第7話 小さな巨人計画5



 机に置かれた書類に視線を下ろす。そこには小さな巨人Ⅱ以降の作戦内容が記してあった。


  〈小さな巨人Ⅱ〉

 細胞管により外部から細胞供給を受けた巨人の子宮内で、二人の搭乗者は搭乗時の肉体を利用した一度のみ細胞供給を実行。二人の搭乗者が同時に細胞を供給することで巨人にどのような影響を与えるのかを判明させる。


  〈小さな巨人Ⅲ〉

 細胞管による外部からの細胞供給を遮断した巨人の子宮内で二名の搭乗者が同時に胚性幹細胞を使用した持続的な細胞供給を実行。胎児を誕生させない細胞供給は人間の巨人支配率を上昇させず、体表に巨人の自我を出現させてそんな巨人の本能になることを目的とする。


  〈小さな巨人Ⅳ〉

 小さな巨人Ⅰ~Ⅲの成果から巨人の自我を模倣した仮想巨人を作成。仮想巨人とリンクした巨大な人工子宮に、それぞれの巨人に搭乗した二名が侵入。人工子宮内で搭乗者は巨人ごと肉体を失い、胎児を誕生させない細胞供給は人間の巨人支配率を上昇させず、仮想巨人の本能になることを目的とする。


 ここまで読んで、やっと脳が作戦のことについて考えた。


 佐久夜は言った。「小さな巨人Ⅱ以降では、二人で同時に細胞供給することが予定されています。そもそも、そんなことが可能なのですか?」


「血統の異なる二人が同時に細胞供給することに恐怖を覚えることは理解しています」天海は冷静に答えた。「もしも目的が巨人に搭乗することであったのなら、拒否反応により強烈な生存競争が勃発して一つの巨人を二人の人間が奪い合うことになります。しかし小さな巨人計画では、どの段階においても人間の巨人支配率を上昇させることはなく、人間を介在させません。私たちは巨人の自我になることではなく、本能になることを目的としているのです」


「本能になるというのは、どのような状態のことを差しているのでしょうか。本能は自我と対話しません。今は人間の巨人支配率が低下しても対話がなされるだけです」


 本能という言葉で包み隠そうとしているが、人間の巨人支配率が低下しても対話がなされるだけだ。本能になれるとは思えない。自分たちがなろうとしているものの正体もわからずして、この作戦が成功するとは思えなかった。


「完全に我々の意志からはずれた存在を、我々が受け入れることはできません。一定の制御下に置かれることが必要なのです。私たちも、完全に自由な意思がある存在ではありません。本能は対話をせずとも語りかけてきます。私たちが対話と定義している現象で巨人の自我を制御できる存在になれたのなら、それは本能といってさしつかえないと考えています」


 どんな理屈であれ、小さな巨人計画に支障がないならそれでよかった。

 しかし、そこが本当に母の目指す本能という場所であるのか、はっきりとはしなかった。


「わかりました、ありがとうございます」


「続けて、胎児の安全性について説明します。小さな巨人Ⅱでは二人が同時に同じ子宮で成長することになります。二卵性双生児を想像してください。父親が違う双子の出産や、巨人の子宮をもちいた代理出産も前例があります。お二人の発育に影響はありません。もちろん、言葉で安心を得ようとは思っていません。万が一に備えて小さな巨人計画ではすべてのプロセスにおいて巨人医療を使用した肉体の確保を約束します」


 それで完全に不安が消えることはないが、それ以上の安全策は思いつかず納得するしかなかった。

 身体に関係する質問が一段落すると、母に関係する質問が相手の気持ちや損得を考える前に口から出た。


「母さんも私のように巨人医療で蘇らせることはできないのでしょうか? たとえそれが無理であっても、巨人の子宮内にいる母をカメラなどで見ることは叶いませんか?」


「涼子さんはニューロン内の電気信号を疑似脳に保管していませんでした。自我の複製は不可能なため、巨人医療での生誕は困難です。涼子さんの体が子宮内に残っていることも考え難いでしょう」


 最低な答えだ。小さな巨人計画を完遂しても母が帰ってこないのなら、復讐心が芽生えてしまう。

 大陸国家連合が元凶だとしても、海洋国家連合も加担した。俺と来栖は母を取り戻すこともできず、ただここで虚しく尽くすしかなくなってしまう。


「天海さんは佐久夜を失望させないでください。どうして最善を尽くすと言ってくれないんですか? 正直に現状を報告するだけではなく、期待させてください。私たちに、希望をください」


 楠瀬も母のことを大事に思ってくれていたのか、それとも現状を生み出してしまった責任を感じているだけか。どちらにしても孤独の俺には頼もしく気持ちを前向きにしてくれた。


「俺も最善を尽くします。お互いにがんばりましょう。今は、それだけでいいじゃないですか。母のことで進展があれば教えてください。天海さんにも母を救いたい気持ちがあると信じています」


「私だって、涼子さんを止めたかった」天海は悲痛な声を上げた。「こうやって佐久夜を利用しているなんて思われたくない。だから涼子さんを助けるために、最善を尽くします」


 その声色には悲しみだけではなく、勇気が込められていた。だから天海さんが差し出した右手に、俺は握手で応えた。

 母を失い悲しんでいるのは俺と来栖だけだと勘違いしていた。司令部が本当に第一分隊の裏切りに加担していないのかはわからない。でも、天海さんの悲しみを自分の悲しみと同一視してしまったらからには信頼するしかなかった。


「よろしくお願いします」佐久夜は宮・クレイトシス司令に、今度は自分から手を差し出した。


 握ってくれるかわからない手を差し出すのは、これよりも大きな勇気が必要であったはずだ。この手を差し出せたのも、天海さんに勇気をいただいたからできることだ。宮・クレイトシス司令がそれ以上の勇気を小さな巨人計画から得ていたなら、俺はこの作戦に母が残したものだからということ以上の参加意義を見いだせるかもしれない。


「佐久夜くんの活躍が、小さな巨人計画を成功に導くと期待している」


 宮・クレイトシス司令と、手のひら全体が密着するほどの固い握手を交わした。


 有麻さんとも、強く固い握手をした。「俺たちには大陸国家連合の力が必要です。母のことを正直に話してくれて嬉しく思いました」


「私も涼子さんが生きていることを祈っています」


 会議が終了すると佐久夜は病室に戻り、すでに暗くなった外を眺めた。

 人工物と自然物に芸術性、神秘性を見いだせる人間なのだから、きっとパラボラアンテナの集合地帯にもそれらを見いだせるはずだ。せめて星空がきらめいていれば、幻想的な風景として受け入れられたのだろうか。

 小さな巨人計画は人間を裏切る作戦だ。自然の恵みを享受して作り上げた文化の親権が人間と自我、どちらにあるのかわからない。人間も多くの生物から遺伝子を取り込んで進化してきたように、巨人の一部になることも進化として捉えてほしい。生存戦略の要である自我は、人間を見捨てられるのだろうか。

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