第30話 嘗て戦場で名を馳せた者は……
「———まさか、執事長が敵側だったとはね。ゼロ、良く持ち堪えたじゃない」
「だろ? ほらもっと俺を褒めてくれてもいいんよ?」
「そうね、後で沢山褒めてあげるわ」
俺は冗談のつもりで言ってみたのだが、濃密で静かな真紅のオーラを纏ったエレスディアはクスッと笑みを浮かべてそんなことを宣った。
そんな穏やかなエレスディアの様子に、俺は頭の先からつま先までに電撃が走ったかのような衝撃に襲われる。
あ、あのエレスディアが返してこないだと……!?
今までなら『調子に乗るな』的なことを言ってくるはず……まさか!
「さてはお前、エレスディアの姿をした何かだな!?」
「アンタ、次ふざけたら容赦しないわよ。それに……もうその状態を保てる時間だってないんでしょう?」
バルバドスから目を離さずに目敏く指摘してくるエレスディア。
いきなり指摘されて俺は僅かに目を見張る。
何でわかった……と思わないこともないが、実際に自分の身体の炭化が進んできているし魔力も底をつきそうなので時間がないのは事実。
俺もバルバドスへと目を向けつつ、素直に首肯する。
「ま、そうだな。後持って1分ちょいってところか……てかお前はどうなんだよ。なにしれっと【極限強化】なんか習得してんだ。真夜中毎日練習してる俺でもまだ習得してないのに」
ジトーっとした瞳でエレスディアを一瞥すると。
「そりゃそうよ、魔法を使う歴もそもそもの出来も違うもの。大体習得出来てないのに乱用してるアンタの方がおかしいわよ」
「うーん辛辣だけど何も言えねー」
呆れ顔と呆れ声で大変鋭い言葉のナイフが返ってきた。
そんなくだらない話をしていながら、ゆらゆらと揺らめく俺のオーラと違って、エレスディアのオーラはまるで統率の下に一糸乱れぬ動きで動く軍隊のように静止している。
更に言えば、真紅のオーラは身体の表層の数センチを物凄い濃度で覆うだけに留まっていた。
流石天才だな……と俺が感嘆していると。
「……エレスディア・フォン・ドンナート……」
「あら、これはこれはお久しぶりですね、ドルトリスト様……いえ、反逆者」
忌々しげに怨嗟の籠もった声色で呟くドルトリスト対し、エレスディアが軽蔑の笑みを浮かべて棘のある言葉を返した。
そんなエレスディアの様子に、ドルトリストは顔を歪める。
「……やはり殺しておくべきだったね。アイツではなく、バルバドスに頼んでおけばよかった」
「そう、それは残念ね? 生憎過去は変えられないのよ? あ、それと……アンタの妻と息子はどうして殺したのかしら?」
誰もが見惚れるほどの美しい真紅の双眸が怒りを伴ってドルトリストを射抜く。
対するドルトリストは一切表情を変えずに黙り込み……小さくため息を吐いたエレスディアが口を開いた。
「まぁいいわ。あんまり時間もないわけだし……ゼロ、とっとと終わらせるわよ」
「あいよ。俺はサポートでおけ?」
「いえ、私がサポートに回るわ。多分力はアンタの方が上だから」
えぇ……俺的にはサポートの方がやりやすいんだけど。
まぁでもサポートがエレスディアならいっか。
俺はそこまで考えを巡らせたのち———床を踏み締める。
『ドゴッ!』と轟音が鳴り響くと共に、俺の身体は一条の彗星となってバルバドスへと急接近。
剣を薙ぐ俺と防ごうとするバルバトスと視線がかち合うが……。
「アンタの相手は俺だけじゃねーぞ」
「ええ、そうね」
「っ!?」
超スピードで上空より緋色が飛来する。
完全に不意を突かれたバルバドスだったが、どちらを対処するかを一瞬で弾き出したらしく、地を蹴って飛び上がった。
そのせいで俺の剣は空振り、エレスディアの剣も防がれてしまう。
———ガキンッッ!!
頭上で天才新兵と嘗て名を轟かせた老兵の剣がぶつかる。
そこから発生するのは、容易く人間が吹き飛ぶほどのとんでもない衝撃波だ。
俺がこの状態でなかったら、たたらを踏んでいたどころか軽く吹き飛んでいただろう。
「ナイスアシスト」
俺はボソッとエレスディアへと称賛を送りつつ、剣に魔力を篭め———
「飛べ———【飛燕斬】ッ!!」
嘗て1度だけ受けた精鋭騎士達との地獄の鍛錬で教わった、下級騎士以上となった者のみが教わることのできる一種の魔法的剣術技———『剣技』の中でも1番メジャーで簡単な斬撃を飛ばす剣技を発動。
虚空を斬った俺の剣から白銀の斬撃が飛び、一直線にバルバドスへと牙を剥く。
「くっ……!?」
バルバドスは流石に拙いと思ったのか、無理やり剣を振るってエレスディアを押し退け、俺の飛燕斬を対処しようとするが———その時、エレスディアが誰も予想だにしない行動を起こした。
「させないわよ! ———【空歩】ッ!!」
僅かにエレスディアの足の裏が光ったかと思えば、何も無い空間をあたかも地面があるかのように蹴って、一気に方向転換して急加速したではないか。
確かアレは剣技の中でも結構異端で習得難易度が高いとか聞いた気がする。
これにはバルバドスも対処できず……飛燕斬を弾き飛ばすと同時にエレスディアの袈裟斬りがバルバドスの背中に命中する。
「ぐあっ……!!」
———ズガアアアアアン!!
バルバドスの呻き声は地面に叩き付けられた爆音によって掻き消え、遂に耐えきれなくなった床が抜けて彼の身体は下の階まで到達した。
砂塵が巻き起こりパッと宙に舞い上がる。
「バルバドス!」
「おっと、アンタは動くなよ? 色々と聞かないといけないことがあるだろうからな」
思わず、といった様子で立ち上がるドルトリストの首筋に剣を添える。
俺には難しいことは分からないが、多分拷問とかされるだろうから殺してはいけない気がする。
「ゼロ、避けて……!!」
何て思うのは早計だったらしい。
アシュエリ様の声が聞こえたかと思えば、
「———主に触れるな、小僧!!」
今までの丁寧な口調をかなぐり捨て、憤怒に染まった表情を浮かべたバルバドスがエレスディアを弾き飛ばし、俺へと縦一文字に剣を振り下ろしたのだ。
その剣は今までないくらいの魔力が篭められており、俺は咄嗟に剣を滑り込ませて防御する———が、乾いた音と共に剣が折れ、肩から剣を持っていた右腕が斬り飛ばされた。
「うぐっ……」
「「ゼロ!?」」
い、いてぇえぇえぇえぇえぇ!!
おおおおお肩から斬られてんですけど!?
右腕吹っ飛んだんですけど!?
俺は痛みで顔を歪めながらも意地だけでその場から離脱。
血飛沫を撒き散らしつつ、エレスディアの下に着地した。
「ぜ、ゼロ、う、腕が……」
「うぐっ……いつつ……血が止まんねーな、くそったれ。でも……」
何て愚痴を吐きながら、俺は切断面を押さえつつ、露骨に動揺するエレスディアの目を真剣な瞳で見返して告げた。
「今、やっと勝ち筋が見えた。———次で決めるぞ」
そう、今なら……右腕のない今だからこそ奴の不意を突いて一撃を入れられる。
昔ロウ教官が『斬られたら再生しない』と言っていたから間違いないはずだ。
チャンスは1度きり。
しかも、今は痛みを我慢して強く切断面を押さえて再生を抑制しているが……それも長くは持たない。
その内俺の意思に反して自動的に新たな腕が生えてくる。
腕が生えた時点で俺達の勝ちは薄くなってしまう。
「で、でも……」
「いいからやるぞ、エレスディア」
「……ああもう分かったわよ!! 私が隙を作ればいいのね!?」
「そういうこった。話が早くて助かるー」
「ふざけてる場合じゃないでしょう!?」
やけくそ気味に吐き捨てたエレスディアが、剣に魔力を更に篭めてバルバドスに肉薄する。
そして俺よりも卓越した剣術でバルバドスと一進一退の剣戟を繰り広げた。
しかし、ほんの僅かな時間でバルバドスがエレスディアを押し始める。
「くっ……まだなのゼロ!?」
「気でも狂ったか! 今更片腕のない小僧を当てにしてどうなる!? 少し遅れたが、ここで主のために貴様も排除する———【牢剣】ッッ!!」
バルバドスの剣が光り輝いたかと思えば、瞬く間に数十、数百もの剣がエレスディアを囲むように押し寄せる。
しかしエレスディアは、必死の形相ながら誰もが見惚れるほどの動きで剣撃を捌きつつも声を荒げた。
「アンタ、そんな口調だったのね! 随分と粗暴じゃない!」
「私とて元騎士! 戦場で丁寧な口調など邪魔にしかならぬ!!」
「はいはいそうですか! それと、アンタの言葉を1つ訂正しておくわ!!」
エレスディアが剣を重くする初歩的な剣技———【剛剣】を発動してバルバドスの剣を弾いて体勢を崩させると。
「———ゼロを嘗めんじゃないわよ!!」
その言葉と共に、俺はエレスディアとスイッチしてバルバドスの眼前に躍り出る。
左手で拾った剣を握り、斜めに両断せんと振るう。
「ぐっ……甘いわあああああ!!」
しかし、相手も相手で一瞬で自らの身体と俺の剣の間に剣を滑り込ませた。
剣と剣がぶつかり合い、再び俺の剣が折れて下から左腕を斬り飛ばされる———
「———甘いのはテメーだよ」
自然と言葉が零れ、数瞬の間に再生した右腕で予め拾っておいたもう1つの剣を腰から引き抜いて魔力を籠めると同時。
「———【剛剣】」
重くなった剣で完全にがら空きとなったバルバドスの胴体を、横一文字に斬り裂いた。
その瞬間、俺は確かに見た。
斬られたというのに……何故かバルバドスが嬉しそうな、それでいてどこか羨ましそうに俺を見つめ———僅かに笑みを零したのを。
しかしその理由を聞くことは永遠にない。
嘗て戦場で『戦場の鬼』として名を馳せた猛者は、最後の最後まで全力を尽くして永遠の眠りについたのだから。
「おい、もう終わりにしよーぜ」
「…………」
上半身と下半身が真っ二つになって絶命したバルバドスを眺めたのち、呆然とバルバドスを見つめるドルトリストを手刀で気絶させる。
これで俺の仕事は終わりだ。
エレスディアやアシュエリ様が駆け寄ってくるを僅かに視界に収め———
「あぁ、疲れたなぁ」
心地良い眠気に身を任せて、ギリギリで繋ぎ止めていた意識を手放した。
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