第56話 本当の切り札(セラside)

「———ハーッハッハッハッ!! 効かん……効かんぞ! 痛くも痒くもないとはまさにこのことを言うのかな! まだ蚊の方が鬱陶しくて嫌いだわ。てか何だよ、その中身のないペラッペラな攻撃は! 見た目だけ重厚な発泡スチロールかなんかで攻撃でもしてんの? もしかしておたくらコスプレイヤーか何かですか??」


 私の背後から所々良く分からないことを言いつつも、持ち前の煽り能力を十全に活かして1人で10人の精鋭級兵士と10人の戦術級魔法使いを相手にしているゼロさんの声が耳朶を揺らす。

 そんな彼の声と共に、刹那の内に幾度となく剣が切り結ばれているのであろう剣戟の音や魔法を斬り裂いて破裂する音も聞こえてきた。


「おっと、腕を斬り落として一安心だとでも思った? 思ったよねっ? ———残念でした! どれだけ頑張っても、こうして直ぐに腕が生えてくるのでしたっ!! いやー、無駄な期待させちゃってごめんねーっ? でもでも……騙される方が悪いと思うんだよ、俺はさ! だから恨むのは無しね? フワーッハッハッハッ!!」


 こうして普通の人間なら戦闘不能又は弱体化するであろう一撃を受けてもピンピンしているどころか……神経をすり減らす戦闘中において最も厄介な煽りまでちゃっかり入れ込んでくるのだ。

 今戦っている兵士達は彼を相手にしていると心底やりにくいことだろう……同じく戦った者として同情してしまう。

 もちろん味方だとこれほど頼もしい人はいないのだけれど……流石に煽り能力が高すぎないだろうか?

 ちょっと相手が可哀想になってきたまである。


 何て、背後で私のために頑張ってくれている彼の少し気の抜けた笑顔を思い浮かべてクスッと笑みを零しつつ……私はお兄様を見据える。

 私と同じアメジストの瞳と髪を持つお兄様は、ゼロさんの自由奔放な暴れように怒りを募らせている様で、忌々しげにゼロさんを睨んでいた。


「クソッ……一体どうなっているんだ……ッ!! なぜあんなクソガキ1人に我が育て上げた者達が弄ばれている!?」

「それはもちろん……あんな感じでも私を倒したお方ですから」

「ちょっと待ってよセラ。あんな感じってなんだよ、あんな感じって! 俺はちゃんと聞こえてるから言葉には気を付けろよ!」

「ゼロさんは一度胸に手を当てて考えてみてください」

「ごめんっ、今は物理的に胸がないから無理っぽい! てかおいこら! クソ痛ぇだろうが!」


 ちゃっかり私達の会話に入ってきたと思ったら……意外にも重傷だった様で少しビックリする。

 そして、この程度しか驚かなくなっている自分に更に驚いた。


 因みに胸がないとは、胸に穴が開いている、ということなのだろうか?

 もし本当に胸に穴を開けて話しているなら相手もさぞかし気味悪がりそうだ。


「ふふっ、本当にゼロさんは面白いですね。緊張していた自分が馬鹿らしく思えてきました」


 本来笑ってはいけないのだけれど……あまりにも普段通りなゼロさんの言葉と態度に私は口元を手で隠しつつクスクスと笑う。

 そんな私の様子に、玉座から半立ちとなったお兄様がぎょっとした様子で目を向けて来たかと思えば。


「……貴様、この短期間で何があったというんだ……?」


 心底驚いていると言わんばかりに驚愕や困惑を孕んだ声色で尋ねてきた。

 ただ、それも仕方のないことだろう。



 ついこの前までの私は———それこそ感情などない駒でしかなかったのだから。



 お兄様の前ではそれが顕著だったのも起因している。


 私が臆病だったせいだ。

 お兄様が私に向ける感情を理解していながら……怖くて問うことが出来なかった。

 お兄様に拒絶されることを恐れていた。

 


 例えどんなに嫌われ、憎まれ、妬まれていようと———家族であるお兄様が私の生きる意味だったから。



 でも……今は違う。


 彼が、ゼロさんが私に言ってくれたのだ。


『———人を頼ってみればいい。そして……自らに差し伸べられた手を1度でもいいから握ってみるといい。そうすれば———きっと何か変わるから。いや———』


『———俺が変えてみせよう。俺がその手を握ってみせよう。今まで1人で頑張ってきた貴女に……俺が人を頼ることの良さを教えてみせようじゃないか』


 初めて私の手を握ってくれた夜に。


『ここにお前を心配してる奴がいるんだから———ちょっとくらい自分のことを大事にしろよ』


 お母様が亡くなってから初めて熟睡できた朝に。




 こんな私の全てを聞いてなお———なんてことないと言わんばかりに、優しく笑い掛けながら手を握ってくれたのだ。




 だから———もう怖いモノなどなにもない。


「———お兄様」

「……っ」


 私はゼロさんから貰った言葉に胸が暖かくなるのを感じながら、もう何年もまともに目を合わせていなかったお兄様に瞳を向けると。

 

「何度も申し上げましたが……今日は、貴方と話がしたくてやって来ました。私の思いを、私の意志を貴方に知って欲しくて……こうしてやって来ました。少々手荒になってしまいましたが……」


 苦笑交じりに……しかし、決して目を逸らすことなく告げる。

 そんな私の言葉に、お兄様の顔に驚きから憤怒や憎悪といった感情が浮き彫りになり……腹立たしげに『ドンッ!!』と玉座の肘掛けを叩くと共に怒号を上げた。


「……ふ、巫山戯るなよ……何が話だッッ!! 何が私の意志を知って欲しいだッッ!! 貴様は我の駒だ! ただ我の命令に従い、我の望む結果を持ち帰る生きた道具でしかないのだ……ッ!! ———それなのに何だ!? 我の命令を遂行できなかったどころか……良く分からない男と戦場を抜けるだと!? 挙げ句の果てに城に攻め入って我と話がしたいだと!? 思い上がるのも大概にしろッッ!! 分をわきまえろ、道具風情がッッ!!」


 ゼェ……ゼェ……と荒い息を吐きながら玉座に腰を下ろしたお兄様が、ギロッといつものように嘲笑の籠もる瞳で見下ろして言う。


「……我の言っていることが分かったか? 貴様に感情など必要ない。ただ我の手足となって我に命を捧げろ。そうだな……まずはあのガキを———」

「———言いたいことは、それだけですか?」

「…………何だと?」


 私の言葉に一瞬呆気に取られた様に呆けたのち、殺気すら孕んでいそうなほど低い声で唸る。

 冷酷さと煮え滾る怒りを綯い交ぜにした鋭い眼光が私を射抜く。

 そんな瞳を前に……お兄様と話をすると決めた私は、一歩も引くこと無く真正面から視線を返した。

 

「言いたいことはそれだけですか、と言ったのですよお兄様。私はお兄様……貴方が私のことが嫌いなことを知っています。貴方が私の才能を妬んでいることも、私を本当に人間ではなく手駒としか思っていないことも———私が王族から降ろされる原因を作ったのが貴方だということも……何もかも」

「なっ……ば、馬鹿な……!? アレは我と一部の者しか……」


 まさか私が全部知っているとは思っていなかったのだろう。

 お兄様は怒りを上回る驚愕に目を見開きつつ、露骨に狼狽えている。

 そしてグッと唇を噛むと。

 

「……まさか我に復讐をしに来たのか……?」

「復讐、ですか? ……まさか、違いますよ。何年も貴方の手足となって罪を重ねてきた私にそのような資格があるはずもありません。———ですから最初から言っているでしょう? 私はお兄様と話がしたいだけです。お互い隠し事なしに」

 

 瞳に僅かな恐怖を浮かべながら尋ねてくるが、私は苦笑交じりに首を横に振る。

 しかしどうやら信じて貰えていないらしく……お兄様は警戒心を剥き出しにして私を睨んでいたかと思えば、

 

「……貴様の言葉を信じると思うか? だが、残念だったな、セラ……!! 貴様は我に復讐など出来はしない! 何故ならば———」


 突如、お兄様がニヤッと口元を歪めて嗤った。





「———我には、貴様を殺す本当の切り札があるからだ……!!」


 


 

 そう瞳に狂気を宿して、ドンッと足で地面を踏み締める。

 それが合図となったのか———この玉座の間を丸々包み込む漆黒の魔法陣が現れて怪しげな光を放ち始めると。



「「「「「「———ギャァアアアアアアアッッ!?!?」」」」」」



 私の後ろから悲鳴が聞こえ、私は咄嗟に後ろを振り向く。

 そこには、剣を構えたまま目を見開いて固まっているゼロさんと———全身から血を噴き出しながら苦しみ藻掻く兵士達と魔法使い達の姿が映った。


「い、イヤダイヤダイヤダイヤダ……ウワアアアアアアアア!!」

「ゼノン様ァアアアアアアアアアア!!」

「お、オダズゲヲォォォォォォォ!!」


 そう救いを求める彼等だったが……全員同時にビクンッと身体を痙攣させると共に地面に崩れ落ちた。

 その様子を呆然と眺めていた私に、同じくあんぐりと口を開けていたゼロさんが尋ねてくる。


「えっと……何が起きてるのか聞いてもいい?」

「わ、私にも何がなんだか……」


 何て戸惑っている私達だったが———ゾッと背筋が凍るほどの冷たい魔力を背後から感じて、バッと再びお兄様の方を振り返れば。




「———ケケケッ、遂にオレを呼ぶ覚悟を決めたのか、ゼノン」

「あぁ……あの2人を殺してくれ———スラング」




 お兄様の前に、全身を漆黒に染め、禍々しい角とボロボロのローブの様な翼を生やした細身の男が———狂気の笑みを顔に貼り付けて佇んでいた。


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 一昨日ぶりです。

 遂に今章もラストスパートです。

 頑張ります。

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