第15話 小さな巨人計画13


 佐久夜の住居は、病室から軍が管理する宿舎に移された。

 格納庫よりも地下にあるそこには高層のマンションが立ち並ぶ地下都市が広がっていた。主に研究員が居を構えており、巨人の子どもたちと同じ生活圏にいた。

 母が産み落としたであろう巨人の子どもたちは来栖や母、見たことのない男女、しまいには自分とそっくりであった。


 佐久夜は一人の男性と同居することになっていた。きっと、監視という意味合いが強いのだろう。案内をしてくれた楠瀬は宇宙巨人の資料を探してくると言うので、マンションの入り口でわかれた。エントランスで待っていれば同居人が迎えに来てくれるようだ。

 佐久夜はすることもなく、ステンレス製の郵便受けに貼られたネームプレートを見た。

 ミョウギ、ソノカ、イエツル、ミツキ、マホ。

 そうしているうちに、若い男が迎えに来た。


「よく来たね。俺はミツキ、よろしく」


「よろしくお願いします。湊崎佐久夜です、佐久夜って呼んでください」


「佐久夜って名前をもらったんだね。それなら俺のこともミツキと呼んでほしい。これからいっしょに住むことになる。礼儀は大切にしても堅苦しい儀礼はなしにしよう。楠瀬もいっしょだと聞いていたけど、彼女は来ていないのかな?」


「彼女は宇宙巨人の資料をそろえてから来るらしい」


「わかった。先に案内するよ、ついてきて」


 内廊下を挟んで同じ玄関ドアがいくつも並ぶ。案内された家の間取りはクレイトシス家と変わらなかった。しかし、窓は一つもなくベランダも用意されていなかった。

 佐久夜はリビングに入るとクレイトシス家では窓があった壁の前に立っていた。


「佐久夜も、外に行ったことがあるんだね。巨人の子どもたちでこの基地から出られるのは、搭乗者や戦闘に秀でた一部の選ばれし者だけなんだよ」


「ここに立っていたから、そう思ったの?」


「窓は入り口と対称の壁側に設置されやすいからね。外を見たことがないと、そこで立ち止まろうとは思わないよ。宇宙巨人について調べているらしいけど、あれにはどれだけの細胞が供給されて実態を獲得したのか考えさせられたよ」


 細胞を供給するだけで、本当に自我は本能として機能するのだろうか。宇宙巨人を見たかぎりでは、そう思えなかった。

 インターホンが鳴ると、佐久夜は楠瀬だと思い玄関に向かった。


「きっと楠瀬だ。彼女も合流したら、ミツキの知っていることを聞かせてほしい」


「どうして、そこまで知りたがるんだい?」


「巨人の子どもたちを、一人も残さず海底巨人の本能という場所に連れていきたいんだ。そこでなら、自由になれると信じている」


 佐久夜はドアを開けて楠瀬を迎え入れた。


「ありがとう」


 楠瀬は前方の視界を確保できないほど積み上げられた宇宙巨人の資料を両手にかかえていた。

 リビングまで先導した佐久夜は楠瀬の視界を奪っていた資料の束をテーブルに積み上げた。


 おもむろに一冊の本へ手を伸ばすと目次を見た。

 宇宙巨人と海底巨人の類似点、宇宙巨人が生み出された目的や観測の推移などの中から、まっさきに落下状況を確認していた。

 やはり宇宙巨人は月よりも地球の近くを周回していた。

 落下は遠い未来の出来事ではない。裏切り者である俺が必要とされているほど差し迫っていた。


「宇宙巨人が海底巨人と衝突したら、宇宙に逃げていようと帰ってくる場所を失うことになる。それくらい、海洋国家連合の本部もわかっているはずだ」


「そうね。地球の裏側だって無事では済まないでしょう。だから人類が海底巨人の本能になることと宇宙に避難することのどちらを選択したとしても、海底巨人は宇宙巨人を受け止めないといけないの。でも佐久夜は、海底巨人が勝手に受け止めようとするだけでは衝突だと言った。だれか一人だけが海底巨人の本能になり宇宙巨人を受け止めたとしても、それはもう犠牲じゃない。佐久夜は、だれかが犠牲になってしまうことを望んでいるの?」


「そんなことは望んでいない。だから俺は、みんなを海底巨人の本能という場所に連れていきたい。それに巨人の子どもたちは、海底巨人の本能という場所でないと解放されない。きっとそこで宇宙巨人を受け止めれば、本能になった子どもたちは保護される」


「そう言ってくれて、安心した。これを見て」


 佐久夜とミツキは楠瀬が開いたページに目を落とした。


『海底巨人の特徴を有した宇宙巨人は、およそ百体の巨人が細胞を供給して肉体を得たと推定される』


 ミツキは一番に反応した。「宇宙巨人は細胞供給で肉体を得ており、再生もしています。大きさを除けば海底巨人よりも巨人に近いと性質であると思いました。しかし、宇宙巨人の肉体が再生するほどの細胞を供給している搭乗者の記録がありません」


「私は宇宙巨人を監視している衛星が撮影した写真を見返したけど、そこにも搭乗者が出産された記録はなかった」


「宇宙巨人の搭乗している人物は、本能になっているんだ。細胞を供給する搭乗者がいなければ、肉体が再生されることはない。一人目の搭乗者と、どんな対話をしているのか、俺は気になってしょうがない」


「佐久夜は、作られた存在である宇宙巨人にも一人目の搭乗者がいると思うの? 私だけではない、世界が、あれは巨人の自我だと確信している。小さな巨人計画に不確定要素はいらない。それが計画を遅延させ、頓挫させてしまうかもしれない。そんなこと、佐久夜だって望んでいないでしょう?」


「俺は自分と同じような境遇にある巨人の子どもたちを知ってから、もしかしたら一人目の搭乗者も助けを求めているんじゃないかと思い込んでいた。本当に一人目の搭乗者が巨人の自我であるなら、俺は迷わない。そこへ巨人の子どもたちを連れていくだけだ。でも、俺は一人目の搭乗者がいる可能性を捨てきることができないんだ」


「そうね。私も本能になるには巨人の自我が不可欠だから、それが存在しているべきだと思い込みすぎていた。私たちはこのままでいい。ただ、小さな巨人計画を完遂しましょう」


 ミツキは言った。「巨人の子どもたちは小さな巨人計画を遂行するため、命がけで海底巨人を守っている。だから絶対に小さな巨人計画を完遂させてほしい」


「俺たちはすべての人類を海底巨人の本能にする。その人類には、巨人の子どもたちも含まれている。だからミツキのことも、そこに連れていく」


「ありがとう。みんなを、連れていってほしい」


 楠瀬は立ち上がると凝り固まった体を伸ばした。「本当に宇宙巨人の搭乗者が本能になっているのだとしたら、私たちは今の宇宙巨人のような存在になろうとしているのよね。とても本能が自我を制御しているようには思えない姿だけが、私を不安にさせる」


 その不安は、佐久夜も共有していた。

 たとえ本能という存在になれたとしても、あれでは人類の希望にはなれない。


「俺たちなら、自我を制御できる本能になれるはずだ」


「そうね。明日は司令部から小さな巨人計画の変更点と小さな巨人Ⅲについて説明があるそうよ。迎えに来るから、準備をしておいて」


 楠瀬は宇宙巨人に搭乗者がいないと思っている。だから、そんな軽い返事ができるんだ。俺は宇宙巨人の本能と同じ存在になってしまうのではないかと思うと、怖い。あれでは、巨人の解放する場所にはなれない。

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