第23話 アシュエリ様、羞恥心というものをご存知ですか?
「———アシュエリ様アシュエリ様、これはどういった状況なのでしょうか?」
俺はとある悩みによって酷い頭痛に苛まれる額を押さえ、我が護衛主であるアシュエリ様へと問い掛けた。
すると、彼女はとあるモノを手に、此方を向いて『なぜそんなことを聞くのか?』と言わんばかりに怪訝な顔をしてくる。
「……どういうこと? ゼロの、意図が分からない」
「いやいやいや……何で王女様であるアシュエリ様が自らの足で———ランジェリーショップに行くんですか!?」
そう、今俺は女性物の下着を取り扱うランジェリーショップにやって来ていた。
広さで言えばそこまで広くないが、マネキンに付けられた物から、所狭しとハンガーのような物に掛かった物まで……様々な女性物の下着が並んでいる。
極力見ないようにしているが、チラッと目立たない所に見えた物でさえ高そう。
ば、場違いすぎぃぃぃ……。
こんな場所、彼女が出来てから来るもんじゃないの?
寧ろ彼女出来ても来ない人だって多いんじゃないの?
唯一の救いは店内に客が居ないことだな……。
もちろん始めから知っていればこんな質問はしていない。
急に『ちょっと出掛ける』とかアシュエリ様が言うから慌ててついて行けば……このランジェリーショップに着いたと言うわけだ。
途中で何度もどこに行くのか訊いたが、結局最後まで教えてくれなかったよね。
何て考えながらも肩身狭い思いをする俺に、アシュエリ様がなんてことない風に言った。
「……ゼロに、意見を貰うため」
「さては貴女様は俺に変態のレッテルを張りたいのですね? 俺に変態のレッテルを貼ったところで良いことは何1つないですよ!?」
極力アシュエリ様の顔しか見ないようにして言えば、キョトンとしたのち、ムッと眉を潜めてむくれ顔になると。
「む、違う。ただ、男性の意見を聞きたいだけ」
「下着選びに男の意見必要あります? ないですよね? 御自身の好きな物を選べばいいじゃないですか」
そんな頭の非常に悪いことを宣うアシュエリ様。
もちろん俺は至極当然、世間一般の意見で対抗するも……フルフルと首を横に振ってジーッと俺を見つめながら言った。
「王女は、将来どこかに嫁ぐ。初夜では女が誘うのが慣例。だから、誘惑するための下着は重要」
「俺は一体何を聞かされてるんでしょうか? つまり、将来別の男に見せるための下着を今俺に選べと言うことですよね? 将来の夫になる人も俺もダメージ受けるだけじゃないですか」
男って、男を知らない女が好きだって言うし。
そんな露骨にその男の感性が出る手を使ったら間違いなく不愉快になるだろ。
それに俺は俺で、別の男のために下着を選ぶとか屈辱でしかないんですが。
俺は少し忌々しげな瞳をアシュエリ様に向けるも。
「アシュエリ様、結構俺のこと嫌いですよね?」
「? 話の脈絡が、掴めない」
頭に疑問符を浮かべて首を傾げられてしまい、残念ながら俺の思いは伝わらなかったらしい。
それどころか、俺の前にガーターベルト&Tバックの刺繍やフリルがあしらわれた妖艶さの中に可憐さも組み合わさった黒の下着と、刺繍やレースが施されたワンピース型のベビードールと呼ばれるセクシーな紫の下着を持ってくる。
そのチョイスに、こいつ本当に俺と同い年かとツッコみたくなったが……それより先に目を逸らして胸中で吐露する。
———バチクソにエロいんですけど!?
おいおいマジかよ……こんなえっちぃ下着を超絶美少女から選べって言われるとかどんなご褒———苦行だよッ!
しかもアシュエリ様、引き合いに出して悪いが……エレスディアとは比べ物にならないほどデカい。
エレスディアを出した時点でどこ、と言わなくても良いだろう。
というか、そもそも王妃殿下が超絶スタイルが良いんだから、娘のアシュエリ様もある意味大きくならないはずはないわけで。
この年であの騎士団長と同じくらいのお胸をお持ちとは……つくづくこの世界は不思議でいっぱいだね。
あとエレスディアは……うん、どんまい。
心の中でどこかの誰かさんに手を合わせたのち、覚悟を決めてアシュエリ様に向き直る。
そこには先程と全く変わらない2つの選択肢があって、此方を待つように上目遣いで見つめる
「……どっち?」
「…………スーッ、どっちも買えば良いんじゃないでしょうか」
はい、決断できませんでした。
正直どっちも破壊力凄くて童貞の俺には無理でした。
しかし、俺の苦肉の策ならぬ苦肉の解答がお気に召さなかったらしく、アシュエリ様が少し考え込むように2つの下着を交互に見ると。
「———どっちも試着すれば、いい」
「それだけは国王陛下に殺されそうなのでどうか赦してください」
名案だと言わんばかりに納得げな様子で頷くアシュエリ様に、命惜しさに恥を捨ててその場で土下座した。
結局ベビードールの方に決まった。
「…………疲れた」
無事ランジェリーショップから出て王城に戻った俺は、鍛錬以上の疲労感に、身体に掛かる重力が増えている錯覚まで起こす中、深々とため息と共に漏らした。
俺の疲れの元凶であるアシュエリ様は、絶賛目の前で再び読書をしており……チラッと時計を見たかと思えば、パタンとハ◯ー・ポ◯ターほどの分厚い本を閉じて、ソファーから立ち上がった。
「……シャワー浴びる」
「そうですか。でしたら今直ぐメイドを……」
「……要らない。待つの、面倒」
「いえ、それはダメです。護衛の身としては誰か信頼できる者を……」
俺が毎度のお小言を呈している途中、アシュエリ様が煩わしそうに眉間に皺を寄せて手の平を此方に向ける。
どうやら『ちょっと待って』と言いたいらしい。
仕方ないので俺が話を止めて何かと尋ねると。
「———ゼロと、入る」
「おい、アシュエリ王女殿下の性教育を担当した教師出てこい! 今直ぐ俺が顔面を陥没させてやる!!」
いつもの無表情のまま、羞恥心というモノを知らないアシュエリ様が俺を指差し、それに答えるように俺は熱くなった顔を誤魔化すように大声を張り上げた。
もう我慢の限界である。
「……性教育は、8歳で受けた。その時の教師は、居ない」
「性教育が早すぎるわ! その時は大凡異性への羞恥心は存在しねーよ! 俺はやり直しを要求するぞ、今から国王陛下にアシュエリ様の性教育のやり直しを要求してくる!」
ほんと、1度娘の痴態を国王陛下にも知ってもらわないといけない。
こんなどこの馬の骨とも知らぬ男と一緒に風呂に入ろうなどと宣う馬鹿王女は、断じて存在してはいけないのだ。
そんな本気で国王陛下に直談判しに行こうとする俺を見たアシュエリ様が、相変わらず表情を変えること無く、けれど拗ねたような声色で呟いた。
「……ゼロ、付き合い悪い……」
「悪口、罵倒、幾らでもどうぞ! それだけで死を免れるなら安いもんですよ!」
俺は大急ぎでメイドを呼び寄せたのち、メイドにしっかりアシュエリ様をガッチリと掴んでもらって向かわせた。
結局最後まで不本意そうにしていたアシュエリ様を本気で心配していると。
「———ゼロ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
突然後ろから誰かが話し掛けてくる。
その声は、火照った俺に冷水をぶっかけたかのように、心底ゾッと背筋を凍らせるモノで……俺は反射的に叫んでいた。
「俺は何もしていません! 断じて、アシュエリ様とふしだらなことは何1つとしてやっていません!!」
「な、何をおっしゃっておるのでしょうか……?」
「あ、違うのですか? なら一体俺にどんな御用で?」
俺はホッと安堵に胸を撫で下ろすと共に、声の主———執事長へと首を傾げた。
そんな俺に、執事長は険しい表情でそっと身を寄せると。
「———少し、お話があるのです」
そう小さく耳打ちしたのだった。
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