第3章 戦争

第32話 王女様の猛攻

 ドルトリストの内乱から2週間が経とうとしていた頃。


「「「———おい新入りぃぃぃぃ!! もっと走れぇぇぇぇぇ!!」」」

「くそう、何で俺はこんな辛い鍛錬を受けないと行けないんだ……ッッ!!」


 最近俺は、精鋭騎士達の鍛錬に合流した。

 もちろん今日も今日とて騎士団本部で精鋭騎士達と共に鍛錬を受けている。

 なんてったって俺も精鋭騎士になっちゃったからね(泣)。


 そして今は鍛錬の最後———全力ランニングを行っている真っ最中なのだが……先輩方の圧が強い、物凄く強い。

 状況を説明すると……騎士団本部のトラックを走っている俺の後ろから、心底楽しそうに笑う先輩達が木剣をブンブン振り回しながら迫ってきている、といったカオスな状況が繰り広げられているわけだ。

 他にも色々とあるが、間違いなくどれも前世の日本だったらパワハラモラハラと呼ばれるモノに含まれるだろう。


 ただ、こんなことをされる理由は分かっている。

 俺を1番前で追い掛けている先輩———いかにもヤンチャしてましたって顔してるバードン先輩が嬉々として告げた。


「新入りがこの前ウチの団長を弄り倒したからな! 団長からキツく躾けとけと言われてるんだよなァ!!」

「許さんぞォォォォ、騎士団長ォォォ……!! 次会ったら絶対もっと弄り倒して返り討ちにしてやる……!!」


 この通り、どうやら1か月以上も前に俺が騎士団長であるカエラムをこれでもかと弄り倒した腹いせが、今やって来ているらしい。

 あの人、豪快そうに見えて案外ねちっこいやり方してくる策士だったようだ。


「てか先輩方、俺はこの国の英雄ですよ!? もう少しこう……尊敬はなくても虐めるような真似は———」

「「「「「「団長の方が怖ぇ」」」」」」

「何も言えねーよ、くそったれ!!」


 俺も逆の立場だったら絶対追い掛けるもん。

 あの団長に逆らうとどうなるかなんて考えたくもないね。


 そんな泣き言を喚きつつも、何とか先輩方に追い掛けられながらのトラック100周を終えたのち……。


「……あ、アシュエリ様……ゴホッゲホッ! ほ、ホントに見てるだけで楽しいんですか?」


 タオルで汗を拭いつつ、荒れる息を何とか整えながら訓練場の外側で簡素な椅子に座っているアシュエリ様の下に近寄って尋ねる。

 そんな俺に、とても王女とは思えない質素な服を着たアシュエリ様が微笑を浮かべて頷いた。


「……ん、苛められてるゼロ、面白い」

「ドS! エレスディアはドMだけどアシュエリ様はドSだった!!」

「ぶはっ———ゴホッゴホッ! な、何でいきなり私に飛び火するのよ!! それに私は魔法以外の痛いのは嫌よ!」


 アシュエリ様のドSチックな言葉に俺が喚けば、俺より一足先に鍛錬を終えていたエレスディアが口に含んだ水を盛大に吹いて咽ながら、怒りか羞恥か……恐らくどちらともが要因で朱くなった顔で、とても弁明になってない弁明を行う。

 あまりにも杜撰な言い訳に呆れた俺は、キッと睨んでくるエレスディアを半眼で見つめ返し……。


「その時点でドMだってことにお気づきですか?」

「ぐふっ……」


 トドメの一撃を入れ、エレスディアは胸を押さえながらガクッと地に膝を付いた。

 久し振りに口論で完全勝利した俺が勝利の余韻に酔い浸っていると。


「…………ゼロ」

「はひっ! な、何でございましょうか!!」


 俺達の口論をずっと横で見ていたアシュエリ様に結構低い声で名を呼ばれ、俺は反射的に背筋を伸ばして返事をする。

 もちろんとてもじゃないが怖くて彼女の顔は見れないので、視線は斜め上だ。

 しかし、返事してから中々アシュエリ様から言葉が返って来ず、俺が額や脇に冷や汗をかき始めた時。


「……むぅ」

「え、可愛い」


 僅かに声が聞こえて下を向けば、上目遣いで此方を見上げるアシュエリ様が、眉を潜めて子供みたいにぷくーっと頬を膨らませていた。

 ただでさえ超絶美少女のアシュエリ様がそんな顔をするもんだから、無意識の内に心の声が漏れてしまう。

 そんな俺の呟きに、アシュエリ様がパチパチ瞼をしばだたかせたかと思えば……少し嬉しそうに顔をほころばせて首肯した。


「ん、許してあげる」

「ありがとうございます!」

 

 ふぅ……何かよく分からんけど危機を脱したよう———


「…………」

「…………え、エレスディアさーん。そのぉ〜……目が怖いんですけどぉ……」


 どうやら俺の危機はまだ続いているようだ。

 俺は冷めた様子でジトーっとした視線を向けてくるエレスディアに腰を低くして言ってみるが……。


「……別にぃ? 別に『私の目の前でアンタは他の女の子を褒めるんだぁー、うわぁデリカシーの欠片もないなぁー』何て全く思ってないわよ?」


 絶対思ってるじゃん。

 間違いなく思ってる顔じゃん。


 憮然とした表情を浮かべるエレスディアの様子と、彼女を褒めたら不機嫌になるぞとでも言わんばかりにジーッと俺を見つめるアシュエリ様を交互に見たのち、俺は天を仰いで内心叫んだ。



 ———じょ、女子との会話って難しいよおおおおおお!!



 因みに先輩方は、俺達の方を面白そうにニヤニヤしながら見ていた。

 今度あることないことを騎士団長に吹き込んでやると心に誓った。


 









「———ただいま戻りまし…………何をしておられるのか聞いてもよろしい?」

 

 鍛錬による身体的疲れと2人の機嫌取りによる精神的疲れを王城にある豪華な風呂で一通り取り終わったのち、ぽかぽかの身体でアシュエリ様の部屋に戻った俺。

 ご飯を食べたりした後に風呂に入ったので時刻は既に22時を過ぎており、戻ったら早く寝ようかと思っていた。

 しかし扉を開けた瞬間———気持ちよさも眠気も吹き飛ぶほどの衝撃な光景に思わず眉間を押さえながら、元凶であるアシュエリ様の顔だけを見つめて尋ねた。

 ところが、アシュエリ様は俺の質問に答えるどころかムッとした様子で言う。


「……2人の時は、敬語禁止」

「それは今言うことですか!?」

「大事。早く、直して」


 こいつマジかよ、といった感じにアシュエリ様の顔をジッと見つめるも……一向に折れそうにない彼女の様子に俺は仕方なく折れることにして、核心に触れる。


「はぁ……分かった、降参降参。んで、もう1回聞くけど———その格好は本当に何なのかなぁ!? 目のやり場が無い! もう俺は顔しか見れないんですけど!?」



 何を隠そう———アシュエリ様は下着姿なのである。



 それも、彼女が着ている下着は、前に俺が選んだ刺繍やレースが施されたワンピース型のベビードールと呼ばれるセクシーな紫の下着。

 更にブラとショーツと分かれたワンピースみたいなのがスケスケなせいで、その奥にある彼女のきめ細かい白肌が薄っすら浮かび上がっており……グラビアアイドルもモデルも、皆んな素足で逃げ出す程のメリハリある抜群なアシュエリ様のスタイルがこれでもかと強調されている。

 そんな彼女が大胆に胸の谷間や太ももを晒し、俺を見つめている。


 心が純日本人の俺からすれば……正直裸よりエロく感じるんですけれども、如何でしょうか。

 大事なところが見えそうで見えない……っていうのがマジでエロいのです。

 しかも下着という、水着と形は似ててもまた違った良さがあると思うのです。

 男子なら誰でも分かると思うんです。


 何て内心敬語で弁明みたいで弁明じゃない言葉をつらつらと並べる俺に、アシュエリ様がスケスケのベビードールの裾を手で摘み……元々太ももの半分くらいまである裾をおヘソの部分まで持ち上げると。

 



「———どう? 興奮、する?」




 誘っているとしか思えない妖艶な笑みと共に言った。

 そんなのを目の前で見せられた俺は、胸中で噛み締めるように述べる。



 ———大変素晴らしいと思います眼福ですありがとうございます。



 いやこんなん見るなって言う方が無理じゃん。

 だって目の前にめちゃくちゃスタイルのいい絶世の美少女が超絶えっちぃ下着姿でいるんだよ?

 見ないわけがないでしょう!!


 何て誰とも知らぬ人へ熱く語る俺だったが、ギリギリ残っていた僅かばかりの冷静な俺が今この状況を見られるのは非常に拙いと警鐘を鳴らす。

 しかし、まるで俺の考えを見透かしているかの如くアシュエリ様が口を開いた。


「……これは、お父様も同意済み。だって、何でも……男女のことも、していいって約束したから。ゼロは、遠慮しなくていい」

「すぅーーーーーっ……」


 これは……遂に童貞卒業か?

 今まで文字通り死ぬほど頑張った俺への神様からのご褒美だよな?

 据え膳食わぬは男の恥という言葉もあるし……あんな有耶無耶に出来そうな約束のために、健気にここまでやってくれてるのを俺が渋るのは失礼だよな!?


 よし、最初で最後の体験だろうから、しっかり記憶に刻み込もう。

 ついでに、今頃地獄の鍛錬でヒィヒィ言っているフェイ達に今度会ったらめちゃくちゃ自慢してやろう。

 クククッ、今にもあいつ等の悔しがる姿が目に浮かぶぜ。


 16歳精鋭騎士のゼロ、大人の階段登ります!


 俺は緊張と興奮でごちゃ混ぜになったまま、ゆっくりアシュエリ様へと近付き……




「———ぜ、ゼロ? い、今、ちょっといいかしら……?」




 いざアシュエリ様の上に……といった所で、控えめにノックがされたかと思えば、扉の向こうからエレスディアが何やら緊張した様子で俺を呼んできた。

 声色的に大事なことを伝えに来たのかもしれない。

 タイミングが良ければ確実に期待して舞い上がっていただろう。


 ただ、彼女の声が聞こえた時には、俺の脳が過去一の速度で回っていた。


 今の俺の状態は超絶エロい下着を着たアシュエリ様の上に覆い被さっている状況。

 もし扉を開けられたら確実にヤバいじゃ済まない。

 しかし、エレスディアは俺がいつも1時とか2時に寝ることを知っているから寝たフリは不可能。


 俺は更に思考を回す。


 急いでアシュエリ様に服を着させようと思ったが、どうやらメイドさんが服を持っていってしまったらしく、この部屋に服は見当たらない。

 しかも、エレスディアが来た瞬間に逃さないと言わんばかりにアシュエリ様の手が首の後ろに回っている。

 かといって無理やり振り払ってアシュエリ様を布団に隠す……何てのは、律儀に約束のために勇気を振り絞ってくれたアシュエリ様に対して失礼すぎるから出来ない。

 



 ……さぁて、どう切り抜けようかな。




————————————————————————

 長くなったわ。

 

  

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