第13話 小さな巨人計画11


 更衣室で着替えた佐久夜は地下の食堂で長机に向かう。いつもなら賑わっているこの場所も、テレビに映る地上の惨劇が原因で閑散としていた。

 遅れてきた楠瀬は正面に座り、テレビに視線を移すと神妙な面持ちで固まってしまった。


 佐久夜は言った。「もしも巨人に、もっと兵器としての価値があれば抑止力になったかもしれない。俺も戦場で肩を並べなければならないと思う」


「行かせることはできない。私が賛成しても、司令は許可しない」


 楠瀬はあせったように大きな声を上げた。


「わかっている。何もできないから、こうももどかしい。今だって犠牲は増え続けている。それは巨人の子どもたちかもしれない」


「私たちは、私たちにできることをしましょう。初めての対話はどうだった? 何か、おかしなものを見たりしなかった? 例えば、佐久夜は対話の合間に私を見た? 私にタオルを渡してくれた女の子が、巨人医療を同時に受けた双子は心の中をのぞかれたような感覚を経験するって教えてくれたのよ。何を話していたのかは、おのおのの胸に秘めておきましょう。私の心をのぞいたあなたも、そう思うでしょう?」


 俺の心だ。楠瀬が何を聞いたのか、想像はつく。俺の失敗は来栖を追い込んでしまった。その後悔を今も引きずっているに違いない。


「それがいい。俺は来栖に似た女性と対話した。きっとそれが巨人の自我なんだろ。楠瀬も同じ女性と対話したのか?」


「そうね。十年前から同じで、それが巨人との対話よ。きっと来栖も、彼女と対話していたのね」


「俺は対話を経験しても、本当に対話で巨人の自我を制御できる本能という存在になれるのかわからなかった。来栖に似た女性との対話は、楠瀬の心中を聞いているのとなんら変わらない。あれを巨人との対話と定義しなければ、搭乗者と対話しているように感じられるものだった。そしてもう一つ。来栖に似た容姿を持つ女性も、まるで搭乗しているかのように巨人の容姿を変化させていた。いるんだよ、俺たちよりも先に搭乗している一人目の搭乗者が。彼女は『私は人間の庇護下で繁栄するはずだった』と言っていた。こんなにも彼女は自分が人間であると主張しているのに、無視され続けてきた理由を教えてほしい」


「私たちが巨人を求めているように、巨人の自我も人間を求めていると解釈されたからよ。それに第一分隊の全員が共通して来栖に似た容姿へ変化していたと言ったのは佐久夜よ。それでは同じ容姿を持つ人間が何人も搭乗していたことになってしまう。そんなの、ありえっこない」


「それはあの容姿が巨人の自我であっても同じことだ。同じ容姿をした巨人が何体も存在していることになってしまう。巨人が海底巨人の子どもであるなら、そんなことになるはずがない」


「巨人は未知の生物なのよ。人間と酷似していても、その根底はまったくの別物。何があってもおかしくない」


「それなら、どうして来栖に似た容姿をしているんだよ」


 佐久夜は声を荒らげ訴えていた。


「わからない。わからないけど、そもそも司令部は血統が異なる二人以上の搭乗者がいる場合、生存競争が勃発して搭乗できないと説明していたのよ。私たちは何度も搭乗したことがある。それすらも信用できないの?」


「信じたい。信じたいから、不安なんだ。血統に合わせた専用機があったとしても、俺と来栖は同じ巨人のはずだ。それなのに十年前、来栖だけが搭乗できなかった。来栖は胎児になった体を失い、人間の巨人支配率を上昇させられなかった。それが原因で搭乗できなかったのかもしれないが、本当の理由はわからない。妹は幼少期に巨人医療で培養された母の臓器を移植されたことがある。そんな妹が搭乗できずして、俺はできてしまう。それは俺と来栖が兄妹でないことを告げ、本当に母の子どもであるのかわからなくしてしまう」


「来栖が搭乗できなかったのは十年前が初めてなのよ。訓練などでは問題なく搭乗していた。大丈夫、あなたは間違いなく涼子さんの子どもよ。それに一人目の搭乗者なんか存在しない。でも、こんなことを言ったって不安が解消されないことはわかってる。だから一人目の搭乗者がいる可能性を有麻さんに話して、否定してもらいましょう。明日に有麻さんとのヒアリングが予定されているから、その場で話してみるべきだと思うの」


「ありがとう、俺はこの問題に過敏すぎた。十年前に来栖が搭乗できなかった理由は、すでに判明している。怖がることはない」


「これからも私があなたの考えを否定して、涼子さんの子どもだって証明し続けるから」


 目覚めてから、楠瀬の優しさに幾度となく触れてきたような気持ちになった。

 十年前は、常に来栖がとなりにいてくれた。だからとなりにいてくれる楠瀬を、つい妹と錯覚してしまいそうになった。


「もしもパートナーが楠瀬じゃなかったら、俺はここまで前向きになれなかった。作戦も遂行できなかったかもしれない」


「私も、佐久夜がパートナーだから小さな巨人計画を完遂させたいと思えた。私だけだったら、きっとこの作戦の意義を軽視していたと思う。きっと佐久夜の言葉に有麻さんも耳を傾けてくれる。今日はお疲れ様、ゆっくりと休みましょう」


 佐久夜は彼女の背中が見えなくなるまで見送った。


 一人目の搭乗者なんていう存在が実在していたら、進行している小さな巨人計画に亀裂が入ってしまうのではないかという悩みが晴れることはなかった。

 暗い病室に戻ると窓の先に広がるパラボラアンテナの大群が月に照らされ印象的に映った。

 第二の海底巨人が存在しているのなら、きっと地球の未来を教えてくれる。本能になること以外の希望がそこにあったら、来栖に似た女性が一人目の搭乗者であろうと巨人の自我であろうと、その存在は本当にどちらでもいいような扱いを受けることになる。それは巨人に携わってきた搭乗者として、自分の存在価値も揺らぐことだ。

 すでに俺たちは巨人と一心同体にあった。

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