第55話 たった1人の防波堤
「———……来たか……」
俺達が玉座の間の扉を開け放って飛び込めば……10人もの黒光りする漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ兵士が横一列に並び、それぞれ強化魔法を発動させつつ剣を構えていた。
また殺気立った彼等の頭上を、同じように横一列に並んで魔法陣を発現させたローブ姿の魔法使い達が浮遊している。
やっぱり俺の思い違いじゃなかったかぁー。
皆んな強そうだなぁ……いやまぁ団長なら瞬殺なんだろうけどさ。
流石に俺には荷が重いって。
でもまぁいきなり襲い掛かって来られなくて良かった。
まさしく万全を期しているといえる陣形の奥にて———綺羅びやかな装飾に身を包み、アメジストの髪の上に王冠のような物を載せた、セラの兄と思われるイケメンがニヤッと余裕有りげな笑みを浮かべて玉座に踏ん反り返っていた。
そんな彼を見て、セラが1度目を伏せたのち……悲しげな色を瞳にたたえて彼を見据える。
「……お兄様……」
「フンッ、貴様に兄と呼ばれる筋合いなどないわ、この反逆者めが!」
さっきまでの余裕有りげな笑みから一転、兄と呼ばれたイケメンが憎々しげにセラを睨んで怒鳴る。
どうやらセラの兄貴は癇癪持ちらしい……というより、アイツがセラに向ける怒りを通り越した憎悪の感情が、セラを相手にしたときのみ身体を突き動かしているといった方が正しいのかもしれない。
まぁセラの話と実際見て……大体セラに当たりが強い理由は分かったけどね。
器の狭い男だな……と俺は内心呆れつつも、取り敢えずは静観を決め込む。
なぜなら、ここは彼女自身が伝えないと意味ないからだ。
後は敵側の兵士と魔法使いに睨みを効かせるのも理由の1つで……不意を突かれた途端、俺達の命は呆気なく散ってしまうからである。
それにしても……何でこいつらは攻撃してこないんだ?
あの兄貴の様子からしたら、今直ぐにでもセラをどうにかしたいはずなのにな。
うーん……さっぱり分からん。
何て俺が首を傾げている間にも、2人の会話は進んでいく。
「こんなことをした手前、信じることは出来ないかもしれませんが……私は、貴方を害する気などありません。ただ貴方と……お兄様とちゃんとお話がしたいのです。本当にそれだけで良いのです。ですから———」
「———話? 貴様がこの我と話だと? クククッ……ハハハハハハハハ!! 面白いことを言うではないか、セラァ!! 巫山戯るのも大概にするんだな……!! 我が貴様と話すことなど何1つとしてありはしないッ! ただそうだな……」
イケメンクズ野郎———ゼノン・シルハート・フォン・フィーラインはセラの頼みを一蹴して大笑いしたのち、加虐心に囚われた醜い笑みを浮かべると。
「大人しく投降すれば———命だけは助けてやる。まぁそれ以外は我の知ったところではないが……今この場にいる者達は、貴様を殺すために我が密かに鍛え上げていた者達だ。絶対に貴様の死は免れんぞ。さぁ決めろ。我と敵対して無様に命を散らすか、投降して命を取り留めるか。———2つに1つだ」
そんな、何方をとっても絶望的な未来しか見えない選択を迫った。
彼の中でセラと対話をするという選択肢は存在しない様子だった。
その言葉を聞いた俺は……理解する。
あぁ……コイツは、これだけを言うために待機させていたのか。
ただ———セラを絶望に追い込むためだけに。
それを理解した俺は、内心で見切りを付けた。
コイツは、駄目だ。
あまりにも……歪みすぎてる。
俺がぶん殴ったところで……絶対に変わりはしないぞ。
一体どうしてこんなに歪んでしまったのか……いや、それを考えるのはやめだ。
俺は余計なことを考えるのはやめ、横で自らの力不足を悔やむように唇を噛むセラの手をそっと取る。
突然手を握られたことにより、セラがバッと驚いた様子で俺を見つめ……しかし直ぐに目を逸らしてボソッと零す。
「ゼロさん……ごめんなさい。私には無理でした……お兄様の気持ちを聞き出すどころか話をすることさえ……」
……全く、そんな顔すんなよな。
「いや、セラは頑張っただろ。俺だったらあんなクズ野郎にあれほど真摯な態度は取れねーもん。だから———」
俺は少しでも彼女が安心出来るように、頼りに思えるように———ニヤッと傲慢不遜な笑みを浮かべて告げた。
「———後は俺に任せときな。2人の対話を、俺がお膳立てしてやんよ」
俺の言葉に更に驚きの表情を浮かべるセラから視線を切ると……意識を切り替えた俺は此方を見下すゼノンを睨み返した。
「おいアンタ、実の妹に向かってその言葉はないんじゃないか?」
俺の言葉にゼノンの視線が此方を向く。
その瞳には憎悪ではなく、興味の色が過分に含まれていた。
「貴様は……ああ、最近有名になった『不滅者』か。噂より幼いな」
なぁ、その噂ってヤツを詳しく教えてくれよ。
本人なのにこれっぽっちも聞いたこと無いんですけど。
あといきなり態度が変わるとか二重人格かよ、普通に怖ぇよ。
何て思いつつ、挑発するようにニヤッと口角を上げて肩を竦めた。
「そういうお前は……次期大公のくせに随分と短気なんだな。そんな沸点お子ちゃまレベルでストレス溜まりまくりそうな大公が務まんの?」
「こ、このガキ……我に敬意を示さないどころか侮辱するとは何事だ……!」
俺の軽い挑発を受けたゼノンが面白いように目を吊り上げてギリッと歯を噛む。
やっぱりコイツ、人の上に立つのに向いてないだろ。
「だからそういうところだっつってんのよ。王族だったからこんな不遜な態度を取られたことないのか知らんけど……少なくとも俺がテメェに敬意を示す必要性を感じないなぁ。てかこの国の民が可哀想だわ……こんな無能そうな奴が次期大公とかさ。きっと皆んな思ってるよ———お前が大公とか、この国終わった……ってな」
「き、貴様ぁぁぁぁぁ———ッッ!!」
嘲笑交じりに俺が言えば、ゼノンは怒りで顔を真っ赤にして親の仇かの如く殺気すら籠もった瞳で睨むと。
「———我を侮辱したことを後悔しながら死ぬんだな!! 対魔女部隊、反逆者である『殲滅の魔女』とそれに与する『不滅者』を抹殺しろ!!」
「「「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」」」
我慢の限界と言わんばかりに号令を出した。
同時に、黒騎士と魔法使いが一斉に動きを開始させる。
黒騎士達が間髪入れず俺達に接近し、後方で魔法使い達が色とりどり、様々な種類の魔法を展開して放ってくる。
ふむふむ……少しでも正常な判断が削げればいっか、程度に思ってたけど……どうやら大成功みたいだな。
「ちょいとごめんよ」
「きゃっ!?」
俺は負けじと魔法を展開させようとしていたセラを抱き寄せ、その場を飛び退く。
それとほぼほぼ同タイミングで幾つもの剣が俺達のいた場所を通過し、魔法が着弾する。
———ドガァァァァアン!!
耳を劈く轟音と粉塵が玉座の間を包み込む。
しかし、床が抜けたり建物が倒壊する様子を見せない辺り……アズベルト王国の玉座の間より遥かに頑強に作られているらしい。
何て分析はほどほどに、粉塵と轟音によって視覚と聴覚を一時的に封印された一瞬の隙を突き。
「———【縮地】」
俺は空中で一回転したのち、セラを武器だと思い込んで彼女の肉体を強化魔法で強化させつつ———壁を蹴って限界を越えた速度で粉塵の中を突き進む。
この速度はセラや精霊でさえ対処できなかったのだ。
一人一人がセラや俺に劣る者達に捉えられる道理はない。
案の定、刹那の内に対魔女部隊とかいう大層な名前を付けられた者達の包囲網を飛び越えた俺達は、音もなくゼノンの近くに着地する。
その直後、粉塵が誰かの魔法によって消し飛ばされ……いつの間にか背後にいる俺達を見て驚愕の気配を纏わせた。
もちろんそれはゼノンも同じことで。
「ば、馬鹿な!? 対魔女部隊の包囲網を掻い潜っただと……!? き、貴様……一体何者だ……!?」
玉座から半立ちになって目を見開きながら驚愕の声を漏らしている。
その姿に若干気が高揚するのを感じつつも、セラの手を離してボソッと呟く。
「セラ、コイツらは俺に任せて……気が済むまで話してこい」
「……っ!? は、はいっ! ゼロさんも、どうかお気をつけて」
「おうよ、適当に捌いとくわ」
僅かに瞠目したのち、覚悟を決めた様子でこくんと頷いたのを確認すると。
「んで何だっけ? 俺が何者か……って話だったか? ハッ、そんなのお前らが言ってたじゃないか。俺の名前はゼロ。お前らが『不滅者』とかいう自分でも呆れるくらいの馬鹿な男だよ。まぁそんなわけで———」
ドスッと地面に剣を突き刺し、【
「———ここからはセラに指一本触れさせないから、そこんとこよろしく!!」
声高らかに宣言した。
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