第28話 戦場の鬼と呼ばれた者と、馬鹿な異端野郎

 ———興奮の熱というのは一過性のものであって、実際のところ、案外直ぐ覚めるモノだ。

 それが現実逃避を元としたものならもっと顕著に現れる。


 まぁ何が言いたいかと言うと———『やっべ、調子乗りすぎた。今直ぐ帰りたくなってきた』である。


「どうしたのかな? あれほど威勢の良い御託を吐いていながら、ビビって動けないのかな?」


 俺が内心完全にヘタれている中、玉座に座ったドルトリストが、口調に反して鋭い眼光で俺を射抜く。

 その横では相変わらず肝が冷える笑みを浮かべたバルバドスが控えており……俺は内心の焦りを一切表に出さず、まだ回る舌で適当な言葉を吐く。


「違うわ。あのな、俺は馬鹿だから頭の回転も遅いのよ。つまり考えるのにも時間が沢山掛かるわけ、お分かり?」

「うん、君がなぜそんなに自慢げに言うのかはさっぱり分からないけどね」


 俺だってさっぱり分からないから安心してくれて大丈夫。

 それにしても……。


 …………うん、非常にマズイ。


 威勢良く啖呵を切ったのはいいものの……ちょっと相手が強過ぎてどうこうなりそうなレベルとちゃいますな。

 普通に永遠にボコされて終わりですわ。


 しかも面倒なことに、俺がこの魔法を維持しておける時間は最長20分。

 相手と俺にあまりにもレベル差があるから、俺お得意の【無限再生】で時間稼ぎしよう作戦が使えない。

 かと言って、考えなしにこのまま突っ込んでも魔力が尽きるまでに倒せる可能性は限りなく低い。

 

 ま、一先ずやってみるか。


 俺は腰を落とし、剣の柄を握る手を腰辺りまで持ってきて、居合の要領で構える。

 同時に剣へ中級強化魔法と上級強化魔法の重ね掛けを行い、何とか剣を打ち合わせても耐えられる代物へとグレードアップ。

 良い加減巫山戯るのも止めて、小さく呼吸を整えると———。

 


 ———斬ッッ!!



 グググッとふくらはぎのバネを使って駆け出す。

 音を置き去りに、刹那にも満たぬ時間の中で国王陛下達の周りにいる騎士達の眼前まで移動すると……的確に鎧の隙間を縫って、撫でるように首を斬り落とす。

 同時に、後ろで音速の壁を超えたことによるソニックブームが玉座の間を部屋を揺らした。


「!? ぜ、ゼロ君、君は一体———」

「国王陛下、王妃殿下、絶対に背を向けずにアシュエリ様のいる所まで下がってください。俺を邪魔しない相手が腑に落ちません」


 ゴトゴト、と重いものが地面に落ちる音を奏でて騎士達の兜鎧付きの頭が落ちる。

 少し遅れて、思い出したかのように切断部分から大量の鮮血が宙を舞う。


 そんな光景を目の当たりにした……というより突然目の前に俺が現れたことに驚いた様子の国王陛下の言葉を遮って告げる。

 流石一国の王だけあり、余計な質問などは口にすることなく、死んだ騎士の剣を奪いつつ、王妃殿下を連れてアシュエリ様の下へ後退。


 気配が遠ざかっているのを感じた俺は、ドルトリスト達を鋭く見据えた。


「……なぁ、どうして手を出さないんだ? 上級騎士5人を斃した俺が今更モブ中級騎士に手こずるとでも思ってんの?」

「いえ、そういうわけではありませんよ、ゼロ様。ただ———」


 気付けば、目の前にバルバドスが立っていた。

 俺は驚くより先に、反射的に剣を上へと斬り上げる。

 音速を超える剣閃が確実に胴体を斜めに両断する———。

 

 

「私1人で十分だということ他なりません」



 ———スパッッ。


「ッッッッッ!?!?」


 斬ったのは、俺ではなく、全身を濃密な赤黒いオーラで着飾ったバルバドス。

 それは俺のような不完全なモノではなく、完璧な【極限強化グレンツヴィアット・フェアシュテルケン】だった。

 証拠に、咄嗟にバックステップで避けたはずが、俺の脇腹から胸に掛けて、一条の斬撃傷が走っている。

 力が入らない感覚からして、結構いかれた。


「ゴフッ……ま、マジかよ……こんなに差があんのか……」


 追撃してこないバルバドスから視線を切らないようにしつつ、既に半分は治っている傷が完治するのを待つ。

 オーラは紙切れのように意味を成さず、一応付けていたはずの防具は、今の一撃で天に召された。

 

「なぁ、今のってどうやって近付いたん?」

「どうやって、と言われましても……ただ近付いて斬っただけですよ」

 

 なんてことない風に———実際奴には大した事ないのだろう———言うバルバドスに俺は思わず苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。


 おいおい……これは本格的にヤバいって。

 幾ら何でも無理ゲーすぎん?

 俺、まだ騎士になって1年も経ってないんですけど!

 冷静に考えて、そんなぽっと出のひよこ騎士が引退しているとは言え、結構有名らしい老兵に勝てるわけなくね!?


 ただ、このままジッとしていても不利になるのは俺だ。


 完治したのを確認すると共に覚悟を決め———奴のテリトリーに踏み込む。

 自身が出せる最高速度で低い姿勢を維持しながら突っ込み、下から鋭い刺突を繰り出すも。


 ———ギャリィィィィィィ!!


 完璧に剣の腹で受け止められると同時に傾けられ、金属が擦れる音が鳴り、力を完全に受け流される。

 自分の攻撃を完全に見切っていることを理解してギリッと奥歯を噛む俺に、涼しい顔を浮かべたバルバドスが、まるでアドバイスでもするかのように言った。


「筋はいいですが、私と剣術で対等になるには10年は足りませんね」

「……何だよこれ。こんなん無理ゲーですやん」


 そう毒づきつつも、足を止めずに果敢に剣を振るうのだった。









 

「———おかしいですね……幾ら斬っても一向に倒れません。既に致命傷になりそうな攻撃は何度も通っているはずなのですが……」

「へへっ、そりゃあアンタの攻撃がヌルいだけだよばーか! そんな攻撃じゃ俺は一生殺せんぜ!」


 不思議そうに自分の剣と俺を見比べるバルバドスに、顔に威風堂々とした笑みを貼り付けて、口だけは達者に野次を飛ばす。

 しかし実情としては……。



 ———あのぉ……勝てそうにないんですぅ……。



 この一言に詰まっている。

 勝てない勝てないとは言っていたけど……ほんっっっっっとうに欠片も勝てそうな気配がない。


 既にかれこれ10分ほど戦っているわけだが……俺の攻撃は避けられるか簡単にいなされている。

 対してバルバドスの攻撃は、ほぼ全てがモロに直撃し、時たま防げたとしても膂力の差で吹き飛ばされる始末。

 

 ただその代わり、絶対に勝てないが、絶対に負けもしない。

 なんてったって俺には転生特典の【無限再生】があり、俺を欠片も残さず吹き飛ばすには、王城が完全に消滅するくらいの攻撃が必要になるからだ。

 そんなことが出来そうな騎士なんか騎士団長くらいだろう。

 

 ……手も足も出ないとか八方塞がりって、こういう時のことを言うんだね。

 自分馬鹿だけど、実際に受けたんで絶対忘れませんよ。


 というか身体能力もそうだが……そんなモノよりも、純粋に剣の扱いとか身のこなしの差がエグい。

 多分剣術かじった子供が剣聖に挑んでるくらいに差がある気がする。

 

 身体能力も負け、剣術の腕も負け、判断力も劣り、勝てる要素は再生能力のみ。

 …………ほな勝てんかぁ。


 何て、胸中で嘆いてみるものの、無意味なことには変わりない。

 考えるのにも疲れてきたし、自分が思い付く作戦程度、死線を何度も越えてそうなバルバドスには効かないだろう。


 ———と考えた所で、ふと天から一筋の妙案が舞い降りた。


「なぁ、1つ聞いてもいい?」


 剣は構えたまま、俺はバルバドスに問い掛ける。

 そんな俺に一瞬訝しげな表情を浮かべたものの、


「ええ、構いませんよ。一体どんなことが聞きたいのですか?」


 特に問題ないと判断したのか、あっさりと頷いた。

 如何にも余裕綽々といった感じの彼に、俺は確認作業に移る。


「俺って馬鹿だから、身体で覚えて魔法使うんだよ。それでなんだけど……上級強化魔法ってどんな効果だっけ?」

「…………はい?」


 完全に虚を突かれたと言わんばかりに呆けた表情を浮かべるバルバドス。

 まぁ逆の立場だったら俺も同じ顔すると思うが……今の俺にとってはめちゃくちゃ大事なことなのだ。

 どうか教えてくれ。


「そ、そうですね……上級強化魔法は、攻撃や防御など、一種の概念的状態を強化する魔法です。……これで如何ですか?」

「おう、さんきゅーな」


 戸惑うバルバドスに俺はニカッと笑みを返し……確信した。


 上級強化魔法は、概念を強化する魔法。

 それが文字通りの代物であるならば———


「バルバドス! アンタのお陰で、この戦い———一方的な展開じゃなくなった!」

「!?」



 ———魔法である【極限強化グレンツヴィアット・フェアシュテルケン】自体も強化できるはずだ、ということを。



 ただ、もれなく今以上の痛みがハッピーセットの如く無料でついてくると。

 何て傍迷惑なセットなんだ……まぁでも仕方ないから我慢しよう。

 そんで終わった暁にはたくさん休もう。


 そこまで考えた俺は、意識を切り替え———



「アンタに敵わないなら、無理にでもその領域まで飛び越えていけばいいんだよ」



 俺の身体を中心に、魔力の奔流が天へと駆け上がる。

 唐突に魔力を膨れ上がらせた俺に、初めて焦った表情を浮かべて斬り伏せようとしてくるバルバドスの一撃が、魔法発動を中断させるべく、確実に喉仏を狙う。


 ———経験豊富なアンタならそう来ると思ってたよ。


 バルバドスの攻撃より先に動き出していた逆手に持った剣が、凄まじい金属音を鳴らしながらバルバドスの剣を受け止めると同時———。





「«概念強化・対象:戦略級強化魔法【極限強化】»———【固有魔法オリジナルマジック限界突破リミテッドブレイク】」




 

 俺の身体は、限界を越えた。

 

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