第52話 ご対面

「———なぁセラ、ちょっといいか?」

「……なんでしょうか?」


 アズベルト王国の王城が豪華絢爛を地で行くような建物だとすれば、こちらの城は豪奢と尊厳さ、様式美を上手い具合に両立させたような内装であった。

 圧倒されるというよりは、宝石を見るかのような幻想的な印象を受ける。


「そう言えば、どっちから会うつもりなん?」


 そんな城の中に入った俺は、少し前を終始無言で歩くセラに問い掛けた。

 どっちとはもちろん、兄貴か父親のどちらか、という意味である。

 すると、セラは前を歩いたままどこか憂いの帯びた声色で言った。


「……この先には、お父様がおられます。お父様の身体を巣食う病が進行して、もう1年は会えていません」


 そう告げる彼女の表情は此方から見ることは出来ず、一体今彼女がどんな表情で言っているのかは分からない。

 ただ、決して良い顔をしているわけではないことくらいは分かる。


「……一体どんな病気なんだよ」

「……魔力回路欠損からなる魔力欠乏症です。魔法使いが無理に魔法を使った時に体内の魔力回路が千切れたり破裂したりして起こる不治の病の1つですよ。発症すれば最後、死亡率は100%だそうです」

「……へ、へぇそうなんだ……あ、そう……」


 彼女の口から語られる恐ろしい病の内容に、俺は口元をヒクヒクと痙攣させながらも何とか平静を装う。

 しかしその一方で、心臓が早鐘を鳴らし、握る拳にはジワリと汗が滲んでいた。



 …………えっ、俺からしたら日常茶飯事な魔力回路の欠損からそんな危険な病になっちゃうの??



 こちとら何回魔力回路がズタズタになってるとお思いですか?

 え、俺ってそんな超危険な病になる可能性がある戦い方をしてたわけ?

 何なら【無限再生】で治るからって、使えない魔法を無理矢理発動させて特訓してたんですけど。


 意外にも俺の日常に潜む病だったことで衝撃を受ける。

 それと同時に、皆んなが無理して使えない魔法を使おうとしない理由がより鮮明に分かった。

 

 そりゃ職を失うと同時に致死率100パーの病になる可能性がある方法なんか誰も取らないわな。

 エレスディアとかバルバトスがめちゃ驚いていたのが良く分かるわ。


 何て俺がブルっと身体を震わせていると。


「……お父様と家族としてまともな会話をしたのが一体いつだったか、私は憶えていません」


 小さな背中に寂しそうな気配を纏ったセラがボソッと零した。

 それはまるで独白で、ただ自分の思っていること、感じていることを淡々と述べているようだった。

 そんな彼女の様子に俺は何か言おうとするが———その前にセラが口を開く。


「お父様は、立派な大公でした。誰にも嘗められず、三大強国でさえ手をさせない程の国を作ることを目標にしていたそうです。この国に住む全ての者達が不自由しないように、と。そしてその結果、お父様のお陰で、数十年前は弱小国であったフィーライン公国が、今ではアズベルト王国と戦争できるまでに強くなったのです。いえ、違いますね———アズベルト王国と戦争しようと考えられるくらいに強くなってしまったのです」


 民のためだったものが戦争を生むなんて……何とも皮肉なことですね、とセラが付け足したかと思えば。


「しかし……その代償として、お父様は家族を顧みない人でした。一国の長にしては珍しく妻を1人しか持たず、子供も2人のみ。ですが、それはお母様を愛していたからではありません。ただひたすらに———家族に興味がなかった、子孫を残すことに頓着しなかっただけなのです。自分が完璧な国を作れば、どんな愚人が大公になっても大丈夫だと、信じて疑わなかったのです」


 その結果がこれですけど。

 彼女はそう言って此方を向く。



 ———不安で、心細くて、怖くて……そんな感情が綯い交ぜになったような表情を浮かべていた。



「……セラ」


 俺が何て言っていいか分からないまま彼女の名前を呼べば、セラは震える手を胸の前に置いて苦笑を浮かべると。


「ゼロさん、私は怖いのです。お父様に、私は必要なかった、と言われるのがとても怖いんです。覚悟を決めたはずでしたが……まだまだ足りなかったみたいです」


 一歩俺の方に歩み寄ってきて、アメジストの美しい瞳が俺を上目遣いで見上げる。  


 


「———私の手を、握ってくれませんか……? 私が逃げないように」




 そんなセラの言葉に———俺は彼女の震える手を握って笑った。


「やっと人を頼ることが出来たな。ま、人に頼むことに関しては超一流と言える俺からすればまだまだだけどね」

「ふふっ、何ですかそれは」


 僅かに緊張や恐怖が薄れたのか、まだ少し固いものの微笑を浮かべる。

 一先ず大丈夫そうな彼女の姿に安心した俺は、おどけた様子で肩を竦めた。


「いやいや馬鹿にすんなよ? 俺の渾身の土下座が発動したら最後……絶対に皆んな頼みを聞いてくれるし許してくれるんだからな! 俺はこれで何とか生きてきたといっても過言じゃない!」


 いや結構マジで。

 特に初めてエレスディアと出会ったときとか、初めて団長と出会ったときとか、さっきセラに土下座……あれ、何か物凄く情けなくね?

 俺の土下座比率、圧倒的に美少女とか美女が多いじゃん。

 でも皆んな俺より強いから決して情けなくなんかない、ないったらない。


 考えれば考えるほど、俺の表情が自信満々なモノから何とも言えない微妙な表情に変わっていく様子を横で見ていたセラがクスクスと控え目に笑う。


「なら、是非とも教えてもらいたいですね」

「任せな。俺の手にかかれば男も女もイチコロな頼み方を習得できるぞ」

「……本当ですか?」

「おいその胡散臭げな目はなんだ! 言っとくけどホントだからな? マジで誰にでもオーケーされる頼み方があるんだからな!」

 

 何て心底くだらないことを言い合っていると。

 



「———あはははっ、ふふっ、本当にゼロさんは人を元気づけるのが上手いですね」




 俺の前で初めて声を上げてセラが笑う。

 いつもの控え目な笑みではなく、目に涙をためて笑っていた。


「お、おい……そんなに俺の焦っている姿が面白かったのか?」

「まぁ……そういうことにしておきましょうか」


 そう言って一頻り笑ったのち……。



「———ここです」



 高さ3、4メートルはありそうな両開きの扉の前で立ち止まったセラが、どこか固い声色で告げる。

 

「この先にお父様がいる……はずです」

「んじゃお邪魔させてもらうか」

「え、あ、ちょっとゼロさん!?」


 戸惑うセラを他所に、俺が勢いよく扉を開け放つと。




「「———はぁああああああああ!!」」




 中から濃密なオーラを纏った精鋭級と思われる2人の騎士が飛び出してきて、俺目掛けて剣を振り下ろしてきた。

 どうやってこれほどの気配や魔力を消していたのかは知らないが……直前で俺が気配に気付くくらいだから、ちょっと詰めが甘かったとしか言えない。



「ま、多少痛くても文句言うなよ」



 俺は繋いだ手でセラを抱き寄せると共に【極限強化グレンツヴィアット・フェアシュテルケン】を発動させて二振りの剣を片手で受け止める。

 

 ———ガキンッッ!!


 硬質で甲高い金属音が響くと同時に相手側が驚愕に目を見開いた。


「ば、馬鹿な!? 我らの剣を素手で!?」

「しかも傷一つついて———うぎゃっ!?」


 片方の男の言葉が、俺が男の顎を蹴り上げたことによって途切れ、ふわっと宙に身体がういたのち……碌に受け身も取らずに地面に転がった。


「デューク!?」

「バーカ、あいつは死んじゃいねーよ。———ってことでお前もおねんねしな」


 結構力を篭めてもう片方の男の首に手刀を振るって気絶させる。

 男は一瞬でオーラを霧散させつつ地面に崩れ落ちるのだった。


「はい、おしまい。精鋭級のくせに弱いなぁ……あ、そう言えば大丈夫? 酔ったりしてない?」

「あ、はいっ! 私は全然酔っていないですけど……ゼロさん、もしかして気付いていたのですか?」


 セラが戸惑った様子で地に伏した護衛と思わしき2人を眺める。

 俺はそんな彼女にニヤッと笑みを受けべると。


「大せーかい! まぁでも魔力はどんな方法か知らんけど一切感じなかったから、セラが気付かなくても無理ないと思うぜ?」

「恐らく……魔力隠しの魔導具でしょう。私も何度か使ったことがあります」


 へぇ、そんな便利というか恐ろしい魔導具もあるのか。

 なら身体を透明にする魔導具もあんのかな?


 何て場違いながら、男として考えないといけない使命のような物のことを思っていると。


「…………お父様……」


 俺の隣のセラがとある方向を見つめながら、悲痛を孕んだ声色で呟いた。

 繋いだ手に力が籠もり、必死に耐えていることが分かった。

 少し遅れて俺も部屋の隅にあるベッドに焦点を当てる。



 ———痩せ細った、死人と言われても信じてしまうほどに生気のない老人が……凡そ感情の籠もっていない無機質な瞳で此方を見ていた。



「お、お父様……わ、私は……っ!」


 セラが覚悟を決めた面持ちで言葉を紡ごうとするが———被せるようにして返ってきた言葉はあまりにも無情なものだった。




「———お前と話すことは、何もない。この国を裏切ったお前に。2度と……儂の前に現れるな」

「…………あっ……」



 

 大凡身内に向けるような顔ではない怒りすら籠もった表情で言う父親。

 しかし、こうなった原因は全てこいつらにあるのだから、キレるのはお門違いというものだ。

 少なくとも俺はそう思う。

 

 ただ、セラが何も言わないなら俺も何とか耐えようとするも———泣きそうな顔で下を向くセラを見て、カッ身体が燃えるような感覚に苛まれる。

 同時に堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。


 ………………すぅーーーっ……うん、アウト。





「———あんまり調子に乗んなよ、クソジジイ。俺はテメェが大公だろうが、病気だろうが殴り飛ばせる男だ。よって———今からテメェをぶん殴る」

 

 


 

 気付けば———溢れんばかりの怒気を孕んだ声色で拳を握り込んでいた。

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