第38話 戦争前夜②

 【無限再生】についてめちゃくちゃコメントくるんで後付けいきまーす。


 現存する肉体の大きな方で再生する。

 身体から離れて一定の時間が経っても本体がある場合は、身体から離れた部分からの再生は出来ない。

 その時間と言うのは大体人間が心臓を潰されて死ぬ十数秒間。

 これにより二分化も不可能。


 これでオネシャス。

———————————————————————————

 


「———皆んな慣れてんだなぁ……」


 アシュエリ様とエレスディアがいる天幕から逃げ出した俺は、全然緊張していないとは言わないものの、思った以上に普段通りっぽい兵士達の様子と本陣を包み込む雰囲気に、思わずと言った感じで感嘆の声を漏らした。

 流石に酒は飲んでいないようだが……皆んな笑顔を零しながら、お世辞にも美味しいとは言えない携帯食を貪っている。


 これだと緊張していた俺が馬鹿みたいじゃん。

 いやまぁ出来っこない啖呵を切って後悔する馬鹿なんですが。


 何て、玉座の間での出来事を思い出して肩を落とす俺だったが、突然バンッと背中を叩かれた。

 同時に背中に激痛が走り、内臓が揺れる。

 あまりの理不尽さと痛みで俺は涙目になりつつ、振り返りながら怒号を上げた。


「いっっった!? 誰だよ俺をぶっ叩いた奴!!」

「おいおい新入りが先輩にそんな態度を取っていいのか? んん?」

「バードン先輩じゃないっすか。あと、英雄の背中を叩く先輩の方がヤバくね?」

 

 中々に痛くて誰かと怒りに震える俺だったが、相手が如何にも昔ヤンチャしてましたって感じの見た目をしたバードン先輩だと知って小さくため息を吐いた。

 この人はどんな相手にも基本こういった態度なのだ。

 まぁそんな彼でさえ、あのカエラム団長の前では借りてきた猫のように大人しいらしいのだが……それはまぁ仕方ない。


 それはそうと、この人にされたことで怒って損した……などと思いつつ顔を顰めた俺を見つめ、不思議そうに眉を潜めるバードン先輩。

 何事かと俺が首を傾げれば、


「どうしたんだ、そんな落ち込んで」

「……ビックリしました。先輩って相手の機敏が分かるんですね」

「バッカ野郎! 機敏が分からなくて団長を相手に出来るか!」


 確かに。

 意外と……というか物凄いチョロいけど。


「それで、何で落ち込んでんだよ? この俺に言ってみろ」

「えー……まぁ別にいっか。いや実はですね……玉座の間で『殲滅の魔女? 大量の戦略級魔法使い? どっからでも掛かってこい!』的な啖呵を切ったのを思い出して後悔してるんですよ」


 話してみろと言うから、俺が至極真面目な表情で告げてみると。



「———ぶっわははははははは!! 新入りのくせに言うじゃねーか! おい聞いたかお前ら! コイツ、国王陛下の前で馬鹿なこと言ってやがる!」

「おいおい本気かよ新入り! 無謀にもほどがあんぜ!」

「やっぱ新入りは馬鹿だな!!」



 バードン先輩は寄り添うどころか俺を指差して涙目になるくらいまで爆笑し、その大きな笑い声につられてやって来た他の先輩方も同じ様に爆笑する始末。

 そんな先輩方に、口元をヒクヒクさせた俺は———。


「おうおうこっちが後悔していることを蒸し返すとか、あんたら全員人の心はないようだな! よし、喧嘩を売っているなら全員纏めて買ってやろうじゃないか! 救国の英雄を舐めるなよ!!」

「おいおい救国の英雄(笑)が何か言ってるぞ〜! てか俺達全員相手に勝てるとか調子に乗ってるなぁ、新入りぃぃぃぃぃぃ!!」

「「「「「新入りのくせに生意気だなぁああああああ!!」」」」」

「全員ぶっ飛ばしてやる!!」


 我慢の限界に達し、怒りと共に6人もの精鋭騎士相手に飛び掛かったのだった。

 

 もちろん、アルフレート副団長にお叱りを受けました。










「———……戦争の前の日に何やってんの俺?」


 既に傷は完全に治ったものの、アルフレート副団長に怒られたことで目の覚めた俺は本陣の外をブラブラしながら、数十分前の自分に呆れ返っていた。

 まぁ途中から他の兵士達の見世物になって大盛り上がりを見せたんだが……とても戦争の前日にすることじゃない。

 

「……アルフレート副団長には後で謝っとこう。うん、そうしよう」


 今頃先輩方をお説教しているであろうアルフレート副団長を思って心の中で合掌をしつつ、月夜の中を当てもなく彷徨う。


 ついさっきまでの喧騒は鳴りを潜め、頬をなぞるひんやりとした夜風の音と俺の呼吸音、地を踏み締める音が耳朶を揺らす。

 澄み渡る星夜の海には見渡し切れないほどの星々が浮かび、そのどれもが力強く光り輝き、地球の数倍ほどの大きさの月が草原を、森林を———そして俺達を祝福するかの如く淡く照らしてくれていた。

 日本では中々見られない何とも幻想的な光景だ。

 わざわざ無断で本陣の外に出たかいもあるってもの。


「……俺、本当に戦争すんだな」


 誰に言うわけでもなく、自分に現実味を持たせるように呟く。

 流石に人を殺すことに躊躇いを感じることは殆ど無くなったが……日本の教育で戦争の恐ろしさを見聞きしているものの、自分が戦争に参加するなんて有り得ないと思っていたので、どうしても現実味がなかった。

 

 ……人生分からないことばっかだけど……流石にこれは予想外だなぁ。

 てか俺の下級騎士ライフは一体どこ行ったのよ。

 何で精鋭騎士になって、英雄なんかにもなってんのよ。

 こういう役目はもっと正義感とか責任感が強い人がやらないとダメじゃね?


 お世辞にも、俺に正義感や責任感が他人よりあるなんて言えない。

 寧ろどちらも他人より少ないまである。

 別に俺に関係ないなら……何なら目の前で起こっても、それが俺に関係ないことなら助けない自信がある。

 悪いけど、俺は常に自分のためにしか動かないからね。


 1番大事なのは結局のところ、自分の命なのだから。


「何で神様は俺をこの世界に送ったんかなぁ……人選ミスってますよ」


 そう、今頃天界かどこかで世界を見ているであろう神様に言ってやりたい。

 

 何て2度と会えそうにもない神に忠告していると。

 

 

「……あ、あれぇ? ここはどこですか?」



 俺はいつの間にか、霧が立ち込める森林の中に入っていた。

 ついさっきまでは霧なんて……と思いつつぐるっと辺りを見渡しても、数メートル先までしか見えず、その奥は深い霧に包まれている。

 もちろん上も夜空ではなく霧一色だ。


 ……これ、迷っちゃったパターン?

 え、こんなめちゃくちゃ重要な戦いの前に迷っちゃったの俺!?

 

「え、ヤバいんですけど。超絶拙いんですけど! 誰かー、誰かいませんか〜!」


 俺は立ち止まっていても仕方ないので、文字通り彷徨いながら助けを呼ぶ。

 その間にも、どんどん俺の中で焦燥感が募っていく。


「す、すみませ〜ん……誰かいませんか〜……いるなら返事をしてくれると、俺が泣いて喜びます。何ならお礼に世界一美しい土下座でも見せてあげますよー……?」


 どれだけ叫ぼうと返事は返ってこず、様々な呼び掛けにも応じず。シーンとした恐ろしいくらいの静寂がひたすらに辺りを支配していた。

 いよいよ本格的に迷子説が濃厚になってきたので、俺の焦りもマックスに近付く。


 え、ガチでヤバい、洒落にならんくらいヤバい。

 1回ジャンプして場所を確認してみるか?

 そしたらワンチャン霧も抜けられない?


 何て本気で焦ってワタワタしていたその時———暴風とも呼べる荒れ狂う風が木々を揺らしながら吹き、視界全てを覆う霧が風に乗って彼方に消えていく。

 霧が無くなった途端、先程とは違って柔らかな風が木々に繁る葉をゆったりと揺らし……神秘的な白銀の月光が辺りに仄かな明かりを灯す。


 そんな幻想的で神秘的な光景に、普段の俺なら『うわーキレー』何て言いながら辺りに視線を巡らせて目を輝かせていただろう。

 しかし今回はそんなことはなく、普段忙しない俺の瞳は、ただ一方だけを見つめていた。





 ———月光を背にこちらを窺う淡いアメジストの髪と瞳の美しい少女を。





 そんな彼女の第一印象は———儚い、だった。

 近付いたり話し掛ければ夢幻のように一瞬で消えてしまいそうで……俺は動きを止めざるを得なかった。

 

 俗にいうネグリジェと呼べる物に身を包んだ少女は、木々や草花が生えるこの場所には不釣り合いとも思える———巨大な隆起した岩の上にそっと腰を下ろし、アメジスト色の髪を月明かりにキラキラと輝かせて、こちらをジッと見つめている。

 対する俺も、特に何をするわけでもなく彼女を見つめ返す。

 

 重い静寂ではなく、夜空を見上げるような心地良い静寂が訪れる。

 すると、柔らかな風が俺と彼女の髪を優しく撫でたかと思えば。




「———初めまして、迷い人さん。今夜は月が綺麗ですね」




 そう、空気に溶け込むように消えてしまいそうな声色で言葉を紡ぎ、儚くも美しい笑みを浮かべるのだった。




 この出会いが全てを変えるキッカケになるなど……誰も知る由もなかった———。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る