第17話 小さな巨人計画15


 深夜に俺を起こしたのは、クレイトシス家で聞いたものと同じサイレンだった。

 ミツキがノックをして部屋に入った。


「ここは地下だから被害はないと思う」


「第三勢力圏が、また攻めてきたの?」


「そうだろうね」


「俺も行かないと」


 佐久夜は体を起こした。


「動いちゃダメだ。ここが安全だから」


「俺も巨人の子どもたちといっしょに戦いたいんだ」


「佐久夜には、小さな巨人計画を遂行するという使命があるんだろ? そのために、どれだけの巨人の子どもたちが犠牲になったと思っているんだ」ミツキの押し殺した声には、力強さがあった。「お前が戦場で死んだら、死んでいった巨人の子どもたちは、なんのために死んだんだよ――」


「俺は一人でも多く、巨人の子どもたちを守りたいんだ」


「佐久夜は、何もわかっていない。小さな巨人計画の遂行は、巨人の子どもたちにとって存在意義になっている。佐久夜が死ぬことは、その存在意義を奪うことなんだ!」


 俺は巨人の子どもたちが本当に求めていることと、俺が巨人の子どもたちのためにするべきだと思っていたこととの乖離を実感させられた。


「ミツキたちは俺のせいで過酷な運命を背負わされているのに、止めてくれるのか?」


「死にたいなら、死ねばいいとも思った。でも、ここで佐久夜を見殺しにしたら小さな巨人計画は頓挫してしまうかもしれない。それは巨人の子どもたちが連綿と紡いできた想いを裏切ることになってしまうと思ったんだ」


「ありがとう。どんな想いがあって小さな巨人計画が存在しているのか、俺は理解していなかった。止めてくれなければ、巨人の子どもたちの想いを裏切る結果になっていた」


「巨人の子どもたちは少しでも早く戦場に慣れるため、戦場の様子を自宅のテレビで見ることが義務づけられている。佐久夜にも、見てほしい」


「わかった。巨人の子どもたちの勇姿を、この目に焼きつけさせてくれ」


 ミツキはリビングで、テレビをつけた。

 画面には、レーダー情報が表示された。

 その範囲内には海底巨人が存在しており、そこを撮影する無人機の映像に切り替わった。

 前線の味方巨人部隊は海底巨人の頭上で降下してくる第三勢力圏の巨人部隊にいっせい掃射するが、銃弾を受けた巨体は瞬時に回復していた。

 それは味方巨人部隊も同じであった。背中につながれた細胞管は海の中まで続き、補給用潜水艦の細胞備蓄タンクまで伸びていた。

 銃弾は巨人につながれた細胞管と胎児のいる下腹部に集中していた。

 狙いを定めるほど両者の距離は近づき、それらは巨大な島のような海底巨人の頭上で衝突して近接戦闘に入った。

 近接戦闘は相手の四肢を切り落として、回復するまでの時間に胎児を狙うことが定石であった。

 第三勢力圏は海底巨人の頭上に陣を構えると、海底巨人の殺害を目的としているため攻撃ヘリや陣地に設置された対巨人用機関砲で海底巨人もろとも大きな風穴をあける銃弾を浴びせた。


「それ、回復が間に合わないのよね」


 声のする方向を見ると、楠瀬が立っていた。


「搭乗者は、死んでしまうのか?」


「そうだよ。それは十年前と変わらない。一発でも被弾すればその部位が弾け飛んで、多くの搭乗者は出産もされないまま死んでしまう。たとえ緊急出産されたとしても、多くの搭乗者は巨人が闊歩する海底巨人の頭上から生きて帰ることはない」


 こんな戦場に、巨人の子どもたちが送り込まれている。

 でも、俺はそれを責められなかった。こんなことになってるのも、海底巨人の本能になることを目指し、子宮を捜索しているからである。


「俺と楠瀬が手を組めば、どんなことでも不可能ではないと思っていた。でも、これだけの犠牲を払って可能になっていることが、不可能になっていないことを異常だと思ってしまった」


「だから私たちから、不可能でしたと言うことは許されないのよ」


 海底巨人は痛みを感じているのか、頭部が大きく揺れた。

 多くの巨人は海に落ち、構えていた陣は崩壊した。

 死体と血の海を泳ぐ第三勢力圏所属の巨人は背中の細胞管を空から引っ張られ、海底巨人に再び上陸した。

 両連合所属の巨人は細胞管が巻き戻され、味方の潜水艦まで引き戻された。

 第三勢力圏所属の巨人が集まった海底巨人の頭上に、何発ものミサイルが撃ち込まれた。

 海底巨人を巻き添えにして、多くの巨人がその餌食になる。

 攻撃ヘリや巨人を乗せていた輸送機も多くが撃沈した。それらが海底巨人に突き刺さり、より痛ましい姿になった。


「海底巨人が、味方のミサイルで傷ついている」


「大丈夫よ。海底巨人も再生できる。あの程度の攻撃で死ぬことはない。敵の被害は甚大よ。今回も防衛は成功したようね」


 こんな戦場で、巨人の子どもたちは海底巨人の子宮を捜索している。

 そんなことが本当にできるのかと、楠瀬に訊きたかった。でも、できなければ困るのだ。必ず発見されると信じるしかない。だから訊いても意味はない。


 空が明るくなった港には、大勢の国民が軍人の帰りを待っていた。しかし、その中には戦争反対を掲げる横断幕もあった。

 何世代にもわたって海岸沿いや島嶼地域に住んできた家族は、第三勢力圏に海底巨人と宇宙巨人を殺してもらえば自分たちの暮らしが脅かされることはないと信じている。


 港に降り立った軍人は家族や恋人と抱き合っていた。しかし、巨人の子どもたち隊列を組んで足早に港を離れていった。

 巨人の子どもたちを待っている家族は、どこにもいなかった。


「俺は巨人の子どもたちと肩を並べて戦えなくても、迎えに行くべきだった」


「佐久夜にとって、巨人の子どもたちは同じ血を流す家族かもしれない。それでも、他人のようなものじゃない。どうしてそこまで感情移入できるの?」


「言っただろ、軍人になるしかなかった境遇を共有しているって。俺は一度、海底巨人の脳内で死んだようなものだ。死の間際、思ってしまったんだよ。同じ未来を夢見ていたはずなのに、こんなにも脆いのかよって。今度こそ、未来を実現させたいんだ。楠瀬だって謀反だの革命だの言葉を濁して自分を騙しながら、今をただ進行させるだけではなく、より良い未来を実現させるため今を変えようとしている。そんな楠瀬にだから、最大限の協力をしたいと思えた。巨人の子どもたちを助けようとしない俺は、きっと楠瀬のことも助けようと思えない」


「やっぱり、裏切り者の私にはわからないよ」


「もう、そんな考えはやめてくれよ」佐久夜は優しく言った。「あそこで海底巨人を殺害できていたとしても、なりそこないの巨人は生まれ、巨人の子どもたちも生まれていた。しかし、そこに海底巨人という希望はない。何が最善かわからない。それだから正しいと信じた方向に突き進むしかないんだ」


 楠瀬も前向きになるべきだとわかっているはずだ。それでも、後ろめたさから俺に嬉しそうな顔を見せられないのかもしれない。だけど、そんなものは誠意にならない。


「だれしも葛藤をかかえているのよ。そんな愚直になれない。でも、責められるよりも励ましてもらいたい。私を理解しようとしてくれてありがとう」


 笑ってはくれなかった。それでも、心が少しでも軽くなったのなら前向きな気持ちになれるはずだ。


「小さな巨人計画が、楠瀬にとっても大事な作戦になってほしい。俺はそう願っている」


「ありがとう」


 いつか、心からの感謝を聞きたい。俺は、きみにそんな悲しそうな感謝をしてほしくない。

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