第2話 夜は、おしごと

 襲いかかてきたアンデッド。

 正確にはゾンビーというのだろうか?


 ホラー映画なんかでは緩慢な動きだけどここのそれは違う。

 私の姿を見つけるや物凄い速さで駆けだしてくる。

 明らかに私の全力疾走より早いし、この暗く足元の悪い森の中を逃げ切れるはずもない。


「許すとお思いですか?」


 その目の前にはすでにニコラが剣を抜き放ち斬撃を放つ姿勢をとっていた。


「私のステラには指一本触れさせません」


 なんとも頼もしい言葉を言い終える前にことは済んでいた。

 私に向かって来ていた男性のゾンビはその首を絶たれ傷口から蒼い炎をあげながら灰になっていった。

 この女の子なら惚れてしまいそうなかっこいい場面において私はというと……


 木の陰に隠れて胃の中身を吐き出していた。

 女の子が出していい声ではないものを吐きながらえづいていた。


「うぐ、やっぱ無理。現代っ子が人の体を切ったり刺したり出来っこない……」


 息も絶え絶えに木の幹に手をやりふらついた。

 生きていないとはいえ人を切ったりなんて恐ろしくてできないのだ。


「またですか。まあ、これに人殺しに慣れてしまうのもどうかとも思いますが、このままだと生きていけませんよ?」


 そうなれば自然と私もあっち側になっていた。

 でも、そうなっていないのはニコラのお陰なのだ。

 彼女が私を拾ってくれなければとっくに私はアンデッドとして暗い森をさまよう側になっていた。


「詠唱は出来ますね?」

「う、うん。何とかできそう」

「なら、しばらくは任せてください」


 その声の後ろにはすでに女性のゾンビが迫っていた。

 私達よりはいくらか年上そうではあるものの若い女性。

 ボロボロの服の胸元は破れていて、その下の肌を晒している。

 まあ、肌とは言ってもその肉はすでに朽ち果て白い骨がのぞいているのだが。

 すでに骨の身とは言え、妙齢の女性が死してなおも裸を衆人に晒しながら暗い森を彷徨うなどというのはいくら何でも残酷だ。


「死してなお、このような辱め。何と惨い。今、眠らせてあげますからね?」


 ニコラは剣でそのゾンビの攻撃をいなしながら私から遠ざけていく。

 私はその間に杖を正面に構え先端に取り付けられた蒼い宝石に呪文を唱える準備をする。

 

「いや、ならさっきみたいに切ってあげなよ」


 全く危なげなく、私を守りつつ戦うニコラ。余裕は素人目にもわかる。

 私の詠唱を待ちながら戦う彼女にそう突込みを入れる。


「何を言ってるんですか。斬られたら痛いでしょう。最後まで苦しめる気ですか?」

「そうだったね。意識はなくても魂にも感覚はあるんだっけ。斬られて魂がわかれたら痛そう。でも、じゃあさっきのは?」

「さっきのは、私のステラおもちゃに手を出した報いです」

「男女差がひどい。それに、誰がニコラのものだ。私は私のものだよ!」


 あまりにニコラが余裕そうなので軽口をたたき合うけど、こんなやり取りをしてる間に他のゾンビがあらわれても困る。私はおとなしく詠唱を始める。


「水よ、風よ。渦巻き。凍え、刃となれ!」


 杖の先端から小さな光が飛び出していく。その反動に私は尻餅をつき転んでしまった。痛みに小さく呻く。

 放たれた燐光は女性ゾンビの周りをくるくると回りだしその表面を凍り付かせていく。やがて動きを止めた彼女は内側から崩れるように砂粒になって消えていった。


「やっぱり魔法って怖い。あんな一瞬で凍り付かせて粉々に砕いちゃうんだから」

「だからこその魔女です。苦しめずに亡者を眠らせる」

「ああ、そうだった。魔女の血をかけないと」


 私がえずいてる間にもう一体の男性ゾンビもニコラの手により斃されていた。

 ゾンビの亡骸の脇でいまだにくすぶっている青い炎へと、瓶に入った真っ蒼な液体を数滴たらす。三人の魂にそれぞれ施した。

 その雫は炎を覆い包み込むと小指の先ほどの小さな蒼い石になった。

 

 魔石だ。人々が魔法を使う時に必要になる希少なものだ。

 大きさは全く異なるが私の杖の先についているものと同じ石だ。


「葬送終了。時刻は……」

「はいはい、オーバーでしょ?」

「そうですが、アストラル化する前だったので良しとしましょう。魔石の回収を忘れずに。誰かに拾われて悪用されては困ります」


 死霊アストラルになられていなかったのは幸いだった。

 アストラルには物理的な干渉は一切できない。

 そうなったらいくらニコラでもここまでの余裕はない。

 あと、たぶん私は一瞬で死んでいた。


 なぜなら、私はこの世界で魔女なのだから。

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