第48話 空っぽな私の手を(セラside)
———私、セラ・ヘレティック・フィーラインには、特別な力があった。
生まれ付き魔力や人の魂の色といった……本来肉眼で視認することが出来ないモノを見ることができるもの。
また、他にも第六感とも呼べるモノが鋭く、魂の色を見れることも相まって……基本的に一言も会話を交わさずとも、相手の人柄や此方に向けてくる感情の識別が可能だった。
そんな特別な力は、今でこそオンオフの切り替えが出来るようになったが……始めの頃は私の意志に反して常時発動していた。
まぁそのお陰で魔法の上達は凄まじく、12歳の頃に国内最強の座に就けたわけだが……逆にそのせいで人を信じるということが出来なくなってしまった。
特に私が『国内最強の魔法使い』と『第1公女』という特別な地位を冠していたのも災いした。
誰もが私の力と立場を妬み、羨み、自らのモノにしようとする。
そのため私に近付いてくるのは、皆が皆んな打算に満ち溢れて魂の色も濁っている者達ばかり。
でも、私は特別な立場にいるからそれらの者達も無下にはできない。
それが余計、私の心労となっていった。
本当の意味で私を見てくれる人はほぼ皆無と言ってもいい。
国を治めるお父様はもちろん、昔は優しかったお兄様もいつしか私を妹ではなく道具としてしか見なくなってしまった。
そんな中———お母様だけが最後まで本当の私を見つめてくれていた。
最強の魔法使いとしてでもなく、第1公女としてでもなく……セラ・フェルト・フォン・フィーラインとして、見てくれていたのだ。
それが当時の私にとって、どれだけ嬉しかったことか。
どれだけ心の支えになっていたことか。
お母様は身体の弱い人だったが……誰よりも強い心を持っていた。
彼女がいてくれたから、私達家族は家族としていられたのだと思う。
だから、お母様にだけは私の見える世界のことについても話していた。
生まれた時から人と違うことに疎外感と孤独感を感じていた私が、涙ながらに心情を吐露すれば……
『大丈夫よ、セラ。人はそれぞれ他とは違う部分を持っています。そして貴女の場合は、ちょっと人とは見える世界が違うだけ。その気持ちだって、他の人も必ず感じる感情です。……そしていつか、そんな貴女の孤独感すらも忘れさせてくれる人が現れるでしょう。……はい? 現れるか不安? ふふっ、現れますよ。だって———セラは私の世界一大切で自慢の娘ですから』
そう言って優しく微笑み、私の手をぎゅっと握ってくれるのだ。
私が辛い時も楽しい時も、悲しい時も嬉しい時も……いつだって私に寄り添ってくれるのだ。
お母様だけが私の生きる活力だった。
お母様がいたから、私は人間として生きていられた。
どんなに辛い鍛錬も、勉強だって耐えられた。
そんなある日———私は、お母様の魂が徐々に崩壊していくのに気付いた。
外側から徐々に……ゆっくりと綻び始めていく。
それを並行してお母様が起きている時間も減っていき……1か月も経てば、話すことも、手を握って貰うことも出来なくなっていた。
どんな名医にもお母様の病気———魂の崩壊は止められなかったのだ。
それどころか、病気なのかすら分かっていなかった。
私だけが分かっていた。
私だけがお母様の病気の正体に気付いていた。
だから必死に探した。
魂の崩壊を防ぐ方法を模索した。
でも———魂の崩壊を止める術などどこにもなかった。
人間程度に他人の魂を弄ることなど出来ないのだ。
その事実が私の心を強く穿った。
結局、私はお母様の隣で手を握ることしか出来なかった。
そうしてお母様は———半年と経たずその生涯に幕を閉じた。
私に『2人のことをお願いね』と言って、この世から一生姿を消してしまった。
私が13の時だった。
その日から、私の心にぽっかりと穴が空いた。
何をしても何も感じない。
今まで頑張れていたものが。
好きだったものが。
大変だったことが。
美味しいと思っていたものが。
全部、全部一切の感情も湧かない。
———完全に生きる意味を失ってしまった。
だから私は、せめてもの償いとして……お母様の遺言であるお父様とお兄様にこの命を捧げることに決めた。
「……たった、それだけのことですよ。私は、貴方のように前向きに考えることができませんでした。お兄様がどんどん道を踏み外していくのを、ただ黙って見ていることしかできませんでした」
私は、ただ黙って私の話を聞いてくれたゼロさんに笑みを浮かべる。
「さっきまでだって……驚いているフリ、照れているフリ、美味しそうにしているフリをして、必死に記憶にある自分を演じているんです。そうやって生きることしか私には分からないのです」
そんな私だから。
中身がこれっぽっちもない私だから———。
「———貴方は、私の笑顔や雰囲気が酷く儚いものだと感じるのです。何もない空っぽなモノは、直ぐに消えてしまうでしょう? でもそれは、決して貴方のご両親のとは同じではありません」
そう、私は彼のご両親とは違う。
彼のご両親はしっかりと自分を持っていた。
私とは違って、ゼロさんをしっかりと育てる、という意志を持っていた。
だから、私と貴方のご両親を一緒に———
「———いや、一緒だろ。お前の笑顔も、ウチの親の笑顔も」
…………彼は、一体何が言いたいのだろう。
そんな私の意図を知ってかは分からないが……彼は呆れたような瞳を私に向けて言葉を紡ぐ。
「多分、俺の両親は心の底から笑ってなかったんだよ。中身の伴わない顔に貼り付けた作り物の笑顔。———今のお前と同じでな」
「……違います。貴方のご両親は———」
私は彼の言葉を否定する。
否定しなければ、彼のご両親がこんな私と一緒だなんて……あまりにも。
あまりにもご両親が可哀想———
「———いいや一緒だよ、何にも変わらない」
私の言葉を、彼は否定する。
どこまでも優しい笑みを浮かべ、まるで分からず屋な子供を窘める様に。
「セラも、ウチの両親も……自分のことは後回しにして生きてる。セラは残った家族のために、ウチの両親は生んだ俺のために。どっちも、他人のために身を粉にして生きて……ほらな、何も変わらないだろ?」
そう苦笑交じりに言った彼だったが、今度は表情を引き締め……どこか責めるような表情で言葉を続けた。
「———だが、それは続かない」
…………何で?
……何で、そんなことを言うの……?
彼の言葉に、私の全く揺らがなかった心が僅かに軋んだような気がした。
何だか心が痛くて、苦しくて……思わず胸を押さえる。
「ウチの両親が命を落としたように。そして……もしあの時の相手が俺ではなく団長だったら———セラも同じ様に命を落としてたんだぞ」
「や、やめ……て……」
「お前の母親の言葉である、2人のことをお願いっていうのも最後まで成し遂げることは出来なかったんだぞ」
やめて。
それ以上は言わないで。
それ以上は駄目。
その先は———
「今までのセラの人生が、無駄だったって———」
「———やめてくださいッッッ!!」
気付けば、私は立ち上がり……劈くような金切り声を上げていた。
気付けば、濁流のように言葉が溢れていた。
「なら……それなら私はどうしたら良かったのですか!? 何もせずにただ蹲っていろとでも言いたいのですか!? お母様の言葉を無視してのうのうと生きていればいいと言いたいのですか!? そんなの出来ません!! 私にはお母様の言葉を護っている時しか自分を感じることが出来ないのです!! 私にはこうするしかなかったのです!! これ以外の方法が思いつかなかったのです!! 私が私の全身全霊を持ってお父様とお兄様を支える他なかったのです!!」
視界が滲む。
呼吸が……心が苦しい。
これはただの八つ当たりだってことは分かっている。
彼が何も悪くないのは分かっているのに……軋み、悲鳴を上げる心が身体を突き動かす。
「貴方には分からないでしょう!? 他とは違う私の気持ちが!! 私の唯一の心の拠り所だったお母様が突然消えてしまった私の気持ちが!! 周りに貴方を想い、寄り添ってくれる人がいる貴方に———」
「———良く分かるよ」
今まで次から次へと矢継ぎに飛び出してた言葉が止まった。
ただただ目を見張る。
彼がそっと紡いだその言葉に。
彼が浮かべる笑みに。
彼が私を見つめる瞳に。
何より———彼の言葉に籠もる孤独感に。
「他とは違う、ね……良く分かるよ。どれだけ話そうとも、どれだけたくさんの人と関わろうとも———その孤独感は埋まらない。どんな言葉も、向けられる感情も……一緒だと分かっているのに、違って聞こえる。違うように感じる」
彼は懐かしむ様に、慈しむ様に自らの心にそっと触れるように瞳を閉じて告げる。
「俺も人とは違った。根底から違った。そんな俺の心の拠り所は———ウチの両親だった。セラにとって母親が唯一の拠り所であったように……俺にとっては両親が唯一自らの心休まる場所だったんだ」
彼が目をそっと開き、嬉しそうに笑った。
「あの2人だけが———本当の俺を見て、俺の違いを知っても……変わらず愛してくれたんだよ」
あぁ……そうか。
彼の言葉を聞いて、私はやっと分かった。
彼は———両親と私が似ていると言った。
もちろんそれはそうなのだろう。
でも、私が思っていることは違う。
彼は———私と同じだ。
正確に言えば、彼の過去の姿と。
今のように割り切れていなかった過去の自分と。
だから優しい彼は、命を賭けてでも私を助けた。
昔の自分を見ているようで、放っておけなかったのだ。
過去にどれだけ自分が苦悩し、葛藤したかを誰よりも理解しているから。
私は彼になんて身勝手なことをしてしまったのだろう。
何て酷いことを言ってしまったのだろう。
そう唇を噛む私に、彼がいつのもおちゃらけた雰囲気に戻ると。
「さて、しんみりとした空気はこれくらいにして……一足先の領域に辿り着いた先輩である俺から、セラにありがたい言葉を授けよう」
彼は手をそっと私の前に差し伸べる———
「———人を頼ってみればいい。そして……自らに差し伸べられた手を1度でもいいから握ってみるといい。そうすれば———きっと何か変わるから。いや———」
———のではなく……空っぽで罪深い私の手を取ると。
「———俺が変えてみせよう。俺がその手を握ってみせよう。今まで1人で頑張ってきた貴女に……俺が人を頼ることの良さを教えてみせようじゃないか」
そう、私の人生で1番綺麗で安心できる———頼もしい笑みを浮かべて告げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます