第45話 馬鹿の解答(セラside)

「——————は……?」


 私、セラ・ヘレティック・フィーラインの口から、今まで出たことのないくらいの困惑の声が漏れる。

 それほどまでに、目の前のゼロという男の子の言葉が衝撃的だった。


「な、なぜ私を殺さないのですか……? それに私と逃げたとなれば、貴方は脱走兵ということになってお尋ね者になりますよ……? わ、分かっているのですか……?」

「うっ……いやまぁそれは分かってるよ? 分かってるけど……話をするにはちょっと物騒過ぎん?」


 そう言った彼は、周りにチラッと視線を向けて苦笑いを浮かべる。

 その行動で気付いたが……クレーターの外側から、物凄い数の兵士達が私達を取り囲むように見ていた。

 敵味方関係なく、私達の戦いの行方を固唾を飲んで見守っている。


 そんな光景に私が僅かに目を見開いていると。


「ほらな? こんなところじゃ話したいことも話せんでしょ。それに真面目な話……多分捕虜にしたら話す時間なんかないじゃん? 魔法使いの捕虜は口を塞ぐのが定石らしいよ? それに、団長には俺とセラとの間に何かしら面識があるってバレてるから会わせてもらえない気がするんだよ。あの人めちゃくちゃ厳しいし」

「それは、そうですけど……」


 少し憮然とした表情で『ケチくさいよな』何て言いながら鼻を鳴らすゼロ。

 そんな彼を眺めながら、私はただただ呆れていた。


 ……この人は、どうしてこんな無防備な姿を見せるのだろう?

 幾ら私が魔力切れとは言え……貴方に襲い掛かるかもしれないというのに。


 何て考えていたのが顔に出たのか、彼がクツクツ笑いながら言った。


「何でこんな呑気に話してるのか気になる?」

「……そうですね、気になります。昨日のこともそうですが……貴方は些か危機感が薄いように感じます」


 普通、真夜中の森に知らない人が居たら誰だって警戒する。

 それも開戦の前日で、本陣からそれほど離れていないのだから余計。



 しかし———彼からは微塵も警戒の色が見えなかった。



 あまつさえ、初対面の私の提案にあっさり乗る始末。

 話し掛けたことには自分でも驚いたが……まさか乗ってこられるとは思わなくて、珍しく動揺を隠すのが大変だった。


 何て昨日のことを思い出す私の前で、ゼロは腕を組んで身体を揺らしつつ、目を閉じてウンウン唸り始める。


「んー……何でか、何でか、かぁ……うん、理由は幾つかあるな」 


 彼は頷いて目を開くと、順々に指を立てて説明し始めた。



「まず1つ目は———シンプルめんどい」



 ……私の耳が腐ってしまったのだろうか。

 今彼は、面倒だと言った気がする。


 まさか……と思って恐る恐る訊いてみるも。


「…………え、め、面倒臭い……?」

「そう、面倒臭い。だってさ、ずっと警戒するの大変じゃない? 俺、肩肘張るのめっちゃ嫌いなのよね。出来れば1日中遊び呆けてたい」


 何て、大真面目な顔で告げてくるではないか。

 その言葉に私は思わず言葉に詰まってしまった。


 とてもじゃないが、最近各国で有名になっている人とは思えない。

 こんな考えなのに、どうやって救国の英雄になんて呼ばれる様になったのだろう。


 目を丸くして固まる私を他所に、彼は話を続ける。


「んで、2つ目は……今のセラには絶対負けないし、死なない自信がある。ほんとは分かってんだろ? 魔力のない状態で、腕とかが再生する俺には勝てないって」

「…………」


 痛いところを突かれて私はだんまりを決め込む。


 実際、今の私には精霊も呼び出せない。

 そんな状態で、魂が消滅しても生きている彼を殺せるはずもなかった。


「最後に……」


 そこまで言って、言葉を止めるゼロ。

 不思議に思って彼を覗き込めば……恥ずかしそうに私から目を逸らし、彷徨わせていた。

 しかし、恥ずかしさを吹き飛ばすようにガシガシと頭をかくと。




「———お前を信じてみようって思ったんだよ。……俺は馬鹿だからな、他にアンタの警戒心を解く方法が分からないんだよ」




 何て、照れながらも真剣な眼差しで私を見つめ返してきた。

 その瞬間、どうして彼が救国の英雄になれたのかが……朧げながら何となく分かった気がした。



 この人は———きっと人の痛みに寄り添える人なのだ。

 この人は———相手が本当に困っている時に、手を差し伸べてくれる人なのだ。




 この人は———それを口だけで終わらせない規格外の胆力を持っている人なのだ。



 

 彼と戦っていて、始めはその再生能力があるから強いのだと思っていた。

 身体の半分が消し飛んでも再生するから私に食らいつけるのだと。


 でも……きっと彼の強さはそこじゃないのだ。


 人である以上、攻撃を受ければ痛みを感じるし、絶望的な力の差があれば抵抗することを諦める。


 あの時は特に何も感じていなかったが……冷静に考えれば、身体が半分消し飛んで痛くないわけがない。

 それどころか意識を保つことが出来ていて……治れば再び何もなかったかのように戦えるのもおかしい。

 それを何度も何度も繰り返して嫌でも痛感する圧倒的な力の差に……心が折れないわけがない。

 


 でも、そうであっても———彼はそれら全てを捻じ伏せて私の前に立った。



 何度即死級の怪我を負おうとも。

 何度圧倒的な差を感じようとも。




 彼は———ずっと勝ちを確信しているような力強い瞳と笑みを浮かべて、私に一切負の感情を悟らせずに戦っていた。




 凄まじい胆力だ。

 もはや異常と言ってもいい。

 常人では絶対に……いや、長年戦場に身を置いた者でも不可能だろう。

 

 少なくとも———私には無理だ。

 過去に縛られて停滞している私には、絶対に。




 ……あぁそうか、そういうことだったんだ。




 私の中で点と点が繋がったような気がする。

 

 今までずっと彼の魂が綺麗だと思っていた。

 これまで出会ったどんな人よりも綺麗だと思っていた。


 では、何でどんな人よりも綺麗だと思ったのか。

 

 それは、私の持っていないモノを持っているから。

 私が欲しくてやまない———心の強さを手にしているから。




 だから彼の魂は———羨ましく思うほどに何処までも綺麗なんだ。


 


 それが、今やっと分かった。




「———ふふっ……何ですか、それ」

「え、何かおかしい? 俺的にはめちゃくちゃ良いこと言ったつもりだったんですけど!? やばい、こんな所で陰キャでてた!?」




 気付けば、私は笑っていた。

 ここ何年も貼り付けていた笑顔ではなく、心の底から笑っていた。

 

 きっと、自分だけ警戒していたのが馬鹿みたいに感じたからだろう。 

 何度も危害を加え、果てには1度魂まで消滅させた相手だというのに、その相手を無条件に信用する彼の姿を目の当たりにして———どれほど自分がちっぽけだったか理解したからだろう。


「いえ、別に可笑しくないですよ?」

「いや笑ってるじゃん。そうフォローされるよりいっそガツンと言って———」


 私は彼の言葉を遮るように、彼の唇に人差し指を当てると。




「———是非、私もご一緒させてください。先程のお誘いのお返事です」


 


 ハッキリと、自分の口から自分の意志を告げた。



 彼になら私の全てを話してもいいかもしれない、という思いを込めて。



 すると彼は、大きく目を見開いたかと思えば……ホッとしたように、それでいて嬉しそうに笑みを浮かべる。


「こ、断られなくて良かったぁ……ずっと内心大焦りしてたんだよね。まぁでも俺レベルになると、それを微塵も感じさせない圧倒的外面を持っているんだけど」

「ふふっ……確かにそうですね」

「あ、あれ? 普段関わってる奴らなら、ここは絶対『調子に乗るな』とか『コイツがまた馬鹿なこと言ってらぁ!』とか言われるんだけど……え、普通に感動で泣いちゃいそう」


 …………この人は、もっと報われてもいいと思う。

 ちょっと可哀想な気が……。



「———っと……お遊びはここまでっぽいな」



 わざとらしく泣き真似をしていた彼だったが……突然張り詰めた空気を纏い、鋭く目を細めた。

 同時に、私の身体を耐え難い重圧が襲う。


「うっ……」


 思わず苦悶の声を漏らす私に気付いた彼が、さっと私を護るように立つと。



「……いきなり物騒な挨拶ですね、団長」

「……何をしている? なぜ、拘束していないのか訊いてもいいか?」



 こちらに殺気を撒き散らしながらやって来る、アズベルト王国の騎士団長———『龍を喰らう者バルムンク』のカエラム・ソード・セレゲバンズが月光のような冷たい銀髪を靡かせ、荒れ狂う漆黒のオーラを纏って私達を睨み付けているを見つめて、そう言った。

 そんな私ですら息が苦しくなる重圧を発する騎士団長を前に、彼は先程と何ら変わらない様子で肩を竦める。


「なぜ、と言われれば……必要ないからですね」

「それは、私かアシュエリ第1王女殿下が決める」

「アシュエリ様なら必要ないって言いそうですけどね」

「……そこを退け、命令だ。この女に、私の部下が……お前の先輩が何人殺されたと思っている?」


 圧倒的な殺気を前にしても、彼は引かない。

 どんどんと顔が険しくなっていくカエラム騎士団長に、ハッキリと言った。




「———それでも、俺は退きません。それに……彼女と約束したんです。この戦場を一緒に抜け出そうって」



 

 身体に掛かる重圧が更に増す。

 全身を剣で突き刺されるような痛みを錯覚するほどの濃密な殺気がのしかかる。



「……お前は、自分が何を言っているのか、分かっているのか? 脱走兵は厳罰な処分が下される。それは英雄であるお前であっても例外ではない」



 殺気の主であるカエラム騎士団長は、底冷えするような声色で言った。

 それに対し、彼は相変わらず飄々とした様子で返す。


「もちろん分かってます。でも、彼女を団長に渡したら……俺はきっと2度と会うことは出来ないでしょう?」

「……当たり前だ。お前がこの女を逃がす手引きをするかもしれないからな」


 彼女の言っていることは、正しい。

 私という危険分子と何かしらの関係がある彼を近付けるなど、愚行中の愚行だ。


「なら、交渉は決裂ですね。俺は彼女と抜け出しますよ」

「……馬鹿なこと言ってないで、さっさと渡せ。私を……国を敵に回すのか?」


 そう重く告げたカエラム騎士団長に、彼は、



「団長、知ってますか? 馬鹿は馬鹿だから馬鹿って言われるんですよ」

「……何が言いたい?」


 

 ニヤリと笑みを浮かべると———。







「———俺は、抜け出すことを選びます」







 私をお姫様抱っこの要領で横抱きすると同時に、全速力で駆け出した。

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