第49話 手を握っていてください

「———もう朝か……」

 

 俺はムクリとベッドから上半身を起こしつつ……太陽が登り、温かな光が差し込みだした窓を一瞥したのちに隣のベッドに視線を向けた。


 

 ———『殲滅の魔女』セラ・ヘレティック・フィーラインが眠っているベッドを。



 今は規則正しい寝息を立てて、その端正でありつつ目元が軽く赤くなっていることにより……神秘的でありながら、人間味のある寝顔を晒していた。

 枕にはアメジストの髪が散らばり、太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。



 一昨日初めて出会った少女。


 昨日死闘を繰り広げた少女。


 両親と、そして———過去の自分とどこか似ている少女。



 そんな少女の目元がどうして赤いかと言うと……まぁ普通に泣いていたからとしか言いようがない。

 結局昨日は、今まで我慢してきたモノを吐き出すように嗚咽を漏らした彼女が、泣き疲れて寝るまで付き合っていた。


 これには流石の俺も、怒りを通り越してちょっと殺意すら湧きそうだった。

 まぁただ彼女が2人を嫌っていないから殺しはしないが……セラが今まで受けていた痛みを返すくらいは許されると思う。


 何て思いながらセラの寝顔を眺めていると。



「…………んっ……んんっ……」


 

 彼女は僅かに眉を潜めて喘いだのち……ゆっくりと瞼を開けた。

 透き通ったアメジストの瞳がぼんやりと俺を捉える。


「……ぜろ、さん……?」

「おはようさん、よく眠れたか?」

「……おはよう、ございましゅ……」


 何度か瞬きをしつつ舌足らずに俺に挨拶をするセラ。

 そんな彼女の様子に微笑ましく思いながら———。



「———寝起きで悪いけど……これより、道場破りならぬ公国破りを開催したいと思います!」


 

 俺は寝ても———実は、同じ部屋に……それも隣のベッドで美少女が寝ていることを意識しすぎて寝ていない———冷めやらぬイライラを胸に、セラに宣言する。


「…………はい?」


 一睡もしていない俺とは正反対に、睡眠時間こそ短いもののぐっすりと寝ていた彼女は寝惚け眼をこすりながら、俺が言っていることの意味を理解できなかったのか、幼子の様にこてんと首を傾げる。

 その姿は圧倒的美貌やネグリジェ姿も合わさって、大変可愛らしい。


「———じゃなくて……いやな? 実は昨日の夜から考えてたのよ」

「……考えていた、ですか……?」

「そう。俺がセラのために何ができるかってな」

 

 あんな大口たたいたのだから、しっかりと吐いた言葉の責任は取るつもりだ。

 それにあたって、俺が何をすれば良いかを必死に考えた結果———。




「———ちょっくら、セラの家族をぶん殴りに行かね?」




 この答えに収束したというわけである。

 

 だってこの問題、百パーセント家族が悪いじゃん。

 母親が亡くなったってなったら、1番母親に懐いていたセラの心に深い傷と喪失感が刻まれるのは当たり前じゃん。

 それなのに寄り添ってあげるどころか、戦争の駒にしてるとか有り得んだろ。

 今は病に伏しているらしい父親も父親で、一国の主君だかなんだか知らんけどセラに無関心すぎるし……兄に関してはもはやただのクズじゃんか。

 そりゃこんな家族が相手じゃセラだって誰も頼れねーよ。



「———ということで、今からセラの家族がいる場所に乗り込むぞ。そんで、大馬鹿野郎達に目覚めの一撃を入れてやろうぜ」



 ポキポキと指を鳴らしながら俺がそう言うと。


「ま、待ってくださいっ、そんなことできませんよ! 私が逃亡したことは既にお兄様に知られているはずです! そんな所に帰れば……私はもちろん、ゼロさんもただでは済みませんよ! それに、城に一体どれだけの近衛兵や魔法使いがいると思っているのですか!?」


 途中から石像のように固まっていたセラが突如動き出し、慌てた様子でゴチャゴチャと長ったらしく捲し立てる。

 そんな彼女の様子に、俺はキレ気味に言い返した。


「そんなこと知るかっ! こちとら公国最強のセラに勝った救国の英雄———ゼロ様だぞ! そもそも昨日セラの話を聞いてから、ずっと胸糞悪さにイライラしてんだよ! 家族であるはずの父親と兄が! こんな健気で可愛い妹を! 何でほぼ初対面の男の胸の中で大泣きさせるまで追い詰めてんだよ! ばっかじゃねーのか!? 脳味噌から愛情を抜き取ってんのか!? てめーら感情のないゾンビかってんだ!」


 一頻り好き勝手言い終わった俺は、ゼーハーゼーハーと荒い呼吸を吐きながらセラを見つめ———僅かに目を見開いて声を漏らす。


「…………セラ?」

「〜〜〜ッッ!!」


 俺に呼び掛けられたセラが、何故か物凄く恥ずかしそうに顔を真っ赤に火照らせて頬を膨らませつつ、プルプルと震えながら涙目で俺を睨んで来るではないか。

 彼女がそんな表情と目をする理由がイマイチ分かっていない俺は首を傾げるが……彼女がボソッと小さく呟く。


「…………それは忘れてください……」

「え、何だって?」

「私が泣いたという記憶を今すぐ忘れてくださいっ!! うぅ……どうして私は子供みたいにみっともなく泣いて……っ」


 どうやら泣いていたことを言われて恥ずかしかったらしい。

 俺みたいな常時半泣きみたいな奴には分からない感性なのかもしれない。

 ただ残念なお知らせですが、多分忘れられないと思います。


 何て思いつつ、俺も少し落ち着いたので脱線した話を戻す。


「まぁそれは置いておいて……どうするよ? セラはどうしたい? 俺的には普通にぶん殴っても良いくらいのことはされてると思うんだが。それに殴らないにしてもしっかり家族とは話し合っておいた方が良いと思うぞ」

「……今更話し合ったところで何か変わるでしょうか……?」


 そう言って顔を俯かせるセラの表情には不安がありありと浮かんでおり……俺は大きくため息を吐いて頭をガシガシとかいた。


「……まぁ正直、向こうが変わるとは思わんよ。だけど……自分の考えを伝えるってのは、自分の迷いを断ち切るきっかけにはなるんじゃね? まぁもしあいつらがセラに酷いことを言ったら———そん時は俺がぶん殴ってやるし、俺の国に来れば良いじゃん。ウチの国の奴らはいい奴多いからね」

「……でも、お母様の……」

「……あぁもう、健気すぎんだろ」



 ———どうしてこの少女は。



 ここまでされて。

 ここまで自らの行動を無下にされてなお、律儀に守ろうとするんだ。


 どれだけ家族を想って行動しても感謝の言葉1つすら返ってこないというのに。

 母親が褒めてくれるわけでもないというのに。


 

 そんなの———酷すぎるだろうが……ッ!!



 俺は心の内に湧き上がる怒りを抑えながら、僅かに躊躇したのち、少し乱暴にセラの頭を撫でると。



「———なぁ、お前はもう十分頑張ったろ。命と心が壊れる限界まで。お前の母親は、自分の娘が死んででも他の家族に生きて欲しいなんて思う人なのか? そうじゃないことくらいお前が1番分かってるんじゃないの? いい加減、我儘の1つや2つ言ってみろよ。それに———」




「ここにお前を心配してる奴がいるんだから———ちょっとくらい自分のことを大事にしろよ」




 我ながら物凄く恥ずかしいことを言っている自覚があるので、羞恥に顔に熱が集まるのを自覚しながらも、何とか言い切る。

 そんな俺の様子を驚いた様子で見ていたセラだったが……。


「……ふふっ、そうですね。確かに、こんな情けない姿をお母様に見せるわけにはいきませんね……」


 そう、僅かに笑みを浮かべると。





「私、頑張ってみます。例え、どんな結果になったとしても。だから———私の側で見守っていてください。私が……逃げないように、挫けないように———私の手を握っていてください」





 覚悟を決めた様子で力強く告げつつ、手を差し伸べてくる。

 そんな彼女に俺は。





「———どんなことがあっても、この手で握っててみせるよ」




 

 そっと彼女の手を握ったのだった。


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 きりが良いから、ちょっと少ないけど許して。

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