第21話 未来のことは未来の俺に丸投げするタイプ

 嫡男の名前をアルベルトに変更しました。

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「———チッ……仕方ねぇからテメェを俺の正妻にしてやる。精々歓喜の涙の池に膝を付いて感謝しやがれ」


 エンゼゲイン家の嫡男———アルベルトが、父親譲りではなさそうなくすんだ金髪に息を吹き掛けて弄び、濁った碧色の双眸でアシュエリ様をつまらなそうに見つめながら言った。

 

 ………………。


 率直に言おう、断言しよう。

 まだ出会って数分……いや1分も経っていないが、もう俺の彼に対する評価は完全に終わった。

 これ以上評価の変動がないと自信を持って頷ける。



 ———この嫡男……ド屑だ。



 もうね、俺が霞むレベルのド屑。

 女の後ろにも躊躇なく隠れる俺でさえ、こいつ本当に同じ人間なのかよ……とドン引きするくらいの生粋のド屑。

 ここまで増長する奴がいるなんて見たこと無い。

 修練施設のアーノルドが可愛く見えるもんね。


 多分だが、当主で父親のドルトリストはこの男の本性を知らないのだろう。

 腐ってても智謀家と名高い当主の息子なのだから、家族を騙すことくらい出来るのかもしれない。


 そりゃアシュエリ様も行きたくないって言うよ、てかごめんね無理矢理行かせて。

 俺だってこいつに会うくらいなら、臭い泥の池に全身浸かる方が遥かにマシだわ。

 

 因みにだが、俺以外にアシュエリ様と一緒に来ていたメイドや近衛兵達は、総じてアルベルトによって追い出された。

 俺だけは王命をチラつかせて残れたが……あの時陛下が貴族達の前で宣言をしてくれて本当に良かったと唯一思った瞬間だ。

 

「おい、何か言ったらどうなんだ? この俺様がわざわざ王位にも就けん無愛想な女のために時間を使ってやっているんだよ。有り難いと思わないのか?」


 ……あの、殴ってもいいかな?

 多分、今の俺はアシュエリ様の専属護衛だから、公爵の嫡男を殴ってもギリ許されると思うの。


 何てうっかり飛び出そうな拳を我慢して、眉を吊り上げて何故かキレそうになっているアルベルトへ俺が冷たい視線を送り、流石に苦言を呈そうと。


「……申し訳、ございません」


 俺が口出しする前に手で抑えられ、逆にアシュエリ様が頭を下げたではないか。

 いつもの堅牢な無で覆われた表情を一切乱さず、いっそ優雅さすら感じる所作でゆっくりと頭を下げた。

 これには流石の俺も驚いて目を見張り、アシュエリ様をジッと眺める。

 しかし、直ぐに彼女が頭を下げた理由が思い当たった。


『余が信頼しているドルトリストの息子だ。仲良くしなさい』


 そう、父親である国王陛下が、優しげな表情でアシュエリ様に言っていたのだ。

 無表情で感情がそもそもあるのかすら怪しい彼女だが……家族のことは大切に思っているらしかった。


 それ故に強気に出れないのが苛つくな。

 俺が騎士団長くらいの圧倒的な武威と階級なら制裁パンチを食らわせてやるんだけど。


 ただ、俺の護衛対象で上司の彼女が我慢したのだ。

 臣下の俺が我慢しないわけにはいかない。


「……愛想のない女はこれだから面白くない。顔も身体も極上なんだが……まぁその内俺様に媚びへつらうようになるか。どんな女も俺様にかかれば雌豚に変わりないからな!」


 そう言うと、大柄で筋肉質な身体を震わせてゲラゲラ笑う。

 アシュエリ様に向ける不躾な視線は、もはや隠そうという努力が微塵も見られなかった。


「…………」


 失礼極まりない視線を受けながらも、何も言わず無表情を貫くアシュエリ様。

 そんな彼女の様子に気を良くしたのか、はたまた気を悪くしたのか知らないが、アルベルトが自慢気に饒舌に話し始める。


「そもそも俺様は女に困ってないんだ。俺様に夢中になった女は両手じゃ数え切れねぇ。その中には結婚前の貴族の娘もいたか? 随分と頭の回る奴だったが……俺様には敵わず、今では俺様の奴隷と変わんねぇ」


 ……こいつは一体何を言いたいのだろうか?

 正直ただの自慢話にしか聞こえないんだが……それを話して何になるん?

 

 何て訝しげに見る俺を他所に、アルベルトはアシュエリ様に視線を固定させたまま仰々しく腕を広げて語る。

 

「テメェも俺様の女になったらソイツ等と同じ扱いだ。王女? 正妻? そんなもん知らねぇ。どいつもこいつも俺の女で性奴隷に変わんねぇんだからなぁ! ———てかテメェも災難だなァ?」


 どこまでも此方の神経を逆撫でする不快極まりない言葉を吐き続けていたアルベルトだったが……突然笑みを消して、どこか同情的な視線を飛ばした。

 その言葉にアシュエリ様の身体が僅かに震えた気がした。

 

 しかし俺は今まで貴族関係と全く縁がなかったので、何を話しているのかさっぱり分からず眉をひそめるしか出来ない。

 そんな俺を見て、アルベルトが笑みを深めると。


「何だァ? 専属護衛のくせに知らねぇのか? ハッ、まぁ元平民なら知らねぇのも無理はねぇか。いいぜぇ、教えてやる。この女はなァ———」


 何かを言おうとしたアルベルトを、今まで見たこと無いくらいに焦燥に駆られた様子のアシュエリ様が席を立って声を上げる。


「ま、待っ———」

「テメェは黙ってろッッ!! 俺様はこい———ぶペッ!?」



 ———バキャッ!!



 アシュエリ様の言葉を遮るように怒号を上げるアルベルトに———俺は笑顔で制裁パンチを食らわせた。

 情けない声を上げて後ろに跳ねたアルベルトを眺め、


「ふぃぃ……いやぁスッキリしたぜ。やっぱ我慢するのは性に合わないなぁ」


 俺は一仕事終えたかの如く額の汗を拭う仕草を真似した。

 そんな俺の奇行に、アシュエリ様は瞠目して俺を見たまま固まっている。


 おお、久し振りにアシュエリ様が驚いてる顔見たな。

 確か初日の自己紹介やり直し以来かな……もう1週間も経ってるマ?

 意外と時間進むの速ぇ……。


 何てアシュエリ様の顔を見て初日のことを思い出していると。


「テメェゴラァ!! 自分が何をしたのか分かってんのかァ!!」


 血が流れる顔面を押さえながら殺意と敵意マシマシの視線を俺に向けてくる。

 そんな憤怒に染まるアルベルトに向け、俺は心底意味が分からないといった様子でキョトンとした様子で小首を傾げた。


「何言ってんの? 分かってるに決まってんじゃん。え、もしかして俺が自分の行動も分からない脳みそなし人間とか思ってらっしゃる? うわぁ、超傷付いたんですけど。精神的ショックを受けたんですけど! ほら謝って! 謝ってくれたら慰謝料金貨100枚で赦してあげるから」

「こ、このクソガキィィィィ……!!」

「え、何だってぇ〜? てか同じガキに言われても……ねぇ? 悪いんだけど20年後に出直してきてくれない? あ、でもその時は俺も30過ぎてるしガキなんて言われる筋合いねーわ。ププッ、一生俺をガキって馬鹿にできなくてかわいそー」


 更に怒りで顔を歪めるアルベルトに俺が口元を手で押さえてニヤニヤと笑いながら一歩近付けば……尻もちを付いた彼が一歩後ずさって唾を飛ばして言う。


「て、テメェは知りたくねぇのか!? そこの女が———」




「———興味ないね」

 



 俺はにべもなくバッサリと切った。

 事実、本当に興味なかったし……。


「誰だって隠したいモノはあるのよ。それを相手が嫌がっているのに、わざわざ聞きたいと思うほど性根は腐ってないね」


 俺だって、転生者で転生特典に【無限再生】っていうちょっと残念なチート能力を貰った、何て大きな隠し事があるわけだし、誰だって隠したいモノがあるのは一緒。


「それじゃあ……もう何発かいっとく?」


 俺がニヤッと笑みを浮かべて拳をギュッと握ると、露骨に狼狽えた様子のアルベルトが負け犬の遠吠えの如く叫ぶ。


「ま、待て! 俺様は公爵家の次期当主だぞ!? 平民で中級騎士でしかないテメェがこんなことして———」

「残念。俺って未来のことは未来の俺に丸投げする性分だから、いつも後先考えないのよね」


 なんてことない風に俺が言えば、アルベルトが顔面を蒼白させて後退る。

 そんなアルベルトに、俺は高らかに言い放った。




「———ってことで、今まで溜まったストレスの発散といこうじゃないか!」


 

 

 

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