第22話 小さな巨人計画20


 谷内防衛大臣などの要人を見送るため、佐久夜たちはロータリーのある正面玄関で整列した。

 要人は何台もの車につき添われ、ここを後にした。

 佐久夜は基地併設中央病院を見上げた。初めてこのシンボルマークを見た時のことはよく覚えている。あれは巨人が病院を包み込み守っている姿から着想を得て制作されたものかと思っていた。しかし、今は人類の命運を搭乗者が握っていると言いたげだった。


 佐久夜と楠瀬は宮・クレイトシスに連れられて、長官室に戻ってきた。

 来栖についての説明を、やっとしてくれる。俺は司令部の望む役割を果たせたのだろう。

 天板がガラス製の応接テーブルを囲む三人がけのソファに、佐久夜と楠瀬は宮・クレイトシスと対面して腰を下ろした。


「まずは、隠しごとをしていたことで佐久夜との信頼関係を裏切ってしまい申し訳ないと思っている」宮・クレイトシスは頭を下げた。「ここでどんな釈明をしようと信じてもらえないだろう。しかし、今までの言葉もすべて信頼に値しなかったと思ってほしくない。だから私は佐久夜が疑っていた涼子の殺害について、自主的に当時の記録を精査した。これを見てほしい」


 テーブルに、当時の正確な通信記録と来栖の搭乗記録が並べられた。

 それらは当時の足取りをより明確なものにして、二人の無罪が担保されることを期待した。

 佐久夜は通信記録から手に取り、目を通す。


 宮・クレイトシスは司令部から生体管理部に向けて14:30に通信していた。

「涼子が出撃を決意した。我々は、全力でサポートする必要がある」


 14:31 生体管理部から司令部。

「わかりました。出撃の準備をします。しかし、無謀ではないでしょうか」


 同刻 司令部から生体管理部。

「これは必ず成功させる必要がある。どうか頼む」


 14:32 生態管理部から司令部。

「わかりました。全力を尽くします」


 それから通信は、しばらくなかった。


 15:02 生体管理部から司令部。

「宮・クレイトシスだ。湊崎涼子の出撃は中止とする。異常が発生したため、中止とする。みんな、ご苦労であった」


 天海は、14:50に格納庫で生体管理部から連絡を受けていた。

「生体管理部です。至急、戻ってきていただきたく連絡を差し上げました。湊崎司令長官が出撃します」


 同刻 格納庫から生体管理部。

「司令長官が出撃? わかった、搭乗の準備をしてから戻る」


 この記録を見て違和感を覚えるところは、生体管理部から天海さんに対する連絡が、司令部から命令を受けた時刻と大きく乖離している点だ。


 天海さんが宮・クレイトシス司令とほぼ同時刻に到着したのだとすれば、天海さんは連絡を受けてから十分程度で生体管理部に戻ってきたということだ。それまで格納庫にいながら母と会えなかったのだとすれば、母は到着に二十分以上もかかってしまったことになる。司令部から格納庫まで、歩いてもそんなにはかからない。


 だから母がその道中で殺害されたのだとしたら、犯人は天海さんと来栖が格納庫から出てくるのを待っていたはずだ。

 宮・クレイトシス司令による犯行だとしたら、どのように彼女が天海さんよりも早く生体管理部に到着したのかわからない。そもそも母が死亡してから二十分以上も経っていたら、巨人に細胞が供給されないかもしれない。

 それは待ち伏せていた天海さんの犯行をほのめかすが、近くに来栖がいながらそんなことを許すはずがない。それを判断するには来栖が降りた時刻をはっきりさせなくてはならない。


 的確に補完する来栖の搭乗記録は、宮・クレイトシス司令が母の死を殺人事件として扱ってくれていたことを意味していた。

 搭乗記録に目を落とすと、来栖が巨人の子宮から出てきた時刻は14:48となっていた。

 これが改竄されたものではないのなら、ほとんど天海さんが生体管理部から連絡を受けた時刻と一致している。それは来栖と天海さんがこの時間までいっしょにいたことを意味していた。

 それまで母が格納庫にあらわれていないとなれば、やはり道中での犯行を疑わざるをえない。母を殺害した犯人は、二人以外にいるのかもしれない。


 佐久夜は誠意ある対応に、ここへ来た本来の目的である来栖の世襲について、隠蔽されていたことへの怒りよりも悲しみが勝っていた。

 こんなにも歩み寄れるのなら、互いを利用するのではなく尊重し合えたのではないだろうか。

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