第22話 軟化
「———なぜ、このような奇行に走った?」
「ムカついたからです。気付いたら顔面を殴ってました」
アシュエリ様を連れて王城に戻ってきた俺は、王城のとある一室で二者面談の如く目の前で難しい顔をしながら問い掛けてくる国王陛下にビシッと背筋を伸ばして答える。
嘘は言ってない。
物凄く女マウントを取られてイラついたのは事実だもん。
「……何度も殴ったと報告にあるが?」
「物凄くストレスが溜まってたので、『1度殴ったなら2度も3度も4度も変わんねーよな!』という画期的な考えの下、ストレス発散も兼ねて殴りました」
「…………」
ドン引きした様子で『何を言っているんだコイツは』的な顔をする国王陛下。
良く分かる。
俺も立場が逆なら同じ感じの反応をしただろうから。
「……ドルトリストからは『此方に非があるから、どうか彼の者に処罰はしないで欲しい』との書状が届いている。余の預かり知らぬ所で、一体何があったのだ?」
マジかよ、あのクズ男の父親なのにどうしてそんなに心優しいんだよ。
絶対あのクズ男のクズさは母親譲りだろ、母親知らんけど。
それはそうと……どこまで話したものか。
「そうですね……婚約者であるアシュエリ様の前で『俺様にはテメェ以外にも女が無数にいる』や『王女? 正妻? そんなの知らねぇ。どいつもこいつも俺様の女で性奴隷に変わりねぇんだからな!』と言ってました。アシュエリ様はずっと耐えてたんですけど、それにも腹が立って……気付いたらぶん殴ってました」
「良くやった」
「ええ分かってます、俺が悪———……え?」
俺は驚いて国王陛下の顔をガン見してしまう。
そこには———表情こそ変わらないものの怒りのオーラを滲ませ、威圧感がマシマシとなった国王陛下の姿があり……その圧に負けてそっと目線を机に移動させた。
こ、怖いって……ガチギレじゃん。
確かに自分の娘があんなこと言われたらブチギレるのも分かるけど……それを俺の前でするのはやめて……!!
普通に怖すぎて顔見れないから!
「……ゼロよ」
「は、はっ、如何なさいましたでしょうか?」
「……余はそなたを護衛騎士にして良かったと思っている。アルベルトと言ったか……その者は全治どのくらいなのだ?」
「えーっと……結構ボコボコにしたので、回復魔法を使わなければ2か月は痛みで寝れない日が続くかと」
俺が未だ机に目を伏せたままそう告げると。
「……そうか、本当に良くやった。後は余の方から正式に抗議文を送る。その馬鹿は本来ならば死刑にしてもよいのだが……そなたがそれなりの重体にさせたことと、ドルトリストの功績に免じて1年の謹慎処分とするつもりだ。それともちろん婚約話は白紙、2度と我が娘に近付かせはさせん」
国王陛下は言葉の1つ1つに常人なら気絶しそうなほどの怒気と覇気を纏わせ、その場で紙に万年筆で書き始めた。
その間、俺はひたすらに冷や汗をダラダラ流しながら沈黙を貫く。
やばいやばいやばいやばい。
どんどん怒りのオーラが大きくなってるって!
そろそろサ◯ヤ人なら超サ◯ヤ人化してるって!
少しして、抗議文というか勅命の書状が書き終わったのか、万年筆を置いた国王陛下がこちらに手を差し出してくる。
意図が分からなくて固まっている俺に、国王陛下が笑い掛けると。
「———これからも、我が娘をよろしく頼む」
そう言って、固まる俺の手を強く握ったのだった。
「———ただいま、戻りました……」
一時的に俺の代わりにアシュエリ様の護衛に付いていた精鋭騎士の人と交代したのち、俺は疲れを吐き出すように扉を開けた。
部屋の中では、珍しく周りに本を一切置いておらず……何なら部屋の全カーテンを開け放ってベッドの上に腰を下ろしたアシュエリ様の姿がある。
彼女は俺の方に目を向けると。
「……お疲れ様」
相変わらず抑揚の声ながら、僅かに目元を緩めた。
伊達にこの1週間ずっと一緒にいたわけではないので、アシュエリ様の変化に戸惑いを隠せない俺へ、彼女から話し掛けてくる。
「……お父様は?」
「えーっと……俺があのクズ男の王族軽視発言を暴露してやったら、物凄くお怒りになられて、抗議文を送るとおっしゃっていました。あのクズ男との婚約の話は白紙、2度とアシュエリ様に近付けさせない、とのことです」
「……そう」
たった2文字と短い言葉だったが、僅かに緩んだ口元を隠すように窓の方を向いたのを見るに、喜んでいる様だった。
俺なら『よっしゃああああああああザマァねぇなぁあああああ!!』ってな感じで狂喜乱舞しそうだが……これが王族と平民の違いか。
教養レベルが違いますね。
「…………」
「あ、あの……どうしたのでしょうか?」
何を言うのでもなく、ただジーッとこちらに無機質な瞳を向けてくるアシュエリ様の視線に耐えきれず、俺が問い掛ければ。
「……あのことは?」
「あ、あのこと……? あぁ、あの何か俺の知らない話のことですか?」
「そう。それ、言ったの?」
嘘は許さないと言わんばかりに目を細めるアシュエリ様。
確かにあの話の時は物凄く動揺してたし……相当誰にも言われたくて掘り起こされたくもないのだろう。
ええ、ええ、分かってますとも。
俺は相手の気持ちを慮ることが出来るようになったのだよ!
「もちろん言ってませんよ? あのクズ男にも言った通り、隠しておきたい秘密の1つや2つは誰にでもあるでしょうし。俺は今のアシュエリ様と接しているので、その話が過去の話であれ何であれ、俺にはこれっぽっちも関係ない話ですね」
「…………」
だから安心してください、とばかりにドヤ顔と共にサムズアップを決めた。
ふっ……どうよ、この俺の気遣い。
我ながら完璧なモテ男ムーブだったと胸を張って言えるぜ!
何て、内心鼻高々に高笑いする俺だったが……アシュエリ様が如何にも驚いたという様子で俺を見ていることに気付き、反射的に口を開いた。
「あの……何ですか、その『こいつ、そんな気遣いが出来る人間だったの!?』的な視線は?」
「…………」
「アシュエリ様アシュエリ様。そんな露骨に『何で私の考えていることが分かった!?』的な顔しないでください!? 俺ってそんなに人の心がないゴミ人間だと思われてたんですか!?」
「……初日に、私のことを考えずに戻ってきた」
ちょっと待ってくれ。
いや確かに『嫌だ何だと言われようが〜』的なことは言ったよ?
でもそれはしょうがないじゃん。
開幕1時間でクビの危機になった俺の気持ちにもなってみてよ。
「あれは仕方なかったんです。出会って早々クビにしようとしたアシュエリ様も悪いと思いますよ?」
何てジトーっとアシュエリ様を眺めていると。
「……ん、私が悪かった。謝る。今までのことも、全部」
相変わらずの無で着飾った表情で、そんなことを言ってくるではないか。
当然ながら、今まで俺に謝るどころか常に邪険にしていた人が謝るという緊急事態に俺の全細胞がけたたましく警鐘を鳴らす。
何か裏があるのではないかと、アシュエリ様をジロジロと観察してしまう。
そんな突然ビシッと固まったかと思えば、誰でも分かるくらいに挙動不審になった俺を見たアシュエリ様は。
「……だから、これからも私の護衛でいて。———ゼロ」
この時、この時だけは。
今までの諦観も無表情も崩して。
初めて俺の名を口にすると共に———大人びた穏やかな微笑みを浮かべていた。
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