていた腰を下ろした。「どのような存在を、そのように呼称しているのか聞かせてほしい」


「佐久夜は巨人の自我を、そう呼んでいるんです」


「俺は巨人との対話中に楠瀬とも対話できたことから、巨人との対話は搭乗者との対話だったと思っています。巨人の容姿を自分とそっくりに変更できるという特性も、搭乗者は持ち合わせています。そして母の臓器を移植された経験を持つ来栖が搭乗できていたことから、すべての搭乗者が湊崎血統であると思って行動しています。だから、もしも一人目の搭乗者がいるのなら、彼女も本能という場所に連れていきたいのです」


「連れてこれるのなら、連れてくるといい」


「一人目の搭乗者が実在しているということは、楠瀬は血縁関係のない娘になってしまうんですよ」佐久夜は少し語気を強めて言った。「それがわかっているんですか?」


「私には一人目の搭乗者が存在していようが、存在していまいが、関係のないことだ。楠瀬が娘であるということは変わらず、本能という場所は血統も関係ない。ただ宇宙巨人を受け止め、安寧を取り戻す」


「楠瀬は、必死に母の子どもであるのか確かめているんです」


「その心を弄んでいるのは佐久夜だと私は思う。私は、何度も楠瀬は娘だと言っている」


 佐久夜は黙り込むしかなかった。

 楠瀬を苦しめているのは、俺だ。俺は来栖だけではなく、楠瀬も苦しめていた。

 宮・クレイトシス司令と楠瀬・クレイトシスが親子鑑定を受けて、本当にクレイトシス血統でも搭乗できることが証明されれば一人目の搭乗者がいるということは否定される。

 それを宮・クレイトシス司令から提案してくれれば楠瀬を安心させてあげられるのに、どうして選択してくれないのかわからなかった。何も明確にしなくても小さな巨人計画は問題なく完遂されるから、今のままでも良いと思っているかもしれない。

 俺に、楠瀬の母である宮・クレイトシス司令が決断できないことを選択できるほどの度胸はなかった。明確にするということは、楠瀬を傷つけてしまうかもしれない。


「すみませんでした……」


 佐久夜はつぶやいた。


 宮・クレイトシスは腰を上げた。「天海から小さな巨人Ⅲの安全性について説明がある。会議室での説明は、みんなを鼓舞する役割が大きかった。ここで待っていてくれ」


 そのまま宮・クレイトシスは部屋を出た。

 どれだけ搭乗者に寄り添ったところで、小さな巨人Ⅲの作戦内容が大きく変わることはなく、俺たちの役割が変わることもない。会議室で聞いたおぞましい作戦が実行されるだけだ。


「私のことは気にしないで。もしも一人目の搭乗者がいるなら、本能まで連れていこうね。それにね、私もどうして一人目の搭乗者が来栖と似た容姿をしているのか考えてみたの。きっと来栖の人格が記録された疑似脳を巨人の脳に使用したのよ。その影響で容姿まで似てしまったの。ニューロン内を流れる電気信号の解析によって作成される疑似脳は巨人に搭乗していなくても作成可能。それを巨人に使用したとしても、人類初の搭乗とは言わない。だから『巨人文書 ――人類初の搭乗――』には記されなかった。でも、そんなことよりも佐久夜には気にすることがあるでしょう。クルスは来栖じゃなかったんだよ。来栖を探すつもりでしょう?」


「来栖は、ここが嫌で逃げ出した。来栖を世襲した巨人の子どもが搭乗する巨人を見た俺は『本当に望んでここにいるのか?』と訊いていただろう。来栖はここに残ることを選択していなかった。ここに呼び戻す理由もなければ、探す必要もない」

「ただ会いたいっていう理由で家族を探してはいけないの? それとも、会いたくないわけ?」


 会いたくないわけがない。ただ――。


「合わせる顔がない」


 情けない。だけど人類を宇宙巨人の脅威から救い称賛されれば、やっと胸を張って会うことができる。


「あなたは立派よ。ここで私といっしょにいてくれる。作戦からも逃げず、巨人の子どもたちのことも家族のように心配してくれる。私が母の子どもではなくて、佐久夜と同じ血統であったとしても、あなたと家族のようになれるなら悪くないと思えた。想像していた家族とは違うけどね……。今ならハグくらいしてあげてもいいわよ」


 照れているのか、下を向いて体を縮こませている姿が愛おしく思えた。


「楠瀬がいてくれたから、すべてなし得たことだ。ありがとう」片腕を彼女の縮こまった背中に回し、少し抱き寄せた。「小さな巨人Ⅲでは胎児を誕生させず、人間の支配を完全に喪失した巨人の本能になれるのか調査される。人間の巨人支配率を上昇させることのない細胞供給が発生する小さな巨人Ⅲでも、巨人との対話は必ず発生する。俺は巨人の意志を確かめたいんだ」


 ノックの音で、佐久夜の腕は反射的に自分のもとへ戻ってきた。

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