第100話 総力戦①
「———……アズベルト?」
俺はアウレリアさんの名乗りを聞いて、あまりの困惑から思わず口を衝いて出た。
一瞬俺の空耳かと疑ったが、確かに彼女は『アウレリア・フォン・デュヴァル・アズベルト』と名乗っていた。
その証拠に、横のエレスディアも同じく驚愕に目を見開き、言葉にならないといった感じで口をパクパクさせている。
しかし、そんな俺達を他所に、アウレリアさんと教皇の話は進む。
「……今日という日をどれだけ待ち望んだことか……貴女にはきっと、いえ、絶対分からないでしょう。……私は貴女に娘を殺されてから、ずっと復讐することだけを目的に生きてきました。だから貴女を殺すために家族も地位も捨て、年齢も出自も自らの顔すらも変えて、王国のスパイという名目と共に貴女が長を務めるこの組織に潜り込んだのです。憶えていませんか? 15年前———今のその体に鞘替えした時のことを」
依然として剣を構えたまま、そう淡々と話すアウレリアさん。
しかし彼女の顔には、溢れんばかりの憎しみが宿っており、その表情は非常に険しいが……今の話的に俺が推測した通りなら、寧ろこの程度まで抑えているアウレリアさんは凄いの一言に尽きない。
きっと俺なら今のように怒りを堪え切れず突っ走っていたはずだ。
「どうしたのですか、まさか憶えていないとでもおっしゃるつもりで?」
「フフフッ、そんなはずないだろう? ああ、もちろん憶えているに決まっている。何せ———」
教皇が口元を三日月のように歪ませると。
「———この身体こそ、お主の娘の身体なのだからな」
俺の推測が確信に変わる一言を告げた。
しかしそんな悍ましいことを告げているというのに、教皇は寧ろ面白そうに語る。
「見目は私の好みではないゆえ変えさせてもらったが……実に素晴らしい身体であったぞ? 特に———この雷を司る力はな」
そう言っていつの間にか治っている腕の方で指をパチンと鳴らすと共に———一条の青白い雷が教皇の隣に堕ちる。
耳を劈く雷鳴が轟き、辺りに何条もの青白いスパークが散った。
そんなスパークを頬に掠めたアウレリアさんであるが、物凄い量の神力を身体から放出させるものの、ギリギリで唇から血が出るほど噛んで耐えている。
「フフフッ、お主も健気であるな。わざわざ何年も私の下で従順な犬のフリをして飼い主に牙を剥くために牙を研いでいたとは。今までの数々のミスも、全て計算尽くであろう? 実に無様なものだな」
耐えるアウレリアさんの様子を嘲笑う教皇。
これほど根っからのクソ野郎を俺は見たことがないし、今の話を聞いているだけでも反吐が出そうだ。
だが、アウレリアさんは教皇の嘲笑も煽りも意に介すことなく、ゆっくりと首を横に振った。
「例え無様であろうと、貴女の首元に牙を立てられるのなら本望です。そのお陰でこうして貴女自身が戦わなければならないほどまでに追い詰められました」
「フフフッ、随分と執念深いじゃないか。それに奇遇だな、私もこの日を待ち侘びていた。遂に永久なる身体を手に入れられる日なのだから」
「いえ、そんな日は絶対に来ることはありません。なぜなら———貴女はここで死ぬからです」
彼女がそう言うと同時。
キラッと空から一条の輝きが飛来する。
それは一切速度を緩ませることなく、俺達から少し離れた地面に激突すると。
「———チッ……来るのが遅くなっちまったな……おい、シャキッとしろキザ男」
「シャキッとしているとも、目も心も身体も冴え渡っているとも! 寧ろ過去一力を振るえると言っても過言ではない! なぜなら———ミス・アウレリアのお力になれるからだッッ!!」
宙に大量に舞った粉塵の中から人影が2つ。
1人は、灼熱のオーラで装飾された三叉槍を握り、辺りを燃え尽くしてしまいそうなほどの紅蓮のオーラを纏わせながら第三の目を開眼させた姉御。
もう1人は、サラサラな青髪をファサァァァとかきあげて靡かせながら黒を基調とした軍服を無駄に着こなしたクライスと、彼の周りに浮遊する数え切れないほど無数の剣達。
「無事で良かったです、お二人共」
「ミス・アウレリアのためならば、僕は何処へだって駆け付けますよ!!」
「フンッ、コイツを拾って正気を取り戻させるのには苦労したがな」
僅かに目元を緩ませるアウレリアさんの下へ、直ぐ様傅くクライス。
姉御はキラキラ瞳を輝かせるクライスを一瞥してから鼻を鳴らした。
ただ、こんな会話の中でも誰一人教皇への注意を怠っていないのは、流石としか言いようがない。
何て俺が感心していたその時。
「…………姉さん……っ」
俺の隣で同じく呆気に取られていたエレスディアが、大きく見開いた潤む瞳で姉御を見つめつつ、湿った声で不意に零した。
彼女は気付いていなさそうだが、自然と足が姉御の下へ向かっている。
そんなエレスディアの視線と呼び掛けに気付いた姉御は、一瞬複雑そうな顔をしたものの……直ぐに首を横に振り、気が抜けたかのようにフッと笑みを零すと。
「———ハッ、強くなったじゃねぇか。流石アタシの妹だ」
髪が乱れるのも気にせず、少し乱暴にエレスディアの頭を撫でる。
突然頭を撫でられたエレスディアは一瞬呆気に取られた様子で身体を固まらせたが、直ぐにニパッと笑顔を浮かべた。
「……っ、もちろんよ! だって———私は姉さんの妹だから!」
「ああ、その意気だ。ってかエレスディア……お前、アタシより先に好きな奴まで見つけたみてぇじゃねぇか。絶対離すなよ」
おっと、ちょっと話が変わってきたぞ?
さっきまで美しい姉妹愛を眺めてたはずなのに……何故かこっちに話題が移ってきたんですけど。
俺が若干心臓が跳ねたのを自覚しつつソワソワしていると、エレスディアがチラッと俺を視界に収めたのち、力強く頷く。
「そんなの当たり前よ。嫌だって言われても離れてやらないわ」
「ハハッ、良い意気込みじゃねぇか」
「………あ、あのぉ……それを本人の目の前でやるのはやめません? 此方としては恥ずかしいと言いますか……」
姉妹だからか共鳴し合う2人の姿に、流石に話に割り込まなければさらなる被害を受けそうだと感覚的に悟った俺は、頬に熱が集まるのを自覚しながら割り込んだ。
しかし戻ってきたのは2人の呆れの孕んだ瞳だった。
「今更何を恥ずかしがってるのよ? 私に告白までしてくれたじゃない」
「それにお前もエレスディアのために命を賭け———なに?」
「そうだけども、確かに告白はしたけど。そう言うのはさ、全て終わってからでも良くない?」
俺は2人から向けられる視線に耐えかね、話を切るように目を逸らした。
そんな俺の子供っぽい様子に2人がクスクスと笑い———。
「———最後の会話は終わったか?」
「「「「「!?」」」」」
突如、ズンッと全身に何倍もの重力がかかったかのように、威圧感から来る重圧がのしかかる。
これには俺達も思わず顔を歪めるも……ただ1人、一切動揺を示さない者がいた。
「残念ですが、貴女の力は私には通用しません。神を守るため、あらゆる神の力を無効化にする———【
そう、アウレリアさんだ。
彼女だけは凛とした姿勢で真っ直ぐ教皇を睨んでいる。
それと同時に、フッと俺達を押さえ付けていた重圧が消えたかと思えば。
「……束ねたか」
何やら教皇が少し不機嫌そうに呟いたではないか。
しかも教皇とは反対にアウレリアさんが僅かに口角を上げると、此方に視線を向けずに言う。
「今、皆様は私の配下———つまりは【戦団】になっています。これにより、ある程度の神力に対する耐性が付いているはずです。ただ、流石に【運命の神々】の力を完全に防げるわけではないので、そこのところはご了承を」
「めっちゃ強いですやん」
何なんこの人。
皆んな強い強いと思ってたけど、この人1人だけちょっとレベルが違うくない?
何て思わないこともないが……。
「ま、何でもいいや。エレスディア、ビビってんなよ?」
「誰に向かって言ってんのよ」
あのクソ野郎をぶん殴れるなら何でも良いか、と俺は思考を戻し……溢れ出す漆黒のオーラと白銀のオーラを一振りの漆黒の剣と、一振りの白銀の剣へと創り変える。
エレスディアも俺へと軽口を飛ばしたのち、どこまでも綺麗な真紅の剣を創造して背中の真紅と蒼炎の翼を大きく広げた。
「アタシの妹に手ぇ上げたんだ、死んでも殺してやる」
「僕はミス・アウレリア……いや、アウレリア様の矛と盾となろう」
姉御は今にも暴れだしそうな三叉槍に渦状の神気を纏わせて、第三の目を揺らす。
クライスも今までのキザな笑みを収め、真剣な面持ちで手を前に翳すと共に何百もの剣が意思を持ったかのように自由自在に宙を駆け、一斉に切っ先を教皇に向けた。
そんな臨戦態勢に入った俺達を気配だけで認識したアウレリアさんは、手に持つ剣をゆっくりと教皇へ差し———。
「———貴女を今から殺します」
「———やってみればよい」
武舞台を越え、圧倒的猛威と圧倒的猛威がぶつかり合った。
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カクヨムコン用の新作コメディーを投稿しました。
マジで頭空っぽで読めます。
是非読んでみてください。
もちろん一般兵士の更新も完結まで頑張ります。
『魔王が逃げやがりました!〜残ったのは、人徳ないNo.2の俺とポンコツな幹部達〜』
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