第47話 聞かせてくれ(途中からセラside)
ころころ視点変わってごめんね。
あと数話はシリアス続くんよね。
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時刻は既に9時に差し掛かり、すっかり空は真っ暗になっている。
「———おお、何気にアズベルト王国以外の街に来るのも王国出るのも初じゃん」
目の前に広がる少しアズベルト王国とは違うイントネーションの言語や看板に書かれた文字の書体に、俺は今更ながらに思い出す。
少しの違いと言うか『同じ日本語だけど標準語と関西弁は結構違うよね』みたいなイメージ。
ま、地球だと韓国と日本は全然言語が違うのを考えればマシな方か。
正直言葉がある程度通じるなら何でもいいわ。
何て楽観的な俺に、既に俺から降りて自分で歩いているセラがフードから僅かに端正な顔を出して、俺の顔を覗き込む。
因みに今の俺達の服装は、セラはドレスから普通の服に着替え、上から全身をローブで隠している。
俺は全く気にする必要はないのだが、『殲滅の魔女』ことセラはフィーライン公国では有名人なので、俗に言う身バレ防止策だ。
そんな有名人ことセラは、俺の顔を覗き込みつつ、不思議そうに首を傾げながら問い掛けてきた。
「初めてなのですか? それにしては随分と落ち着いていらっしゃいますね?」
「そりゃにほ———い、いや、俺はクールがモットーな男だからな!」
そうはぐらかしつつ、一瞬『日本にはな、関西弁とか津軽弁とか、同じ日本語だけど標準語とは大分違う方言があんだよ』的なことを言いそうになったドキドキを必死に隠す。
やはり脳死状態———何も考えず、反射的に話すこと———で話すのはやめた方が良さそうだ。
しかし、俺のはぐらかしは意味を成さなかったらしく、セラは相変わらず不思議そうに首を傾げていた。
「に、にほ……?」
「それ以上は触れないで頂けるとありがたいですはい」
「あっ……す、すみません、出過ぎた真似を……」
「あ、いや……」
結構ガチでお願いする俺に、セラが申し訳無さそうに頭を下げてくる。
まさかそんな反応をされるとは思ってなかった俺も何故か申し訳なくなり……何か物凄く気まずい雰囲気が流れ始めた。
おいおいどうすんだよこの雰囲気。
もうっ、俺が脳死で話したばかりに……!
「あ、ゼロさんゼロさん」
過去の馬鹿な俺に飛び蹴りを食らわせたい気持ちに苛まれている俺に、突然ワクワクした様子で少し声を高くしたセラがクイクイと袖を引っ張ってくる。
切り替え早いね……何て思いつつ、彼女の方を向けば。
「何よアレ……?」
フードの内から僅かに瞳を輝かせたセラの指差す方に、日本で言う屋台みたいな簡易的なモノが建っており……そこには『グリフォンの串焼き』のみがデカデカと書かれた看板を掲げる店があった。
しかし、中々にツッコミどころ満載だ。
そもそもグリフォンって食えるの?
え、グリフォンって頭が鷲で身体がライオンみたいな魔物よな?
絶対固くて不味いと思うんですけど。
「……く、食いたいの?」
「は、はい……。し、しかしですね、我が国の名物———『グリフォンの串焼き』は絶品なんですよ? 結構歯ごたえはありますけど、ジューシーなんです。もちろん私がお金を払いますから」
「そ、そうなんだ……」
恐る恐る訊く俺に、セラが少し頬を染めながら頷きつつ、是非俺にも食べて欲しいと言わんばかりにプレゼンまでし始める。
俺的にはご遠慮願いたいのだが……そう自信満々に言われると断りづらい。
……ま、まぁ1個くらいなら意地でも食べるか。
名物になるくらいだし美味いよな、うん。
それに俺は金ないし、奢ってもらえるなら文句ないよ。
俺は前世の固定概念を1度捨てることにして、セラを連れて屋台のおっちゃんに話し掛ける。
「すみませーん、グリフォンの串焼きください」
「いらっしゃい! 何本お求めかな!?」
おっちゃん、見た目厳ついけどめちゃくちゃ笑顔が輝いてますね。
何て感想は程々に、俺は人差し指を立てた。
「俺は1本で……」
「20本お願いします」
「「え?」」
食い気味に即答したセラに、思わず俺と屋台のおっちゃんの困惑の声がハモる。
というのも、この串焼きが結構大きいのだ。
どれくらいかと言うと……一般男性でも2、3本で十分満足できるくらい。
そんな串焼きを、この美少女は一般男性の10倍頼んだのだ。
そりゃ俺だけじゃなくて屋台のおっちゃんも驚くわな。
「じょ、嬢ちゃん、食べ切れるのか……?」
「? はい、問題ないですよ?」
「そ、そうか……」
おっちゃんの言っていることが分からないという風に首を傾げるセラが、俺のも含めてお金を出す。
そんな彼女の様子におっちゃんは諦めた様に『お買い上げありがとうな』と言って合計21本を袋に入れて渡してきた。
「さて、宿を探しましょうか」
「……お、おう……」
ホクホク顔で言うセラに、俺は若干引き気味に頷いたのだった。
———腹割って話し合うための場所へ。
「———俺、ホントに他国に来たんだぁ……」
今夜泊まることになった宿の一室。
決して広くはない間取り。
ベッドが2つと丸い机が1つ用意された簡素な部屋。
そんな部屋に取り付けられた両開き式の窓の窓枠に腰掛け、月光に照らされながら外を感慨深げに眺めていたゼロさんがポツリと呟く。
つい先程まで『何だこれ!? ガチで美味いんですけど!』と、まるで今まで信じていなかったとでも言わんばかりにグリフォンの串焼きを頬張っていた彼の面影は何処にもなかった。
そのギャップに驚いている私を、外から目を離した彼が苦笑交じりに見つめる。
「しかも、相手はついさっきまで死闘を繰り広げてた相手ときた。現実は小説より奇なりって言葉があるらしいけど、まさしくそうだな」
「……後悔していますか? 私と戦場を抜け出したことを」
考えるより先に言葉が出ていた。
これは、私自身がずっと思っていたことだ。
私を助けたところで、彼にメリットはない。
寧ろ殺した方が断然メリットがあると思う。
それなのに———彼は私を殺さなかった。
どころか戦場を一緒に抜け出そうと言ってくる始末。
本当にわけが分からない。
何て堂々巡りな思考に陥っている私に、彼は少し驚いた後で首を横に振った。
「いや、別に後悔はしてねーよ。純粋に俺が他国に行ったことも行きたいとも思ったことなかったから、人生何があるか分からないねって思っただけ」
「……そう、ですか」
それっきり沈黙が流れる。
外の喧騒だけがこの部屋に響いていた。
「———あの串焼き、マジで美味かったな」
沈黙を破るように、彼が言葉を連ねる。
「俺、最初はグリフォンって聞いて絶対不味いと思ったんだよね」
「……やっぱり信じてなかったんですね」
「だってグリフォンを食うなんて聞いたこと無いんだもん。しかもグリフォンなんてめちゃくちゃ強い魔物の代表格じゃん。出会ったら即逃げる自信があるね」
ジトーっとした視線を向ける私に『仕方なくね?』と肩を竦めるゼロさんだったが、再び窓の外に目を遣ると。
「———屋台って、普通の店より高いんだよ」
突然意味の分からないことを言い出した。
もちろん言っていることの意味は分かるのだが……それを今言う意図が私には分からず、訝しげな視線を向ける。
しかし、彼は私を見ることなく淡々と言葉を重ねていく。
「俺の家って、そこそこ貧乏だったのよ。毎日食べるものに困るって程じゃないんだけど、服は1、2着を何年も着回して、お店とか屋台で食べ物なんかは買えないくらいの」
そう言う彼の表情は、此方からは窺えない。
「だけど……ウチの両親は、俺が屋台を通り掛かる度に視線を向けてたことに気付いてたらしくてな? 6歳までは、年に数回、屋台で食べ物を1個買ってくれるんだ」
「……ゼロさん?」
「どうやってそんな金を手に入れてんだろうって思ってたんだけど……」
「———答え合わせは、父さんの死だった」
息を呑む。
そんな私を他所に、彼は自嘲気味に……まるで懺悔でもするかのように尚も続ける。
「ウチの父さん、俺達に言ってた仕事の他に……魔物を狩ってお金にしてたんだ。それを俺は知らなかった。少し考えれば分かるヒントまであったのに、俺は父さんが魔物に殺されたって知らされるまでは全く気付いていなかったんだよ」
言葉が出なかった。
返す言葉が見つからなかった。
だって———何を言われたところで何の慰めにもならないことを、私がよく知っているから。
だから私は、黙って彼の話を聞くことにした。
「そんでまぁ……父さんが死んで、母さんが代わりに物凄く働くようになったわけよ。元々働いてはいたけど……寝る間も惜しんで働くようになった。日に日に痩せてく母さんが見てられなくて、俺も働くっていったんだよ」
あぁ、何となくこの先の事の顛末が分かった気がする。
とても残酷で……悲しい顛末。
「でも———母さんはそれを許さなかった。子供は遊ぶのが仕事だって言って働くことを許してくれなかったんだ。ま、後は分かると思うけど……母さんは過労で死んじまった。俺が情けないが故に———大切な家族を失ってしまった」
彼がゆっくりと此方を向く。
開け放たれた窓から入り込む風によって、彼の漆黒の髪が靡く。
冷たい月光が彼を照らす。
———笑みを浮かべていた。
泣きそうで、悲しそうで……少しでも触れれば壊れてしまいそうな、そんな笑顔。
私と戦っていた時には微塵も見せなかった負の感情を全面に出した、そんな笑顔。
「俺は、死ぬほど後悔してる。あの頃、父さんが魔物を狩っていたことを知っていれば———絶対に止めたのに……って。あの頃、母さんの言葉を無視してでも働いていれば———母さんに無理させることもなかったのにってな」
…………気付きもしなかった。
締まりの無い笑顔の下に、これほどの苦悩を抱えていたなんて。
飄々とした雰囲気の下に、これほどの後悔を抱えていたなんて。
彼が抱えていたモノを目の当たりにして驚愕に目を見開く私を、彼が見据えると。
「———そんな両親に似てるんだよ、お前の笑顔が。その……いつか壊れてしまいそうな、消えてしまいそうな———そんな雰囲気が」
「…………え?」
突然私に焦点が当てられたのと、私の心に根付くモノを言い当てられたことに、思わず気の抜けた声を漏らしてしまう。
しかし彼は、そんな私の様子を全く気にすることなく、ジッと私を見つめたまま。
「もう俺は、後悔したくない。もうあんなことを繰り返したくない。もう何も知らないでいたくない。手を差し伸べられるところにいる人を———見て見ぬふりなんてしたくない。だから———俺はセラを助けた」
そう、私がずっと疑問に思っていたことの理由を告げた。
ただそれで終わりではなく、彼は窓枠から立ち上がると……ベッドに腰掛ける私の対面に座った。
そして先程の笑みを霧散させ、私に抜け出そうと提案してきた時と同じ真剣な表情を浮かべると……そっと告げるのだった。
「セラ、聞かせてくれ———お前がその笑顔を浮かべる
その言葉に、私は———。
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