第44話 再臨

「———……ここは……?」


 何もない真っ白な空間。

 上も下も右も左も分からぬとてもこの世のモノとは思えない不思議な空間。

 そんな場所で、俺は1人何気なく呟いた。


 しかし、俺の疑問の返答は返ってくることはなく……それどころか人の気配すらしない。


「俺……とうとう死んじゃったのか?」


 いやまぁ……あの一撃食らって死なないわけ無いよね。

 あんなのモロに食らって生き残るとか無理ゲーすぎんだろ。


 何て思いつつ、俺は相変わらず真っ白な上を見上げ……。


「はぁぁぁぁ……マジかぁ……。これでも俺なりに頑張ったんだけどなぁ……」


 我ながら珍しく肩を落として小さくため息を吐く。


 いつもみたいに茶化すわけでもなく、文字通り俺の死力を尽くして戦ったのだ。

 今振り返ってみても、現時点でアレ以上の力を出すことは出来ないと自信を持って言える。

 それくらいガチだった。

 



 それでも———セラには届かなかった。

 


 

 やはり現実は残酷だ。

 俺がどれだけ頑張ろうが……越えられないモノが存在する。

 それを今回、嫌と言うほど痛感した。


 今までは、ただ単に運が良かっただけ。

 たまたま偶然が重なって……上手く事が運んでいたに過ぎないのだろう。


「……団長、死ぬほど怒ってそうだよな」


 負けたら殺すとか言っていたが……あの人なら地獄とかでも余裕で追って来そう。

 もう貴女人間じゃないよね。


「……エレスディアとアシュエリ様は俺の死を知ったら悲しんでくれるんかな?」

 

 俺的には結構2人の好感度は稼いでいたと思うので、流石に悲しんでくれる……と信じたい。

 これで悲しんでくれてなかったら、普通に人間不信になるね。

 

 

 …………。




「……死にたくなかったなぁ」




 そう言ってみても、現実が変わることはないと知っている。

 分かっていても、言わずにはいられ———







『———真性の馬鹿でも、落ち込むことがあるんだね』






 …………おっと、物凄く悪口を言われた気がするんですけど。

 幻聴かな、流石に幻聴だよね?



『あれ、聞こえてないのかな? とうとう頭だけでなく耳までお馬鹿に———』 



 幻聴じゃねーなコノヤロー!!


「———おおい、ふざけんなよテメェ!? お前、俺が聞こえてないと思ったら好き勝手言いやがって! てかそもそも、何でそんなチクチク言葉をこのタイミングで言ってくるんだよ! もう少し俺を労れよ、クソ頑張ってたじゃんか!!」


 俺は、姿を見せずとも性悪そうな笑みを浮かべている姿が目に浮かぶ、俺の恩人であり1番苛つく相手———女神へとブチギレた。

 すると、あの女神でさえ流石に俺を哀れに思ったのか、


『ごめんごめん、君が落ち込んでいる姿が珍しくてついね』


 そう珍しく謝ってきた。

 しかし、いざ謝られると……何か違和感が拭えない。


「……何か悪いもんでも食ったか? 吐き出した方がいいと思うぞ?」

『……君も大概だよね。女神である私にそこまで言える人間は、世界広しと言えど君くらいだよ』

「またまた〜褒めるなよ、照れるだろうが」

『無礼だって言ってるんだよ? あ、馬鹿だから分からないんだね』

「コイツ引っ叩いてやりてー」


 やっぱりこの女は嫌いだ。

 だって俺の神経を逆撫でしてくることしか言ってこないんだもん。

 姿は見たこと無いけど……コイツがいくら美少女とか美女でも、絶対好きにならない自信があるね。

 というか……。



「———忙しい女神様が、俺みたいな死人に何の用だよ? 用がないならほっといてくれ」



 今は何とか我慢してるけど……こちとら結構ガチで泣きそうなんだからな。

 普通に未練がありすぎるんだよ。


 何て不貞腐れたように口を尖らせた俺の言葉に、



『ぷふっ———あはははははははっ! あーははははははっ!』



 突然、失礼が服を着て歩いてるみたいな性悪女神が大声で笑い出した。

 きっと姿があったら、腹を抱えて笑い転げているのだろう。


「な、何だよ……何が面白いんだよ。そんな俺が負けたのが面白いか?」

『ち、違うって……ぷふっ! た、ただ……君が滑稽過ぎて……ブフッ、あー笑いすぎて苦し———』





「———今なんて?」





 俺は性悪女神の言葉を遮って問い掛ける。


 今コイツ、俺が死んでると思い込んでるっつったか?

 その言い方だとまるで……。




『———自分が死んでいないみたい、かな?』

「っ!?」




 心を読まれたことに目を見開く俺に、笑いを収めた性悪女神が言う。


「端的に言えば……君は死んでいないよ。今は一時的にこの空間に魂が送られているだけで……もうすぐ肉体が再生すれば、魂も肉体に戻るさ」

「…………俺は、あの世界に戻れるのか?」


 俺は色々な感情が濁流のように溢れてくるのを必死に抑えながら、絞り出すように女神へと問い掛ける。

 そんな俺に、女神がクスッと慈愛の籠もった笑みを零したと同時———何もない真っ白な空間が、突然軋みを上げてボロボロと崩れ始めた。


「ど、どうなってんのこれ!? 何かヤバくない!?」

『大丈夫。君の肉体が再生し切ったから、一時的に魂を保管するこの空間がお勤めを終えて消えようとしているだけだよ』


 つまりこの空間は、俺のために女神が用意してくれた特別な空間らしい。

 俺の中でちょっと女神への好感度がアップした。


 そんな俺を他所に、どんどん空間が崩壊していくと共に女神が告げる。



『これからも君には、沢山の苦難が待ち受けている。全部が全部上手くいくわけでもない。でも———』



 俺の意識が途絶える直前、目の前に1人の少女が現れたかと思えば。






『———君ならきっと何とかしてくれると、私は信じているよ』


 




 そんなことを言ったような気がした。












「———……ここは……?」


 真っ白な空間の時も同じ様なことを言ったな……何て苦笑しつつ、俺は辺りに視線を巡らせる。

 

 今俺が立っている場所は、数十キロメートル規模と思われる巨大なクレーターの中心だった。

 そのため俺は、見渡す限りの断崖絶壁と、抉れた地面に広がる焦土に囲まれているらしい。

 

 また、ついさっきまではどんよりとしていた空は魔法の影響で綺麗な快晴に変っており……如何にセラの放った魔法の威力が凄まじかったかを物語っていた。


 ……俺、こんな魔法をモロに食らったの?

 普通に小国級の魔法の威力を越えてないかい?

 良くこれで死ななかったね、自分でもビックリだよ。


 何て、自分が生きていることに驚いていると。




「———う、嘘……な、何で……」




 少し離れた場所から、微かに驚愕の滲んだセラの声が聞こえた。

 声のした方に身体を向ければ———。



「た、確かに魂まで消えたはずなのに……」



 魔力切れを起こしているのか、顔を真っ青にした状態で地面に女の子座りをしているドレスに身を包んだセラの姿があった。

 そんな彼女の顔には隠しきれない動揺と困惑の色が色濃く浮かんでおり、アメジストの瞳が困惑に揺れている。

 

「……な、何をしたのですか……?」

「いやそれが、俺も分からないんだよ。もしかしたら、どっかのクソ女神のいたずらかもな」


 だってついさっきまでボロ雑巾みたいだったのに、ちゃんと服着てるし。

 それに結局あの性悪女神はどうやって俺が生き残ったのか教えてくれなかったし。

 まぁでも、今はそんなことどうでもいい。


 俺はゆっくりとセラの下に足を運ぶ。 

 これから起こることを想像して思わずため息が出そうになるのを抑え、彼女の目の前で腰を下ろした。



「先に言っておくと……俺は、お前が何を思って戦ってるのかも、生きているのかも知らない。でも———少なくともこの戦いは、自らが進んでしていることではないと思ってる。俺は馬鹿だから、お節介を焼こうにも、こんなことしか思いつかないけど……」

「!?」



 セラが驚愕に目を見開く。

 綺麗なアメジストの双眸が、俺を射抜く。


 昨日の夜の出来事が頭に浮かぶ。



 

 ———儚い笑顔を浮かべるセラの姿が。




 色々と聞きたいこと、言いたいことがある。

 でもまずは……。

 

 俺はセラの瞳を見つめ返すと。






「———俺と一緒に、この戦場から抜け出さないか?」






 そう真剣に告げながら、そっと手を差し伸べた。

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