第57話 VS悪魔……と見せかけたゼロの独擅場

 ———いきなり戦ってた奴らが苦しみだしたかと思ったら死んだんだが。


 これだけでも俺的には十分驚きなのに、この玉座の間に何か悪魔みたいな不気味な奴が現れたとなれば……もう意味が分からない。

 完全にお手上げである。


 自分で考えるを諦めた俺は口元を手で隠しつつ、もう片方の手で指差しながらコソコソとセラに話し掛けると。


「セラ、あの不気味だけどちょっとかっこいい奴って何者なん?」

「か、かっこいい、ですか……?」


 俺の言っていることがイマイチ理解出来ないらしく、苦笑を浮かべるセラ。

 だが、確かに女の子にはちょっと分からないカッコ良さかもしれない。


 美形の顔に目元に掛かるくらいのサラサラな銀髪。

 男性モデルのようにスラッとした180ほどの体躯。

 浅黒い肌にビシッと決まった漆黒のスーツ。

 尖った耳と額に生えた禍々しい2本の角。

 口を三日月のように歪めて嗤うと現れるギザギザの歯。

 背中に生えたボロボロのローブのような翼。

 

「———これのどこがかっこ良くないと言うんだ!」

「これとは一体何なのですか!? と、とにかく、話を戻させていただきますが……見た目と私の知識を照らし合わせる限り、恐らく悪魔でしょうね」


 バッと手を広げて力説するも、一瞬で話を戻されてしまった。

 そのせいで少しシュンとなってしまうが……気を取り直してセラの言葉を飲み込んだ。

 

 ……ま、十中八九そうだろうな。

 これで悪魔じゃないって言われたら、多分自分の目を信じられなくなっちゃうぞ。

 それにしても———


「この世界は美形が多すぎて困る。ただでさえモブ顔なのに更にモブ顔っぽくなるじゃん」

「そこですかっ!? もっと注目する点はありそうなものですが……」

「ケケケッ、おもしれー奴だなァ」


 悪魔が嗤う。

 アレほどオタクとして好きなビジュアルをしているというのに、声を聞くだけで底知れぬ嫌悪感が全身を駆けずり回る。

 そのあまりの気持ち悪さにブルッと身体を震わせて渋い顔を作った。


「……俺、アイツ無理だわ。なんか全身を虫に集られてる気持ち悪さなんですけど」

「私もです。生理的に無理です」


 何て俺達が好き勝手言い合っていると。



「———貴様らは我をどれだけ侮辱すれば気が済むのだッッ!!」


 

 そう怒号を上げたのは、俺でもセラでも……はたまた話の中心である悪魔でもなく———肘掛けを台パンしたゼノンだった。

 彼は眉間に皺を寄せ悪魔以上に顔を歪めて俺達を睨んでいる。


「貴様ら……目の前にいる奴がナニか分かっているのか!? コイツは悪魔だぞ!? それも高位悪魔の一人———『狂魔のスラング』だぞ!?」

「ケケケッ、代わりに紹介ありがとよォ。オレはスラング、仲良くしようぜェ」


 へぇ……いやどなたですか?

 そもそもこの世界に悪魔がいること自体初耳な俺がそんな詳細な情報を言われても知るわけないですやん。


 しかし、どうやらこの場で無知なのは俺だけらしく……セラは先程のゆるい雰囲気を消して驚いていた。


「『狂魔のスラング』ですか……彼があの……」

「ん? 若いくせにオレのことを知ってるのかァ。精霊使いに知られているってのは光栄なことだなァ」

「……っ」

「ハハハハハハハハ!! やっと今自分達が置かれている状況を理解できたかッッ!! 分かったなら大人しく死ぬがいい!!」


 相変わらず無防備な状態で紳士然として頭を下げるスラングを、苦々しい表情で睨み付けつつ戦闘態勢に入るセラ。

 そんな2人の様子を、先程から一転して高みの見物とばかりに愉快げな表情を浮かべて笑うゼノン。



 ———を蚊帳の外で眺めてオロオロする俺。



 えーっと……やっばい、何も分からん。

 高位悪魔がどれくらい強いのかも分かんないし、そもそも悪魔がこの世界でどんな立ち位置なんかも俺は知らんのよ。

 だからそんな分かって当たり前的な雰囲気で進めないでください。


 しかし、そんな俺の魂の叫びも誰にも届かず……セラがアメジストの瞳に戦意の色を灯すと。



「———全力で行きます」



 全身から赤、青、緑、黄の魔力が噴き出し、それぞれと絡み合って天へ向かって駆け上るように円柱状の奔流が発生する。

 4色の奔流は空中で揺れ動くと……人型に形作られ、精霊達が姿を現した。


 しかし———何か様子がおかしい。

 

「み、皆んな……?」


 俺でさえ気付くのだから、長年一緒にいたセラが気付かないはずもなく……戸惑った様子で宙に浮いたままぼーっと虚空を見つめる精霊達に声を掛ける。

 されど結果は変わらず———ピクリとも動かない。

 すると、そんなセラ達の様子にスラングが一瞬驚いた様に瞠目したのち、傑作だと言わんばかりにケタケタと不気味に嗤う。

 

「カハハハハハ、まさか知らないのかァ! ケケケッ、ゼノン、お前も悪ぃ奴だなァ……」

「ど、どういう……皆んなに何かしたのですかッ!?」

 

 スラングの意味深な言葉にセラが眉を潜め、キッとゼノンを睨む。

 ゼノンは彼女の視線を受けながらも、侮蔑を一切隠すことなく鼻で笑った。

 


「フンッ、何故我がわざわざ教えてやらんといかんのだ? ———我がスラング、貴様の力を使って精霊達に支配紋を刻んだというのに」

 


 そう告げた瞬間———誰かが口を開くより先に、とうとう頭に増え続けていた疑問符の数に堪えきれなくなった俺が割り込むような形で叫んだ。




「———おい、良い加減俺を置いて話を進めるのはやめろって! かんっっっぜんに俺だけ蚊帳の外だろうが!!」

 



 もう空気なんて知ったことかと俺があらん限りの声量でツッコめば……3人の呆れと言うより驚きを多大に孕んだ視線が一気に集まる。

 あの悪魔でさえ目を見開いて俺を見ていることに気圧されそうになるも……俺はめげずに口を開いた。


「そっちは王族とか悪魔とかで沢山知ってるのかもしれんけど……俺はしがない元平民だぞ!? そんな当たり前みたいな顔で続けられてもさっぱり分からんわ! てか悪魔とかついさっき初めて知ったんですけど!?」


 そこまで感情を爆発させた俺は、ポカンと呆けた表情で見つめてくる3人に胸を張って言い放った。



「まぁつまり何が言いたいかと言うと———俺だけ話についてけなくて寂しいので、1から説明お願いしますっっ!!」



 お願いします……お願いします……とやまびこのようにシンと静まり返った玉座の間に俺の懇願の声が虚しく反響する。

 そんな中、俺はよくやりきったと自画自賛しながら額を手で拭っていた。


 ふぃ……やっと言えたぜ……あースッキリした。

 全く……良い加減俺にも感情移入させてくれって話だよ。

 こちとらさっきまで、映画を見ようと思って友達と映画館に行っていざ見たら……1度も見たこと無いシリーズモノの最終作品だった、みたいな感じだったんだぞ。

 普通に地獄だろうが………あれ、何か考えれば考えるだけイライラしてきたぞ?


 俺はそんなイライラをぶつけるべく、これまでの腹いせとばかりにキッとゼノンを睨む。

 

「おいクソ野郎、お前が責任持って50文字以内で纏めて説明しろ」

「は、は……? き、貴様、一体誰に指図———」

「———うるせぇぶっ殺すぞ」

「っっ!?」


 クソ野郎のくせに生意気にも口答えしてくるゼノンを人睨みで黙らせると。


「おいこら早く説明しろって。あとスラングだが狂人だか変態だか知らんけど、お前は一旦『待て』でもしてな。その方が面白くなるから」

「へぇ……ケケケッ、それは待たねェとな」


 如何にも快楽主義者的なスラングには、途中で攻撃されないように適当な甘い餌をちらつかせておく。


 いやー、コイツがちゃんと頭おかしい奴で良かったぁー!

 これでちょっとくらいセラが落ち着ける時間が稼げただろ。

 万全な彼女がいないとあの悪魔には勝てないからね。


 何て考えつつ、ゼノンを急かすように貧乏ゆすりの要領で床を鳴らす。

 我ながら何とも態度が悪いと思うが……まぁ俺程度の頭じゃこれくらいしか思いつかないってことで許して欲しい。


「……まだ? めっちゃ待ってるんですけど」

「な、何故貴様がそんなに強気で……」

「何てー? 聞こえなかったなー? まぁ聞こえてたら俺が死んでもお前だけは殺してたかもしれないけどね」


 そう俺が濁った瞳でゼノンを見つめながら言えば。



「———わ、分かった、言う! 悪魔は地獄の住人だ! その強さはこの世の者を遥かに超える! 奴はその中でも上位の悪魔で、奴の力でセラが契約した精霊に支配紋を刻んだのだ。今は奴が精霊の意識を支配している! だが首にある支配紋は隠せないというデメリットがあった。だから、セラには貴様が一方的な契約を結ばせたと言いくるめたのだ!!」



 意外にも素直に話してくれた。

 そんなゼノンに、俺は笑顔で告げる。


「うん、長い」

「き、貴様……ッッ!! 貴様が話せと……」

「50文字以内って言ったじゃん。いや、そんなことはどうでも良いんだよ。つまりお前の話を纏めると———」


 残りの全魔力を【固有魔法オリジナルマジック限界突破リミテッドブレイク】に注ぎ込む。

 真っ赤な亀裂が至る所に走って全身が悲鳴を上げるだけでなく、目が燃えるように熱くなると共に視界の半分が真っ赤に染まり上がる。

 白銀と真っ赤なオーラは『俺達は自由なんだーー!』と言わんばかりに、少しでも気を抜けば霧散してしまいそうなほど不安定に揺らぐ。

 

 そんな一歩間違えればあの世からのお迎えが来そうな中、俺は剣の切っ先をスラングとゼノンの順番で向けると。





「———テメェらをボコボコにすれば万事解決ってことだな!!」





 完璧でしかない答えを、自信満々な笑みを浮かべながら告げたのだった。

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