第4話 小さな巨人計画2



「海洋国家連合は海底巨人を独占しようとしている。そんなことを画策しているから、いつまで経っても平和が訪れないんだ」


「その通りかもしれないわね。海底巨人の本能になれなければ、宇宙巨人が地球に衝突するのを見ていることしかできない。それは目に見えた滅亡。だから両連合内では第三勢力圏に援助している国があるという噂が絶えない。海底巨人と宇宙巨人がいなくなってしまえば争いの種が消滅すると考える国や、海底巨人が宇宙巨人などの地球に降り注ぐ厄災を完全に防いでくれると考える国もある。何が正しいことかわからない。でも、私たちは勝者にならなくてはならないの」


「きっと海底巨人が殺害されていたとしても、平和は訪れなかった」佐久夜は現状を自分自身に納得させるため口にした。「新たな母の作戦である小さな巨人計画は争いを終わらせられると信じている。もしも楠瀬が再び母の作戦に反抗するようなら俺と敵対することになると思え」


 巨人を守ろうとすることに違和感を覚え続けていれば、いずれ裏切るような気がした。この作戦を続けていれば、必ず葛藤をかかえることになる。


「大丈夫、私も小さな巨人計画には賛成よ。私はあなたを裏切ったとき、少しは巨人に魅せられていたのかもしれない。ただ――」楠瀬は視線を足元に落としてから、はずみをつけて俺の顔を見た。「母は本能という言葉を使っていたけど、そんな曖昧で得体のしれない存在になって、巨人を制御しようとするのよ? 私は、それを信じきれない。佐久夜は、そんな計画の被験者に私となれる?」


 その役割を理解しながら十年間も生きてきた楠瀬に怖いとは言えなかった。彼女も俺を裏切って得た今がすべて思い通りではないのかもしれない。でも、裏切って得た今を否定することはできない。日本を存続させるため裏切ったと言い切った彼女の巨人に魅せられていたという言葉は、自分を現状に納得させるための言い訳に近いのかもしれない。


「それほど小さな巨人計画が危険だと思うなら、せめて家族と会わせてほしい。遠目でもいいから、来栖や母に会いたい」


 会いたいのは事実だ。だが、この話題で彼女が苦しんでいるのなら話題をそらしてあげたかった。

 どうして裏切り者の楠瀬にそんな感情を抱いたのかはわからない。恨んでいないのかと自問すると、答えはすぐに帰ってきた。

 楠瀬は思想を排除して日本のために動いた。だから彼女の真意だけが行動に反映されたわけではない。きっと俺にも作戦のため自らの感情を無視して遂行しなければならない時が来る。


「いいわよ。小さな巨人計画についての詳細なミーティングは、そのあとでも問題ない。ついてきて」


 佐久夜は立ち上がった。

 すでに楠瀬はひきドアを開けており、片足が廊下に出ていた。

 そこを何人もが行き交う。

 俺は、まるで病室だけが十年前から停滞していて、やっと現状が持ち込まれたような感覚に陥っていた。

 何を見聞きしても身構えて受動するだけで、自分から踏み出す勇気を持てていなかった。

 十年後が俺のパーソナルスペースを侵食していく。今までの病室だって、すでに十年後だった。そう理解していても迫りくる気持ち悪さを拭いきれなかった。


「ドアを閉めてくれ。無理だ、俺はここから出られない」

 右足を引いて半歩ほど後ずさりすると、後ろにベッドがあったことを忘れていて足を取られた。尻餅をつき、うなだれるようにしてベッドの端に腰をかけた。

「小さな巨人計画にも参加しないつもり?」


 ひきドアの車輪が回転する。ガチャンと閉まる音は安心感を与えてくれず、迷える俺を閉じ込めるだけであった。


「どうして俺が今になって……」顔を上げると楠瀬と目が合った。「こんなのは作戦と呼べない。ただの人体実験だ。本当は楠瀬も、こんな作戦に参加したくないはずだ」


 佐久夜は同情を誘うように悲痛な叫び声を上げた。


「違うの、佐久夜は勘違いしてる。小さな巨人計画は人類を背負った作戦なの。宇宙巨人の落下を海底巨人の本能という場所で迎えることが、私たちの繁栄につながる」


 楠瀬は間髪入れずに一蹴した。


「宮・クレイトシス司令に、そう言われたんだろ? それは母の言葉だから従えているんだ。十年前の俺と同じだ。俺たちは志が同じでも、同じ方法を選べない」


「小さな巨人計画は母の名誉を回復する好機よ。涼子さんは最後に、あなたを想ってこの作戦を託したはず。だから、ここにいられる。このままでは肉体を剥奪されるだけ。私たちは同じ方法を選べるはずよ」


 小さな巨人計画の立案者は湊崎涼子であり、俺も楠瀬と同じで母の言葉であるなら危険な作戦でも従えてしまう。それは今回の作戦も例外ではなかった。

 一度でも決心してしまえば、小さな巨人計画を遂行しなければならない理由が大義名分となりいくつも脳内に浮かんできた。


 きっと自分の名誉だけのためなら、動けぬままだっただろう。母の名誉回復は、来栖を生きづらくしてしまった責任として俺が償わなくてはならない。一人の家族に、二人分の不名誉を背負わせるわけにはいかない。もしかしたら来栖自身は出撃できなかった己を一番の不名誉と感じて、俺に合わせる顔がないのかもしれない。本当はそんな負い目を感じてほしくない。俺の想像が最も不幸な場合であっても、それを想像して無視できるはずがなかった。

 すでに不安は消えており、ずっしりとした覚悟が心を安定させていた。


「まずは母に生存を報告したい」


「あなたが想像しているよりも、はるかに深刻な状態よ。覚悟して」


 牢獄や墓に案内される心配がないだけ心は楽だが、まったく想像できない現状に安心はできなかった。

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