第35話 あっちに行っても死、こっちに行っても死
「———……何回来ても慣れないなぁ」
「いい加減慣れなさいよ」
「いや平民の俺に言われても。王城は慣れたけどさ、玉座の間はまた別だろ」
既に戦いの痕跡など1ミリも感じさせない玉座の間にて、アシュエリ様と別れた俺達は手持ち無沙汰に隅の方で突っ立っていた。
正確には、手持ち無沙汰だと思い込むようにしていた、と言った方がいいかもしれない。
「…………エレスディア、向こうからの視線が痛い件について」
「アンタの自業自得だと思うわ」
少し離れた所から瞳孔を開いて此方を見つめる騎士団長のカエラムがおり、俺はその視線から逃れるようにサッとエレスディアの後ろに隠れる。
騎士団長の隣には、白い軍服に身を包んだ、身長が180は裕にありそうな金髪碧眼の爽やかな美青年が困ったような笑みを浮かべて、此方をただひたすら睨むカエラムを落ち着かせていた。
恐らく彼が雑務の出来ない騎士団長に変わって、本来騎士団長がする仕事も請け負う苦労人として有名な副騎士団長———アルフレート・フォン・サーベルズだろう。
いつも本当にお疲れ様です。
どうかそのまま彼女を抑えておいてください。
あと、仕事を増やしてしまってごめんなさい。
俺が精一杯の感謝と謝罪の念を副騎士団長に向けて、何なら手でも振ってみようかな……と思っていると。
「———き、君が、ぼ、ぼぼぼ僕が怒られる理由になったひ、人か……!!」
唐突にそんな言葉と共に殺気が俺の身体を突き刺し、俺とエレスディアが思わず戦闘態勢に入って声のした方へ意識を傾ける。
そこには、あまりにも場違いなボロボロのローブに身を包んだ不健康そうな見た目のくすんだ金髪の青年が立っていた。
ただ、彼の言動からは想像も出来ないくらいの膨大な魔力と覇気が放たれている。
「……貴方は……」
「いや誰よ」
横でエレスディアが僅かに目を見開いていたが、憮然とした表情で首を傾げる俺に小さくため息を吐いてコソッと教えてくれた。
「彼は五大賢者が1人———暗黒のデビターよ。1番ねちっこいから他の五大賢者ともあまり仲良くないらしいわ。前回の反乱の時に実験室に籠もってたせいで国王陛下からお叱りを受けたのよ」
なるほど、コイツが俺を殺せる魔法使い様ってわけね。
でも何か、戦える魔法使いってより研究者みたいだな。
その五大賢者様が怒られた腹いせに俺に殺気を向けるとか、駄々こねる子供かよ。
ワンチャン俺が一発殴ったら死にそうな見た目にお似合いですね。
「き、ききき君、し、失礼だぞ……!!」
「あ、すま———いやアンタだけには言われたくないわ!」
どうやら心の声が思いっ切り漏れていたらしく、親の仇かのように睨まれる。
しかし完全にブーメランな彼の言葉に俺が反論すれば、暗黒のデビターが何処か自慢げに言った。
「ぼ、僕は闇魔法の真髄———即死魔法の使い手だぞ……!!」
「冗談ですや〜ん、全部ただの冗談に決まってるじゃ〜ん。あ、これから騎士団長に用事がありますんで、ほな!」
俺はにこやかな笑顔と共にエレスディアの手を引っ張って、さっきまで近寄らんでおこ……とか思っていたカエラムの下への戦略的撤退といえる逃走を行った。
「おい何だよ即死魔法って! そんなんチートじゃん、ズルじゃん! 俺のアイデンティティを真っ向から否定するゴミ魔法じゃん! もう俺帰る! アイツに思いっ切り喧嘩売っちゃったから今直ぐ逃げたい!」
カエラムの近くに移動した俺は、焦りに焦りながら、真っ先にエレスディアの肩を掴んでゆさゆさ揺らす。
対するエレスディアは、俺に揺さぶられて少し鬱陶しそうにしながらも、子供をあやすような微笑を浮かべて言った。
「だから周りから距離を取られているのよ。あと、帰ったら国王陛下から激怒されるわよ? だから大人しくここにいなさい」
「———そもそも、あんな小物が私の庇護下にあるお前に手を出せるはずがない」
…………おっと、これは危ない。
俺は無言でくるっと回れ右しようとして———両肩をガッチリと掴まれた。
振り解こうにも、人外の握力によってピクリとも動かないどころか、下手したら動いている俺の肩が死滅する。
い、痛いよ。
指が肩にめり込んでるって。
冷や汗をダラダラと流す俺に、肩を掴んだ張本人———カエラムが全く瞳が笑っていない笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。
「……どこに行くんだ? ん? ほら、言ってみろ」
「……は、ははっ……お、お久し振りですね、騎士団長」
俺は引き攣りそうになる頬を抑えようとするも、ピクピクと痙攣するまでにしか抑えられず……乾いた笑い声を上げるしかなかった。
死から逃げたつもりが、より残酷な死が待ち受ける場所にやって来たらしい。
しかし、そんな俺に救いの手を差し伸べる者がいた。
「それくらいでやめてあげてくれませんか、カエラム団長」
「……アルフレート」
そう、我らが騎士団唯一の良心———アルフレート副騎士団長である。
滲み出る優しさと温厚さに、恐らくこの世で男が唯一嫌いになれないイケメンだ。
「……フンッ」
カエラムが不服そうに鼻を鳴らしつつも、俺の肩から手を離して背を向けた。
このように、彼にかかればあのカエラムも従わざるを得ない。
もはや騎士団長よりもよっぽどカリスマ性があり、この人がいるから騎士団が成り立っているといっても過言ではない偉大なお方である。
何て先輩方が言ってたなぁ……とぼんやり思っていると。
「初めましてだね、ゼロ君。僕はアルフレート、一応この騎士団の副団長を務めさせてもらっているよ」
「初めまして、アルフレート副団長! 噂は先輩方から沢山聞きました! 物凄く仕事が出来て、部下への気配りもできる尊敬できる人だって!」
温厚ながら苦労が滲み出る笑みを浮かべる金髪碧眼の美青年に、俺はさながらアイドルを相手にするようにテンションを上げて握手する。
もちろん今言ったのは全部本当で、先輩たちが熱く語ってくれた。
聞いた当時に『皆んなBL趣味でもあんのか……?』何て疑っていた俺を、助走からの飛び蹴りではっ倒したい。
そんな和気あいあいとした雰囲気の中、突如俺の頭がガシッと掴まれると同時にミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「いだああああああああああ!?」
「おい、私とのそのテンションの差は何だ?」
「痛い痛い痛い!! ち、違うんですよ団長! 貴方は超絶美女だから興奮より緊張が勝っちゃうんです!」
「…………」
俺が悲鳴をあげながらそう言えば、どうやら前回のこともあって信じられないらしいカエラムが、真顔のままジーッと瞳孔を開いて俺を見つめる。
その見つめ方、めちゃくちゃ怖いからやめてくれない?
「……本当にそう思っているのか?」
「あ、当たり前じゃないですか……前回だって弄り倒しはしましたけど、別に嘘は言ってませんよ! だから手を離して! 拙い、ホントに頭が破裂しちゃう!」
俺が弁明している間にも『そろそろ限界だよー! 破裂まで秒読みだよー!』と俺の頭が悲鳴をあげている。
しかし、遂に信じたらしいカエラムが俺の頭から手を離す。
地面にポトッと落ちた俺が涙目で頭を押さえながら見上げれば———。
「———……そうか……私を女として……」
完全に1人の世界にトリップしている騎士団長の姿があった。
だらしなく緩んだ頬を両手で押さえ、いやんいやんと身体を横に揺らしている。
そんな見た目に反した少女チックな行動に、
「……アルフレート副団長、全然治ってないじゃないですか。偶に褒めてあげてくださいよ、貴方ならイチコロでしょうに」
「……褒めようとしたらね、過去の色々なトラウマが頭を駆け巡って……いつの間にか言葉が消えるんだよね……」
俺が憐れみの目を彼女に向けながら言えば、アルフレート副団長はブルッと青い顔で身震いした。
…………団長、アンタ一体皆んなに何したんですか……。
何てドン引きしている俺の視界の先で、何の前触れもなく残りの五大賢者達が突然現れる。
それぞれ装いはバラバラで、カジュアルな服を着ている者もいれば、正装であろう王国の紋章が入った綺麗なローブと制服のような物に身を包んでいる者もいた。
余談だが、いきなり現れたのは、五大賢者の中の1人が使える転移魔法と呼ばれる魔法のお陰だ。
この部屋は、その者の転移魔法しか寄せ付けないという特異な空間だと、アシュエリ様に教えてもらった。
正直めちゃくちゃ欲しい。
そんなことを思い、俺が羨望の眼差しで五大賢者を眺めていると……続けてアシュエリ様と王妃殿下を引き連れた国王陛下が扉から現れる。
同時にこの場にいた全員が真ん中の道を開け、臣下の礼を取った。
その中心を悠々と、それでいて堂々と毅然とした様子で歩く国王陛下は、ゆっくり階段を登り、玉座に腰を下ろすと。
「———よくぞ集まってくれた、余は嬉しく思う。さて、この場の者は既に知っていると思うが……先日、大公国が我が王国へ開戦の狼煙を上げた」
こうして、アズベルト王国を代表する者達が一同に介した玉座の間で、国の方針を決める会議が始まったのだった。
し、知らなーい、一切知らないよー俺。
挙動不審な俺を置いて。
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どうもあおぞらです。
正直ぶっちゃけると、第3章の始めの3話は全部書き直したい。
色々と感想頂いたのもそうですけど、作者自身やり過ぎた気もするのですよ。
だって普通にヤバいじゃん。
そんなんもう痴女ですやん。
……深夜テンションとは、怖いものだね。
でも一方で、正直ゼロの物語はこんなグダグダでも良いかな、とも思ったりしてます。
後で気付いた時のゼロの焦り様とか見てみたい気がしますし。
なので、もしかしたら最初の32〜34話は入れ替えるかもしれませんし、入れ替えないかもしれません。
なんか不明瞭で申し訳ないです。
入れ替えたら一応報告はします。
ではまた次話で。
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