第37話 戦争前夜①

 ———招集から1日後。


 『龍を喰らう者バルムンク』と『雷神』率いる騎士団2万、五大賢者率いる魔法師団1万、アシュエリ様率いる近衛兵(能力で言えば一部精鋭騎士、残りは中級〜上級騎士レベル)1万の合計4万の軍勢が大公国のある南に移動していた。

 一見少ないように思えるが……この世界、圧倒的個の世界だから軍勢の殆どが上級以上なのを考えると相手の編成の殆どが中級なら20万の軍勢も余裕で相手にできるレベルである。

 そもそも五大賢者とか騎士団長、副騎士団長だけで小国に勝てるレベルなんだし。

 流石世界三大強国だよね。


 余談だが、この軍勢に騎兵隊は存在しない。

 この世界は馬より普通に人間が早い世界なので、馬車を引く馬以外は無駄なコストが掛かるとして連れてきていないのだ。

 つくづくバケモノだよね、この世界。


 そんな心強い味方の最後方、アシュエリ様率いる近衛兵の中腹の馬車の中にて。


「……俺、何であんなこと言っちゃったんだろう。何が『ごめんね、未来の俺』だよ。調子乗んな、ぶっ飛ばしてやる」

「斬新ね、自分の過去にここまで本気でキレる人」


 殆ど揺れを感じない最高級の馬車にテンションを上げたのも束の間、今から俺は戦争に参加するんだ、という現実に押し潰されて愚痴ばかり吐いていた。

 この馬車内にはエレスディアとアシュエリ様しかいないのもより愚痴を吐く原因の1つだとここに記しておく。


「いやキレるだろ! だってこれから先は俺を殺せる魔法使いがうじゃうじゃいるんだぞ!? ミサイルに裸一貫で凸るもんだよ!? 嫌だよ、戦いたくねーよ!」

「そう言えば昨日『殲滅の魔女? 大量の戦略級魔法使い? どいつもこいつも掛かって来いよ!!』とか言ってた人がいた気がするのだけれど」

「俺だよチクショー! そんなん冗談に決まってますやん! 出来れば俺の目の前に魔法使いがいませんように!」


 俺がノリとしか言えない昨日の言葉に頭を抱えていると。

 

「……ゼロは、強い。たぶん、戦略級に消し飛ばされない」

「え、マジ? 俺って戦略級魔法使いでも消し飛ばせない存在になったの?」


 相変わらずの無表情を顔に称えたアシュエリ様が俺の問い掛けにコクンと頷く。



「……ゼロの身体、異次元。素なら、副騎士団長レベル」

「え?」



 結構衝撃的な彼女の言葉に豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべる俺。


 いやいや……流石にそれはなくない?

 だってアルフレート副団長、近くで見たらえげつない身体してるよ?

 それに俺なんかとは比べ物にならないくらいの強者の風格あったし。

 あ、俺に強者の風格はないか。


 何て考えながらアシュエリ様の言葉を信じきれていない俺を他所に、納得げに、それでいて少し悔しそうに眉間に皺を寄せたエレスディアも口を開いた。


「まぁ何度も肉体の超再生を行っているから当たり前よね。……悔しいけれど、素なら私だって勝てる気しないもの」

「ちょ、お前らどうしたのよ? そんなに煽てても何も出ないけど大丈夫そ?」


 普段中々褒めてもらえないから信じられないんですけど。

 なるほど、これがカエラム団長が思っていたことなのか……あの人やっぱり可哀想だよ。


 因みにだが、俺とエレスディアの立ち位置としては……アシュエリ様の護衛にして切り札だ。

 俺は直ぐに身体が再生するし、戦略級強化魔法を完全に会得したエレスディアは精鋭騎士の中でも五本指に入るくらいの猛者(先輩方情報)というのも大きい。

 王族が死んだとなっては士気もダダ下がりするしね。


 何て思っていると……御者の近衛兵が声を掛けてきた。


「カエラム騎士団長からの伝令が来ました。『ここに本陣を張る。いいか?』だそうです」

「……ん、問題ない」


 アシュエリ様が短く返事をすると、御者は再び前を向いて馬を操縦する。

 そんな様子を眺めながら……俺はチラッと外に目を向けた。


 今俺達がいる場所は草と木が8対2くらいの割合で生えた、比較的開けた小高い丘の中腹であり、団長がいる場所は恐らく丘の頂上辺りだろう。

 まぁ本陣は戦況を見渡せる場所が最適なのは馬鹿でも分かるので、俺達が着く頃には殆ど天幕なども張られているはずだ。


「……戦争、ね」


 日本という戦争とは無縁だった国に生きていた俺からすれば、こんなの意味ないと幾らでも言えるが……。



「———ホント、物騒極まりない世界に来たよな……俺」



 俺は窓を眺めつつ、誰にも聞かれないくらいの声量で呟いた。











「———たぶん、開戦は明日。でも、夜襲の可能性も視野に入れて、適度に兵を休ませて」

「「「「「「「御意!!」」」」」」」


 アシュエリ様の言葉と共に、それぞれの軍の千人隊長達が臣下の礼を取ったのちに次々と天幕から姿を消す。

 同時に、珍しくアシュエリ様が疲労の色を顔に浮かべ、より一層ぼーっとしたような瞳でここら一帯の地図に目を落として小さく息を吐いた。


「……地形的には、こっちが有利。ここなら、魔法使いも本領を発揮できる。……疲れる」

「お疲れ様です、アシュエリ様」


 俺は椅子の背もたれに背を預けたアシュエリ様の肩を優しく揉みほぐしつつ、一応敬語で声を掛ける。

 しかし不服だったのか、見上げるように顔を此方に向けてムッとした表情で呟く。


「……敬語、禁止」

「しかしここ———」

「関係ない、命令」


 何と横暴な。

 あと普通に関係ないわけなくない?

 多分外に普通に声聞こえるけど。


 何て思いから断るべく口を開こうとして、


「ゼロ君、別にいいと思うよ」

「アルフレート副団長?」


 カエラム団長の代わりにこの場に残っていたアルフレート副団長が男の俺でも見惚れそうになるほどの爽やかでにこやかな笑みを浮かべて言った。


「上の者が緊張してないと分かれば、兵達もしっかり休めるからね。もちろん限度はあるけれど……これくらいなら問題ないと思うよ? それに君は救国の英雄だから不敬とは思わないんじゃないかな」

「アルフレート副団長……」


 ヤバい、俺の中でアルフレート副団長の株がエグい速度で上がっていくんだけど。

 正直もうカエラム団長よりは確実に高い。

 俺が女だったら100%惚れてるね。


 ただ、戦争の経験豊富な彼もこう言うことだし……俺も気を緩めるとしよう。


「アシュエリ様、どっかマッサージして欲しいところってある?」


 俺は肩をモミモミしつつ、顔を上に向けたアシュエリ様に問い掛けると。


「胸、持ち上げて。重い」

「…………却下で」

「ゼ・ロ〜〜?」


 何をトチ狂ったのか、アシュエリ様が表情を一切変えることなく、自らの豊満な双丘を持ち上げた。

 俺はその大変素晴らしい姿に一瞬反射的にオッケーを出しそうになるも、スッと目を逸らしつつ、鋼の意志の下に断る。

 しかし、迷いに迷った俺の様子に、隣のエレスディアが腕を組んで仁王立ちした状態で俺の名前を呼び、ヒクヒクと眉を吊り上げていた。

 その姿をぼーっと眺め……。

 

 …………ストン。


「……大丈夫、この前も言ったけど女の価値は何も胸だけじゃ———ぶべらっ!?」


 格差の激しい一部分に憐憫の瞳を向けた俺が言い終わるのを待つこと無く、顔を怒りと羞恥で真っ赤に染めたエレスディアの鉄拳が俺の頬を的確に貫いた。

 俺はその場で何回も回転すると、地面にペシャッと墜落。


「あ、アンタ何言ってんのよッ、バッカじゃないの!?」

「止めて、殴らないで! ほんとごめん! いや、直前に物凄いモノを見せられたからついそこに目が……いやだからごめんって!」


 ポカポカなどという生ぬるい効果音ではなく、ドガドガといった音を出して涙目で俺を殴るエレスディアだったが。


「……ふっ、憐れ」

「アシュエリ様、幾ら王女様でも許しませんよ?」


 アシュエリ様が自らのモノとエレスディアのモノを見比べて、勝ち誇るように鼻で笑った途端———彼女の頭に、冷笑を浮かべたエレスディアの拳が押し付けられる。

 戸惑うアシュエリ様を他所に、そのまま拳がグリグリとこめかみを突いた。


「……!? い、痛い……頭、割れる……っ」

「割れませんよ。私は力の調節得意ですから」

 

 目を大きく見開き、足をジタバタさせて逃げようとするアシュエリ様を変わらぬ笑みで見つめつつ、グリグリとこめかみを虐めるエレスディア。

 その様子を眺め……いつの間にか消えているアルフレート副団長の危機回避能力に驚きながらも、エレスディアがいるから、と俺も巻き込まれないようにそっと天幕を後にした。

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