第41話 殲滅の魔女
「———こひゅーっ、こひゅーっ……!! や、やっと辿り着いたぞ……ッッ!!」
どうも、地道に魔法使いがいる最後方までやって来たゼロです。
途中から多少敵の数が味方の援軍によって減ったのですが……結果的に余裕で数百人は斬ったと思います。
だが、しかし!
数々の苦難を乗り越えた俺は、遂に辿り着いたのだ……!!
俺は胸に溢れる達成感を噛み締めながら、駆け足気味に既に魔法使いを数十人と倒しているカエラム団長の下に向かう。
団長は丁度、敵の魔法使いにトドメを刺した所だった。
「団長、辿り着きましたよ!!」
俺は笑顔で腕をブンブン振ってカエラム団長を呼ぶ。
駆け寄る俺を見つけたらしいカエラム団長は、頬に付いた血を指で拭いながら魔法使いに刺さった漆黒の剣を引き抜くと。
「おい、遅いぞ」
「あんまりだああああああああああああああ!!」
若干不機嫌そうに眉を潜め、今一番言ってはならないことを俺に言い放った。
その心無い一言にノックアウトされた俺は、悲痛の叫びを上げながら思いっ切り地面にぶっ倒れる。
いやいやいや……この人マジかよ!?
俺がどれだけ苦労してここまでやって来たと思ってんの!?
よくそんなんで団長が務まるなぁおい!
何て思いを籠めた渾身の睨みを効かせると、憮然とした表情を浮かべるカエラム団長へと口を開いた。
「団長、俺はアンタを一生恨むかもしれないです」
「『空歩』を習得していないお前が悪い」
「あんな高等技術をまだ騎士になって1年も経ってない俺に求めないでくださいません!?」
「だがエレ———」
「おっと、エレスディアを持ち出すのは卑怯ですよ。アイツの才能は完全に異次元ですから! 俺みたいな凡人と比べちゃいけない人種ですから!!」
あの天才と比べられるなんて堪ったもんじゃない、と俺はすかさず言葉を返す。
同時にアイツを引き合いに出すのは卑怯だと視線で訴えれば……カエラム団長はクツクツと笑い———
「よく頑張った」
「!?」
俺の頭に手を置いて、少し乱暴に頭をクシャッと撫でた。
突然のことに動揺した俺は、なされるがままに撫でられながら問い掛ける。
「だ、団長!? い、一体どうしたんですか……?」
「いや、偶には褒めてやらないといけないと思ってな。いつもお前と話すのは気を使わなくていいから楽しくて、つい意地悪を言ってしまうんだ」
そう言って僅かに照れたような笑みを浮かべるカエラム団長だったが、一方で俺の胸中ではというと。
……アンタ、好きな子をイジメる小学生男児かよ。
いやまぁ今まで一切恋愛などと無縁だったなら、恋愛精神年齢は本当に小学生男児なのかもしんないけどさ。
それにしても……テンプレ小学生男児かよ。
何て、言えば必ずキレられそうなことを考えていた。
そんな戦場にはとてもじゃないが似合わない、何とも緊張感の欠けた空気が流れていた時———。
———ズガアアアアアアアアアアアアアッッ!!
火山が噴火したかのような地響きや爆発音と共に、何かが一条の光となって俺達の直ぐ近くに墜落してきたからだ。
地面が揺れ、爆風が俺達の身体にぶち当たると共に辺りに大量の砂塵が舞う。
「……い、一体何だったんだ……?」
俺はやっと音が静まった頃合いを見計らって耳に当てていた手を離しつつ、困惑気味に呟く。
決して油断しているわけでも、魔法を解除していたわけでもなかった。
そのうえで飛んでくるモノの正体を肉眼で捉えることが出来なかった。
戦略級強化魔法を発動していたにも関わらず、だ。
しかし俺とは違って、カエラム団長はしっかり肉眼で飛翔物を捉えていたらしい。
彼女は笑みを消したかと思えば、今までにないくらい険しい表情で砂塵の中を睨んでいる。
「……これは、少々予想外だな……。気を引き締めないと拙いかもしれない」
「え? 何その激ヤバフラグみたいなテンプレの言葉」
カエラム団長の零した彼女らしくない警戒心の滲んだ慎重な言葉に、俺は反射的に彼女の顔に目を向けて声を漏らす。
俺の中でブッチギリ1位の実力者である彼女にそこまでのことを言わしめる事自体が衝撃的だったからだ。
そんな俺の耳に、声が聞こえた。
「……い、痛たた……は、ははっ……これは本当に予想外だよ……」
「…………アルフレート副団長?」
そう、声の主は我が騎士団の副団長であり唯一の良心であるアルフレート副団長だった。
砂塵が収まると段々姿が見え始め……ボロボロとなった防具、根本から破壊されたであろうバスタードソード、そして———全身を血で真っ赤に染めたアルフレート副団長の姿が露となる。
彼はクレーターの中心で上半身だけ起こして苦笑いを浮かべていた。
「……や、やぁ2人とも……ちょっとしくじっちゃったよ……」
「いやいやいや……どう見ても、しくじったってどころじゃ済まないと思うんですけどねぇ!? 副団長、一体どうしたんですか!?」
俺は慌てて駆け寄り、彼の傷にそっと触れる。
その際痛みで顔を歪めたのを鑑みるに、見た目通り相当な重傷らしい。
「……アルフレート、一体何があった? お前がここまでやられる相手など……代行者くらいだろう?」
カエラム団長もゆっくり近付いてきて、心底不可解そうに眉間に皺を寄せ、不審げな瞳を向けてアルフレート副団長に尋ねる。
そんな彼女に、アルフレート副団長は弱々しく笑みを零すと。
「……確かに、代行者に比べれば弱かったよ。でも、彼女との……いや彼女たちとの相性が最悪に悪かったんだ。それに、向こう側に一切の容赦や感情というものがないのも、一因するかもね」
そう、俺には何とも意味の分からないことを語った。
あ、相性が悪い……?
アルフレート副団長って魔法使いの天敵みたいな存在って言われてなかったか?
何せアルフレート副団長の強みは、圧倒的速度と高火力な雷の一撃。
攻防一体となった彼を止められる者などそうそう居ない、とバードン先輩だけなくエレスディアも言っていたほどだ。
『なら一体誰が……』と俺が口を開こうとした瞬間———
「———よくあの一撃を耐えましたね、驚きました」
声が聞こえた。
とても聞き覚えのある声。
それでいて、あまりにも平坦で何の感情も籠もらない無機質な声色。
しかし、聞き間違えるはずがない。
だって———。
「……私としては完全に消滅させる気で放った一撃———ッッ!?!?」
俺達の目の前に現れたのが———昨日の夜、一緒に月を見上げたアメジストの髪と瞳を持つあの美しい少女だったのだから。
「———……どうして、貴方がここに……?」
真っ白だったものが鮮血で真っ赤に染まり切ったのであろう。
昨日とは違い、真っ赤でありながら神秘的な雰囲気を漂わせるドレスに身を包んでいた。
少女は驚愕にアメジストの瞳を見開いて俺を見つめ……先程とは一変して、何とか絞り出すように困惑の孕んだ声色で言葉を紡ぐ。
対する俺は、カエラム団長やアルフレート副団長に見られていることも、今までの混乱も困惑も恐怖も忘れ……ただ彼女を見つめ返しつつ、呆然と零した。
「…………それは、俺の台詞ですよ。どうして、貴女がここにいるんですか……?」
「それ、は……」
まるで『貴方だけには見られたくなかった』と言わんばかりにバツが悪そうな表情で俯き、顔に影を落とす。
サラッと腰まであるアメジストの髪が垂れて顔を隠した。
そんな彼女の様子に俺が問い掛けようとするも……先にカエラム団長が俺の前に立ち塞がり、漆黒の剣の切先を少女に向け、濃密な殺気の籠もった声で衝撃的な言葉を言い放った。
「……貴様、一体私の団員であるゼロとどういう関係だ? ———『殲滅の魔女』セラ・ヘレティック・フィーライン」
………………は?
あまりにも有り得ない情報に思考が完全に停止する。
開いた口が塞がらない。
何を言っているんだコイツ、とカエラム団長の顔を見た。
しかし———彼女の顔は本気だった。
微塵も嘘を付いている様子がない。
何より、こんな時に嘘を付く必要性が全く無い。
つまりは、だ。
昨日俺と一緒に笑い、軽口を交わして夜空を見上げたあの少女が……無慈悲に敵を殲滅する公国最強の魔法使い———『殲滅の魔女』なのだ。
……嘘、だろ……あまりにも見聞きした噂と昨日の印象との違いが……。
昨日のあの時間が鮮明にフラッシュバックする。
同時に、昨日は何とも思っていなかったことにも疑問が生じ……それが自分の中で直ぐに納得に変わっていくのが分かった。
そう、本当は分かっている。
明日開戦だというのに、あんなにも俺達の本陣から近い森にただの少女がいるはずもないということも。
あんな濃霧が大した広さもない森で発生するはずもないことも。
俺の気配の感知に全く引っ掛からず、直ぐ近くに現れる人が普通の人間ではないことも。
ただ、昨日彼女と……セラと話したあの時間が、理解を邪魔するのだ。
「……貴女は、殲滅の魔女なんですか? あの、セラ・ヘレティック・フィーラインなんですか……?」
俺は認めたくないと叫ぶ心に従い、苦し紛れに口を開くが……。
「……正解ですよ。私の名前はセラ・ヘレティック・フィーライン。フィーライン公国の元第1王女にして……『殲滅の魔女』の名を与えられた戦争兵器です」
彼女は、悲しげな微笑みをたたえて俺の言葉を肯定した。
こう言われては、もう否定など出来ない。
俺は呆然と肺に溜まった空気を吐くように呟いた。
「……そう、ですか……」
「———ゼロ、貴様は一体あの女とどういう関係だ? 答えによっては、私は貴様を斬らなければならない」
セラに切先を向けたまま、カエラム団長が俺を睨む。
今までのモノとは違い、殺気や怒気が籠もった双眸に見つめられた俺は全身が恐怖に硬直するのを感じた。
確かにカエラム団長が俺を疑うのは当たり前のことだ。
英雄である俺が敵国の最強と関係があるとか分かれば、彼女は俺を排除しなければならないのも分かる。
そうだ、俺は馬鹿だが……何も分からない馬鹿でもない。
だから、分かっている。
ここで引かないと不利なことくらい。
分かっている。
圧倒的な力の差が俺とセラにあることくらい。
分かっている。
俺が負ければ死ぬことくらい。
分かっている。
死にたくない、という俺のモットーに反していることくらい。
だが、それでも———ここでいつものように引くわけにはいかない。
セラには聞きたいことがある。
———昨日のあの笑顔は嘘だったのか。
———昨日のあの言葉は嘘だったのか。
———昨日のあの時間は嘘だったのか。
ここで彼女と話しておかなければ、俺は一生後悔しそうな予感がするのだ。
だが、カエラム団長が相手をすれば……間違いなくセラは死ぬ。
カエラム団長に勝てる相手なんざ、世界を探してもほとんど居ないだろうからな。
だから、ここは俺が相手をしなければならない。
例え俺らしくないとしても、やっていることがメチャクチャであっても———自らを『戦争兵器』と評する少女を見て見ぬふりなど出来ない。
……ホント、ろくでもなくておっかない世界だな……。
俺は全身にびっしょりと冷や汗をかき、恐怖で身体が震えるのや帰りたいという泣き言を飲み込み———カエラム団長の横に立って彼女を睨み返すと。
「……団長、ここは俺に譲ってくれ。彼女の相手は———俺がする」
驚愕に瞠目するカエラム団長とセラに、発動させた【
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