第12話 小さな巨人計画10

 


巨人の子宮内まで爆発の揺れが伝わる。


 子宮に埋め込まれた通信機から宮・クレイトシス司令の声が聞こえた。「これより細胞供給を実行する。このように十分な説明の場を設けられなかったこと、深く謝罪する。しかし、それでも作戦への参加を決意されたことに感謝を申し上げたい、ありがとう。この感謝は搭乗者にだけではなく、作戦に参加してくれたすべての者に共通して捧げられている」


 今の司令部が主導する小さな巨人計画に巨人の子どもたちを一人も残さず連れていくという目的を掲げてから、司令部への信頼度は十年前に匹敵していた。今までは司令部というよりも、母が残した作戦に忠義を尽くしてきた。当然、作戦行動が母の思惑通りであるか訝しみ、疑心暗鬼に陥っていた。


「怖くないの?」


 楠瀬の声は同じ気持ちであるのか確認しているようだった。

 弱気になっている彼女は珍しく、つい反応が遅れてしまった。


「不安は尽きない。前例のない作戦は、俺をいつ母のように豹変させてしまうのかわからない。そうなってしまえば、俺は何も成し遂げられない。計画そのものよりも、それが恐ろしい」


「佐久夜は勇敢なのね。私も、なぜ涼子さんは小さな巨人計画を残したのか考えてみたの。けれど、その心境の変化がどこからやってきたものであるのか考えるほど理解できなくなっていった。佐久夜が無謀な出撃を否定する理由もわかるよ」


「小さな巨人計画は父の考えに賛同する作戦だ。ただ時勢を読み作戦を考えたとは思えない。考えを反転させる何かがあったことは確かだ。それが俺を生かすためだったのかはわからない。しかし母と父は国を隔てるほどの軋轢から離婚にまで発展してしまった。今更、寄り添えるはずがない」


 体は分解されるというよりも、歯止めがかからない細胞分裂により膨張して形を保てず崩れていくようだった。本当は完全に肉体を失う僅かな時間が苦手であった。あのときの体がなくなっていくような感覚が、どうしようもなく気持ち悪いのだ。

 楠瀬とはこっちの会話をしておくべきだったかもしれないと、今更ながら脳内でシミュレーションした。

 楠瀬の姿が見えなくなると、判然としないぼやけた場所に女が一人で立っていた。


「私は人間の庇護下で繁栄するはずだった」


「来栖?」


 来栖なわけがない。この女性が、巨人の自我だ。俺は、この女性の本能になろうとしているんだ。


「しかし、巨人の心に根づいた私は離れることができなかった」


 女はまだ何か言おうとしていたが、そこに楠瀬があらわれた。


 楠瀬は女に問うた。「祖国のためだけを私は思ってしまった。裏切り者に未来はない。だから佐久夜のような英雄が必要だった。一人の理想で国は変わらない。ましてや裏切り者の言葉など、だれも耳を貸さない。海底巨人の殺害が成功していれば、巨人技術の最先端を走っていた祖国はより重宝されていたでしょう。私は間違えたのでしょうか?」


 佐久夜は意識が覚醒すると、出産され格納庫でタオルにくるまれている状態だった。巨人の容姿は、すでにマネキンのように生命を感じない無機質なものへと戻っていた。


 俺にタオルをくれた男性は、どことなく母と来栖に似ていた。巨人の子どもたちには、できることなら安全な場所にいてほしい。

 少しでも早く小さな巨人計画を完遂して多くの巨人の子どもたちを海底巨人の本能にすることが、俺にとって救うということだ。もう海底巨人を生かすための犠牲を、生みたくない。


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