第99話 運命に抗う者達

「———フフフッ、久し振りの感覚だ……ざっと数十年振りか」


 そう言って笑う教皇の見た目は、先程と殆ど変わっていない。

 だが、ただ1つ、彼女の背後に浮遊する半透明のからくり時計以外は。


 からくり時計はカチカチと音を鳴らして秒針を動かしていた。

 ただ無機質に一定の間隔を刻んで。


「……何アレ。めっちゃヤバそうなんですけど」


 俺は知らず知らずの内に手に滲んだ汗に不快感を感じつつ、教皇の背後の直径1メートルちょい程ある機械仕掛けの時計を眺める。

 全身からこれはヤバいとの警鐘がビンビン鳴っているのもそうだが……。


『ケケケッ、よりにもよってあの力かァ……とことん運がねェな、テメェはよォ』

『分かってるから言うな。運が良かったら何度も死にそうになってないから』

『ま、そりゃそうだ。だが……ゼロ、今回は気を引き締めて行けよォ? アイツは———アイツらの力はそこらの神や悪魔なんざ足元にも及ばねェくらいヤバいからなァ』

『や、やめろよ……流れない状況でそんな脅すようなこと言うなよ……』


 いつもは面白いとか言って余裕そうに嗤っているスラングでさえ、今回は結構真剣そうな声色で俺に忠告してくる。

 

『アイツの力は、簡単に言えば過去・現在・未来の時間を操る……つまりは自身や自身に関わる他の者やモノの『運命』を操る力だ。生半可な攻撃じゃあビクともしねェ。まぁオレから言わせて貰えば———クソほどつまらねェ力だな』

『随分殺意が高いのな、お前』

『オレの嗜好とは合わねェからな』


 驚いた。

 この性悪悪魔にも嫌いなモノがあったらしい。

 

 何て俺が思っていると。


「……ちっ、なんなのよ……。大国級って、こんなに私達とレベルが違うの……?」

「それな。つくづく理不尽な世界だよ」


 苦々しい表情で舌打ちをするエレスディアに俺は今までのことを思い出して、苦笑気味に同意するように肩をすくめた。

 

 だか、ここで対抗しなければ俺達の命はない。

 それに———。






「———アイツをぶん殴ってやんねーと気が済まんしな」





 

 過去にエレスディアを追い詰めたクソ野郎を野放しにするなんざ、俺には出来ない。

 馬鹿みたいな意地でしかないのは分かっているが……エレスディアは俺の言葉に瞼をパチパチと瞬かせて、ふっと笑みを零した。


「全く……それがどれだけ難しいか分かっているの?」

「もちろん。流石に実力差が分かんないほど馬鹿じゃないからな。でも……やられてばっかなんか嫌だろ?」


 呆れたような苦笑のような視線を向けるエレスディアに、俺が含みを残す笑みと共にそう告げれば。



「……っ、……ふふっ、あははははっ! アンタやっぱりおかしいわ」

「酷くない? 真剣なんだぞこっちは」

「ふふっ、真剣なのにそんな言葉が出るとか……あははははっ、アンタはやっぱりおかしいわよ……ふふっ」



 エレスディアは目尻に涙を浮かべ、お腹を抱えてるほどに笑い始める。

 しかし一頻り笑い終わると、何処か自嘲するように口元を歪めるのだった。


「……でも、そんなアンタの言葉に、簡単に心動かされる私も……十分おかしいのかもしれないわね」

「お、なら、おかしい者同士……仲良くしようぜ?」

「ふふっ、もう既に仲良しでしょうが」

「それはそうか。これは1本取られたな」


 そう場違いなほどに緊張感の欠片もない俺達の軽口の応酬に、



「……どうしてそう、笑っていられる?」



 教皇が心底意味が分からないと言わんばかりに、僅かに不快そうな感じで眉を潜めつつ口を開いた。

 その言葉に俺とエレスディアはお互いに見つめ合い……真紅と白銀の剣を創り出して切っ先を互いに向けあって言い放った。




「———エレスディアゼロと一緒だから」




 この言葉が、戦闘再開のゴング代わりとなった。


 最初に動いたのは———まさかの教皇。

 右手を翳したかと思えば、パッとその場から姿が消えると同時に目の前に全く同じ体勢の教皇が現れる。

 俺の首には、翳されていただけのはずの右手が食い込んでいた。


「……生意気な小童共が……力の差も理解出来ぬか」

「ぐっ……」


 不快そうに歪められた表情と共にグッとごリラとは比にならないくらいの力を籠められ、困惑に揺れる俺の身体が持ち上げられる。

 しかし、視界の端からキラッと閃光が瞬くと。


「ゼロに何するのよ……ッ!!」


 ———ゴォオオオオオオオオオ!!


 エレスディアの裂帛の叫びと共に俺の目の前が真っ青な蒼炎の柱が渦を巻く。

 明らかに先ほど序列1位のおっさんを燃やし尽くしたときよりも威力が高い。


 ———が、俺の首を絞める手に籠められた力は全く変わっていなかった。


 それどころか、つい今の今まで燃え盛っていたはずの蒼炎が、まるで最初から何もなかったかのようにパタリと音もなく消える。

 そこから顕れるのは、無傷の教皇の姿。

 これにはエレスディアも驚愕に目を見開く。


「……う、嘘でしょ……? 私の炎を食らって服すら燃えてないなんて……」

「随分と温い炎だったぞ? 不死鳥の名が聞いて呆れる」

「……っ、こ、このっ……ゼロを離しなさい!!」

 

 誰もが見惚れるほどの華麗な動きで教皇の顔面に突きを放つエレスディア。

 だが、その一撃は当たったかのように思われた瞬間———エレスディアの身体が

 再び謎の現象に見舞われた彼女は突きの体勢のまま唖然と瞠目している。


「…………チッ、そういうことか」


 そんな中で、依然として首を掴まれたままの俺は、小さく零した。

 俺の中で先程スラングから言われた言葉と今の現象が結びついた。


 

 この現象全て———運命を操る……その力1つによって引き起こされている、と。



 というのも、俺は先程から自らの首を絞める教皇の腕に剣を突き刺したり、斬り落とそうと振るっているのだが……まるでかのように剣も消えて腕も元の位置に戻っているのだ。

 そんなの、スラングが言ったように、自分を取り巻く運命を操っているとしか思えない。


『……お前がこの能力が嫌いって言う理由が分かるわ。クソッタレな能力だな』

『ケケケッ、だから言ったじゃねェか。足掻くことすら許されない力なんざ使って何が面白いのかオレには分からねェな』


 確かにこの力はスラングとはとことん合いそうにない。

 自らが体験して一層そう思った。


 だが、幾ら運命を操られようと……このままでいるわけにはいかない。


 俺は足りない頭を必死に回転させて、この状況を切り抜ける方法を模索する。

 

 くそっ……マジでどうする?

 運命を操れるってなったら、マジでスラングの言った通り、足掻くことすら出来ないじゃねーか。

 多分俺の【無限再生】ともとことん相性が悪いよな。


 何て俺が思案している間にも、エレスディアが攻撃を続けているのだが……依然として当たる気配が感じられない。


「くっ……何なのよこれ……っ!」

「これが運命を操る力ってヤツだ! どうやらお前はさっきから、って状態みたいだぞ!」


 俺が掠れ掠れにそう告げれば、俺なんかよりよっぽど頭が良いエレスディアは一瞬で状況を把握して、これでもかと顔を引き攣らせた。


「は、はぁ……!? そんなのズルじゃない……! 一体どうすれば———」


 そうエレスディアが悲痛の叫びを上げた瞬間だった。






「【神速の一撃】」






 そんな声が聞こえたかと思った瞬間———俺の首を締めていた教皇の腕が遥か切断されていた。

 いや、その言葉が聞こえたときには既に腕が斬り飛ばされていた、といった方が正しいかもしれない。


「……な、何が……?」


 困惑の声をエレスディアが零す中、支えを失った俺の身体が久し振りに地面と再開する。

 

「ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッ!!」

「大丈夫ですか、ゼロ様?」

「あ、貴女は……ゴホッゴホッゲホッ!」


 やっばい、全然止まらないんですけど。

 話せないんですけど。


 俺は止まらない咳に目尻に涙を浮かべつつ、乱入者の方に目を向けた。

 そこには……。


「フフフッ、やはり来たか……」

「教皇……いえ、へレクトラ・ウンズィヒトバーレ。私の娘を殺した貴女は、此処で必ず殺してみせます」


 金色の髪を靡かせ、輝かしい白銀の光を放つ鎧に身を包んだ———。






「———アウレリア・フォン・デュヴァル・アズベルトの名に賭けて」






 アウレリアさんの姿があった。

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