第21話 小さな巨人計画19


 佐久夜と楠瀬は普段ならつけない数の勲章を胸にぶら下げて、最上階の長官室に入った。


「二人とも、まずは話し合える機会を作ってくれてありがとう。深く感謝している」


 入り口まで歩み寄ってくれた宮・クレイトシス司令と握手をした。


「お互いの未来のため、有意義な時間になることを望み、ここに来ました」


「もちろん、私も心は同じところにある。すでにみんなが待っている。奥の会議室まで案内しよう」


 彫刻が施された重厚な木製の扉を開けた先には渦巻きが描かれた絨毯が敷いてあり、その中心には円形のテーブルが鎮座していた。

 すでに座っている顔ぶれは、ここの存在を懇意にしてくれている谷内弘信防衛大臣を筆頭に、テレビでしか見たことがないような顔ぶれが並んでいた。

 その防衛大臣が立ち上がると、わざわざ佐久夜の近くまで来て握手を求めてくれた。


「谷内弘信だ。湊崎くんの活躍は、よく私の耳に届いている。湊崎涼子さんのことは、非常に無念であった。我々にとって大きな損失であることは間違いない」


 少し光沢のあるスーツを着た男性は白髪まじりであったが、整えられた髪は清潔感があった。そんな彼は『巨人文書』に名前がある一人だった。

 母の高い評価に、悪い気はしなかった。しかし、これで浮かれてしまうほど緊張感のない場ではない。


「ありがとうございます。私も母の名声に恥じぬよう、一層の努力で邁進してまいりたい所存です」


 佐久夜は手を握り返した。

 きっと俺には、この会議で役割がある。来栖の情報を餌に、宮・クレイトシス司令は俺から何を引き出すつもりだ。


「楠瀬・クレイトシスくんも歓迎しよう。働きは常々、きみの母から聞いている」

 三人は席についた。


「それでは議題である宇宙巨人の落下対策について、海洋国家連合本部の意見を述べさせていただきます」


 谷内防衛大臣は書類を手にして立ち上がった。


「ルイス=ホーベルト海洋国家連合議長は落下する宇宙巨人の対処に苦慮している。ギリス・バーベイト大陸国家連合議長との会談では宇宙巨人の落下に対処するため、海底巨人だけではなく通常の巨人でも本能になるため協力するということで合意した。しかし巨人の本能になった場合でも、ゆくゆくは海底巨人の本能という存在を目指すということが基本方針である。海洋国家連合本部は、宮・クレイトシス司令から宇宙巨人の落下が想定よりも高速だという報告を受けている。そうであるなら我々は小さな巨人計画が間に合わないことも考慮して、セカンドプランを用意しなければならない」


 宮・クレイトシスは立ち上がり、あらかじめ用意していた回答書を読んだ。「宇宙巨人の落下を受け止められるのは、どんな兵器でもなく海底巨人だけであります。ですから、すべての人類は海底巨人の本能にならなくてはなりません。海底巨人は、意志を持って宇宙巨人の落下地点に移動しているのです」


 どんなに、だれもが海底巨人の本能になることを望んだとしても、子宮の位置が定かではない。それだけが俺たちをここにとどめている。

 それは宮・クレイトシス司令も認識していることだ。だからその解決案を持たずして、この場に挑んではいなかった。


「子宮が未発見な現状で海底巨人に搭乗することは不可能でしょう。しかし、本能になることは可能だと考えています」


 これで、まだ海底巨人の子宮は未発見ということが俺に伝わってしまったと楠瀬は思っているはずだ。

 俺も海底巨人の子宮が見つかることを信じていたが、もうそれすら必要なくなった。海底巨人の子宮を捜索するため犠牲となった命が無駄だったのか、俺にはわからない。本能になれる方法があるというだけで俺は救われるが、成果を得られず積み重ねられた死は国民から意味がないと思われても仕方がないのかもしれない。

 けれど、せめて俺だけでも、本能になるため海底巨人の子宮を探し続けた志は忘れない。いつか必ず、その行動を公に称賛してくれる人が出てくるはずだ。


 宮・クレイトシスは言葉を続けた。「大陸国家連合は海底巨人との対話を試みるための施設を海底巨人の前頭葉に建設しました。そこはカテーテルで海底巨人と接続されているため、人間の巨人支配率を上昇させずに外部からの細胞供給を可能にしてくれることでしょう。カテーテルの整備が必要でありますが、十年前、海底巨人にニューロコネクトチップを埋め込む作戦に参加した湊崎佐久夜と楠瀬・クレイトシスがここにいます。二人になら、カテーテルを海底巨人の脳内に挿入することが可能です」


 谷内防衛大臣の目が、そうなのかと問いかけるように、ぎろりと佐久夜を見た。

 俺は初めて聞かされた作戦に自信を持って答えられるはずがなかった。しかし、ここで否定しては宮・クレイトシス司令の顔の泥を塗るようなものだ。

 答えが決まり立ち上がる。


「はい、もちろん可能です」


 俺には苦肉の策でないことを祈ることしかないできない。そんな作戦で命を落とすことは、名誉だとも思われない。楠瀬にそんな思いをしてほしくない。


「海底巨人は戦場の中心だ。海洋国家連合本部も第三勢力圏と停戦の協議をしているが、実現できるかわからない。しかし、どうなろうとも作戦は成功させなければならない」


「理解しています。戦場の中心であろうとも、作戦を成功に導いてみせます。しかし、そんな場所で国民が本能になれるのか不安です」


「我々も大陸国家連合が採用している、一つの海底巨人の本能にこだわらないということを積極的に受け入れなければならないかもしれないと感じている」


 一人の若い男が挙手した。

 鍛え上げられた細い肉体は、ぴっちりとしたスーツを着こなしていた。


「宇宙巨人観測局長官の霜月慎也です。私も海底巨人が宇宙巨人を受け止めるべきだと思っています。しかし、我々がいるべき場所は本能ではありません。我々の使命は人間として衝突を生き抜くことではないでしょうか。私たちは賛同してくれた企業と宇宙空間での生存を模索して、多くの宇宙船を開発してきました。一度にすべての国民を避難させることは不可能ですが、製造と並行すれば、素早くすべての多くの国民を避難させられます。その時間が、一分でも多く必要です。迅速なご決断をお願い致します」


 これほど十年を実感したことはない。大人びた口調の男は、すでに俺が知っている霜月ではなかった。

 そして小さな巨人計画に賛同していない彼とは、海底巨人を生かすということのみを共有していた。


 霜月は二つのシミュレーション結果を配付した。

 一つには海底巨人が宇宙巨人を受け止めた場合の衝突結果が記されていた。

 損害は軽微でもここが無事ではなく、最も安全な場所のリストには言わずもがな宇宙空間が候補に上がっていた。だが、最後には受け止めようとする海底巨人が緩衝材になることで地球環境に甚大な変化を与えることはなく、宇宙からの帰還も衝突前と同程度のリスクだと結論づけてあった。

 俺は常々、ただ宇宙巨人を受け止めようとする海底巨人を見届けるだけなら、受け止めているのではなくただの衝突だと思っている。きっと人類が海底巨人の本能になれば、本当に受け止めるという行為が可能になるはずだ。

 しかし、それを発言できる空気感ではなかった。


 もう一つには宇宙巨人が海底巨人にただ衝突した場合の結果が記されていた。

 衝突は地球環境に甚大な被害を与えることで生態系を大きく変化させてしまうだけではなく、地球に生息している生物の多くは絶滅を迎え、過酷な環境に耐えられる限られた種のみが地球で繁栄していけると締めくくられていた。


 谷内防衛大臣はメガネをはずした。「この資料も持ち帰り検討しよう。宮・クレイトシス司令は、引き続き海底巨人を完全に人間の支配下に置くことを目指してほしい。我々がどこにいようと、海底巨人には必ず受け止めてもらわなくてはならない」


 俺は人類が宇宙への避難を選択したとしても、巨人の子どもたちを海底巨人の本能にする。ここにいる重鎮たちもそれを望んでいるのかもしれないが、犠牲になったとは思ってほしくない。

 海底巨人の本能となり宇宙巨人を受け止められたのなら、必ずそこは巨人の子どもたちだけの居場所になる。


 方針が決まり、会議は終結した。

 霜月は早々に会議室を出ていった。

 話す機会はいずれ来る。お互いに、まだ同じ道を歩いている。


 楠瀬は席を立つと言った。「まだ海底巨人の子宮は発見されていないの。佐久夜も驚いたと思う。隠していてごめんなさい」


「そんなのはいいんだ」佐久夜は優しく言った。「ただ海底巨人の子宮を探し続けた部隊に成果をもたらしてあげたかった。子宮が発見される必要がなくなったということで、意味のないことをしていたと思ってほしくない」


「私も同じ気持ちよ。だから、私たちはその気持ちに報いる必要があるの。みんな、小さな巨人計画の完遂を心待ちにしている」


 楠瀬の覚悟は、重みが違った。

 きっと何人もの巨人の子どもたちを見送ってきたのだろ。今は会うこともできない隊員の気持ちも背負っていた。

 ただ現在を進行させた先に、小さな巨人計画の完遂があるのではない。だから楠瀬の小さな巨人計画を完遂させたいという気持ちは、未来をより良くしたいという気持ちにほかならない。楠瀬には、それに気づいてほしい。

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