第39話 儚い少女
———おいこの子、出会った瞬間に告白してきたぞ!?
俺は美少女からの突然の告白に言葉を失い、何ならあまりの衝撃に身体の動かし方すら忘れていた。
もちろん彼女とは会ったことはない。
おいおいこれが最近俺にやって来たモテ期の力か……!!
これが世に言われる『一目惚れ』ってやつ………………いや、まぁ普通にないな。
俺が初対面で惚れられる要素皆無じゃん。
てかこの世界にはそんな言い回しは存在しないよな。
日本ではとある本が元とか言われてるんだし。
「———どうしたのですか? そんなに驚いたような顔をなさって」
岩の上に座る少女が内心で動揺に動揺を重ねる俺を見て、全てを見透かしたように口元を手で隠しながらクスクスと控えめに笑う。
そんな少女の笑い声で意識を取り戻した俺は、勘違いした羞恥に頬が真っ赤になりそうなのを必死に抑え、取り敢えず当たりざわりのない笑みを浮かべて肩を竦めた。
「いや、何でもないですよ。ただ……ちょっとビックリしただけです。こんな真夜中に女の子が居たら誰だって驚くでしょう?」
「それは……言われてみればそうですね。ふふっ、こんな真夜中に森の中にいるなんて不思議ですよね」
それを自分で言っちゃうのね。
なら俺と違って迷ったわけじゃないのね。
何て思っていたのが顔に出ていたのか、少女はクスッと笑みを零すと、背後の夜空に浮かぶ月に顔を向け……そっと手を翳す。
「私、ここが好きなんです。どこで見るどんな綺麗な景色よりも……ここで、木々や星々に囲まれながら一緒に月明かりに手を伸ばすのが」
そう言って少女は此方にアメジストの瞳を向けると。
「———どうですか? 一緒に月を眺めてみませんか?」
その瞳に不思議と落ち着く輝きを灯しつつ、自らが座る岩に触れ、隣をポンポン撫でながら小首を傾げた。
もちろん、俺の返事は決まっている。
「是非ご一緒させていただきますよ、どうせ俺も暇ですしね。まぁそもそも、貴女みたいな美少女に誘われて断れるほど、己を律せられる人間じゃありませんし」
『内心めちゃくちゃ喜んでるんですよ、俺』と続けて俺が表情を緩めれば、
「ふふっ、貴方は御冗談がお好きなのですね」
「無駄に口が回ることだけが取り柄ですから」
少女は一瞬キョトンとしたのち、俺と同じ様に口元を綻ばせて目を細めた。
そんな少女の横に軽快な足取りで近付き、そっと腰を下ろす。
ふわっと彼女の宝石のように輝く髪が靡き、同時に薄っすらと花のような香りが鼻孔をくすぐった。
……美少女ってデフォルトでいい匂いがするんかな?
そんで何で男は香水とかしてもあんなにちゃんと臭いんだろうね。
どんなイケメンもデフォルトではちゃんと臭くなるし……いや単純に気を使っているレベルの差か。
俺がそんなクソほど下らないことを考えていると。
「如何ですか? 私の1番のお気に入りの場所は」
そう問う少女が足を抱え、ゆるりとした風を浴びて心地良さげに目を細める。
少し冷たいと感じる風はざわざわと木々を揺らし、俺と少女の前髪を弄ぶだけ弄んで消えていった。
「まぁ、そうですね……お世辞抜きに、今まで見た自然の景色の中で1番綺麗だと思いますよ。ただ、それ以上に落ち着きますね。ここ1年近くは全然ゆっくり出来てなかったもんで……思い出しただけで泣きそうっす」
「ふふっ、泣いてもいいですよ? ここには初対面の私しかいません。好きなように泣いて、愚痴を吐いて、弱音を吐けばいいのです」
少女が、穏やかで包み込むような慈愛の微笑みを浮かべて助言してくれる。
俺は、その言葉に感動するも苦笑交じりに首を振った。
「いや、俺の愚痴は結構口悪いですから、女の子の前では止めておきます」
「気を使われなくても大丈夫ですよ? 私も少し聞いてみたいですから」
うーん……この子は天使かな?
何ならこの世界の神よりよっぽど神様っぽいよ。
もう神様になっちゃえよっ。
「———迷い人さん?」
「あ、ああ、すみません。恐らく今この世で最も無駄なことを考えてました。あとついでに、その迷い人さんってやめません? それ聞いたら俺が道に迷ってきた人みたいじゃないですか」
実際はドンピシャで正解なんだけど……正直に言うのは恥ずかしいじゃん?
「……では貴方は、どうしてこんな森の奥深くまで来られたのですか?」
月に細く艷やかな腕を伸ばしたままの少女が、相変わらず空気に溶け込んで直ぐ消えてしまいそうな声色で、此方を向くことなく問い掛けてきた。
俺はジッと何か月に想いを馳せている様子の彼女を一瞥すると、観念して同じ様に月を見上げながら素直に答える。
「……貴女の正解です、恥ずかしながら迷ったんですよ。適当に彷徨ってたら、濃霧に迷い込んじゃって……気付いたらここです」
「それは……何とも不運でしたね」
「まぁでも、霧に迷ったお陰でこんな綺麗な景色が見れたんで……実質プラマイゼロですかね」
実際、日本だったらこんなに綺麗な景色は絶対に見れない。
人口の明かりが一切ない満点の星空はまだしも、地球より何倍も大きくて明るい月なんてのは大気圏とかにいかないと見れないんじゃないか?
それに、俺の隣にいる———どこか神秘的な雰囲気に身を包んだ少女。
名前はもちろんのこと、どうやって……そしてどこから来たのかも知らない謎の美少女。
多分もう二度と会うことはないだろう。
ただ、迷った末に僅かな時間の中で一緒に綺麗な満月を見ただけの関係だ。
その内俺は知らんが彼女は俺のことなど忘れ、それぞれの人生を歩んでいく。
さて、俺はエレスディアにブチギレられに戻るとしますかね。
あぁ、出来れば顔面一発くらいで許してもらえないかな?
何て考えつつ、俺はゆっくり立ち上がると。
「……もう帰られるのですか……?」
ずっと月を眺めていた少女が眉尻を下げ、僅かに心淋しげな表情を浮かべて尋ねてきた。
……君、そんな顔も出来るのね。
もしかして俺が美少女の寂しそうな顔に弱いって知ってる?
まぁ俺は美少女ってだけで十分弱いんだけど。
まさか引き止められるとは思っていなかった俺は、つまらないことを考えつつ、僅かに目を見開くと、もう少しくらいいいか……何て思って腰を再度下ろした。
「……それじゃあ、もう少しだけここで天体観測でもしてましょうかね。戻ってもどうせ激怒の未来しか見えないし……」
「……ありがとうございます。わざわざ気を使って頂いて」
そう嬉しそうに微笑む少女から、俺はスッと目を逸らす。
今までこれ程の清純な笑みを見たことがない俺にとっては、完全にクリティカルヒットだった。
「……俺の周りにもこんな清楚で優しい美少女が居たらなぁ……」
ポツリと零し、俺の周りにいる美少女達のことを思い浮かべる。
勝ち気で少し暴力的でありながら真性の
無表情で羞恥心の存在を知らぬ大胆な我儘姫。
超絶失礼でドSかと思えば乙女全開な最強剣士。
…………あれ、清楚どころか普通の女の子もいなくね?
「どうかしたのですか?」
「……気にしないでください。類は友を呼ぶとかいう不名誉な言葉が思い浮かんだだけです」
「そ、そうなのですね……」
3人のことを知らない少女は、もちろんの如く俺の言っていることが理解できないらしく、戸惑った様子で苦笑いを浮かべている。
おっと、これは気を使わせてしまったか?
まぁいい加減この後何を言われるのか気になってソワソワするし、時間も時間だし帰るか。
あまりに遅かったらエレスディアだけじゃなくて他の人にも怒られそうだしな。
あ、そう言えばアルフレート副団長にも謝らないといけないし……まとめて俺の奥義『縦4回転アクセル土下座』で許してくれるかな?
俺は後のことを考えてブルッと身震いをしたのち、今度こそ帰るべく腰を上げると。
「んじゃ、俺はここら辺で御暇しますよ。そろそろ洒落にならないくらいに怒られそうなので。あと、知らない男の俺が言うのもなんですが……夜は冷え込みますし、お体には気を付けてくださいね」
アメジストの瞳を此方に向ける少女に告げた。
少女はそんな俺の言葉に少し驚いた様子で瞼をしばたたかせたのち———
「ふふっ、ご心配ありがとうございます。貴方も、今度は迷ってはダメですよ?」
そう揶揄うような言葉と共に、月光に照らされた端正な顔へ———いたずらっぽい笑みが浮かんだのだった。
———ゼロが全速力で森を出ていった頃。
「……綺麗で、眩しい人だったなぁ……貴女の瞳にはどのように映りましたか、シルフィード?」
アメジストの髪と瞳を持つ少女———『殲滅の魔女』セラ・ヘレティック・フィーラインは、相変わらず夜空に浮かぶ星々の何十倍も明るい月に手を伸ばし、先程まで居たゼロを思い出して虚空に向かって零す。
『…………確かに綺麗だったね。でもセラ……作戦はどうするのかな? 折角ウンディーネと僕で生み出した霧も全部消しちゃうし』
すると突然、虚空よりセラの背丈の半分くらいの半透明な少年っぽい、首に楔形の黒い紋様の刻まれた少女が現れ、彼女の言葉に同意しつつも、セラに棘のある言葉を返した。
シルフィードと呼ばれた少女はゼロを見逃したセラに半目を向けているが、セラは何かを思い出した様子でクスクスと楽しそうに笑ったのち———。
「奇襲はやめて、帰りましょうか。『雷神』にバレたとでも報告すれば、皆さんも納得してくれるでしょう」
『!?』
あっけらかんとした様子で言い放った。
驚愕に目を見開くシルフィードを他所にそっと立ち上がったセラは、風魔法を発動させて身体をゆっくり宙に浮かせつつ、チラッとゼロが引き返していった方向に目を向けると。
「貴方とは、またどこかで会える気がします。ですがその時は……きっと敵対しているのでしょうね……。でももし……もしもう少し早く会えていたとしたなら、貴方は私に———」
悲しげに瞳を揺らし、周りに纏う風によって直ぐにかき消されてしまうほどに弱々しい声色で漏らした。
「———手を差し伸べてくださったのでしょうか……?」
その言葉は、淡い月光に包まれて静かに消えていった。
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