第20話 初の仕事

 ———ゴリ押しで護衛騎士になって早1週間が経ったわけであるが……正直言って、アシュエリ様は俺が思った以上に問題が多かった。


 注意しても新しく入ったベッドで寝ないのはもちろん、起きる時間は早いくせに朝ご飯と昼ご飯はほとんど毎日食べない。

 どれだけ言い付けてもトイレや入浴の際にメイドの1人も付き添わせないし、入浴に関しては俺が言わないと入ろうともしない始末。

 何ならそもそも1日中部屋の外に出ようとしないのだ。

 では部屋に籠もって何をしているのかと言えば……部屋に溢れ返った様々なジャンルの本を虱潰しに読んでいる。


 また、メイドの話にでは、王族としての教養はまさしく天性の才能を遺憾なく発揮して既に全て履修済みと言っていたが……それはあくまで座学に限った話。


 武学に関しては一切受けようとしないらしい。

 武術も魔法も。

 王族なので絶対に才能はあるはずなのに……と魔法と武術の教師が嘆いていた。


 まぁ簡潔に纏めれば———俺の言うことなどてんで聞いちゃくれないのである。



「———と、言った具合なわけよ。流石の俺もお手上げですぜ」

「そ、それは……う、噂以上ね……」



 アシュエリ様がメイドを連れて(俺が無理にメイドを連れて行かせた)入浴をしている傍ら、偶々出会って俺の話を聞いていたエレスディアが頬を引き攣らせて唸る。


 彼女は修練施設に戻らず、精鋭騎士達と共に鍛錬をしているらしい。

 今ではすっかり精鋭騎士達の間で、騎士団長との二大アイドルとしての地位を確立しているのだとか。

 もちろん当の本人は『アイドルとか巫山戯るんじゃないわよ。こっちは真剣に鍛錬しているのに茶化してくるのが腹立つわ。……階級の差で言えないけど』と苦々しい表情で今の今まで愚痴っていた。


「というか、アンタは今も職務中でしょう? 私と話しても良いのかしら?」

「ん? まぁ良いんだよ。一応話しがてら意識を周りに張り巡らせてっから」


 それ以外にこの間に出来ることはないし、と肩を竦める俺に、エレスディアが何か納得した様子で相槌を打つと。


「……あぁ。道理でいつもの煩さがないのね。アンタが何もしてない状態で普通に会話できるわけないもの」


 完全に俺をディスっているとしか思えない台詞が飛んできた。

 その言葉に俺はヒクヒクと頬を痙攣させる。


「ねぇ、最近会えてないけど口撃力上がってない? てかお前の中での俺の人物像はどんな狂人なんだよ」

「え? 狂人でしょう?」

「誠に遺憾です! 訂正を、訂正を要求する! 仕事に熱心で真面目な好青年に訂正しろ!」


 何を当たり前なことを、と言わんばかりに小首を傾げるエレスディアに、俺はすかさず噛み付く。

 しかし返ってくるのは呆れを多分に含んだ半眼と……。


「———はっ、寝言は寝て言いなさいよ」

「こいつマジで酷すぎんか」


 鼻で笑い、こちらを馬鹿にしたような言葉だった。

 それに対して思わず真顔で返してしまったのも仕方ないと思う。

 そんな俺に、今度は何処か安心したような微笑みを浮かべたエレスディアが、


「ふふっ、元気そうで良かったわ。まぁ、アンタも頑張りなさい。それと……幾ら護衛騎士になったからって、護衛対象だけじゃなくて自分の身もちゃんと守るのよ」


 忠告とも取れる激励の言葉を掛ける。 

 少し驚いた俺が彼女の顔を見つめれば……先程とは一変して、普段の勝ち気な笑みを浮かべており、決意に満ちた瞳を向けていた。



「アンタが護衛をしている間に、直ぐアンタを超えて見せるわ。もうアンタに守ってもらわなくても大丈夫なように。寧ろ、私がアンタを守ってあげるわよ?」



 力強く、絶対的な自信の籠もった言葉に俺は呆気に取られ……直様取り繕うようにフッと笑みを受かべた。


「……そりゃこっちこそ願ったり叶ったりだな。もしもの時は全力でお前の後ろに隠れさせてもらうぜ!」

「ええ、そうしなさい。アンタには借りがあるもの」


 それじゃあまたね、と彼女は軽く手を振って廊下を歩いていった。

 その様子を眺めたのち。

 

「……俺も、頑張るとしますかね」


 これから始まるとある出来事に向け、小さく呟いたのだった。









「———アシュエリ様、到着いたしました」

「……分かった」


 エレスディアと話した次の日。

 俺は、アシュエリ様と数人のメイド、近衛兵達と共に……とある貴族家にやって来ていた。

 その貴族家と言うのが。


「わざわざお越し頂き感謝申し上げます、アシュエリ様。私はエンゼゲイン家の当主を務めております、ドルトリスト・フォン・デュヴァル・エンゼゲインと申します」


 この国にある2つの公爵家の1つ———エンゼゲイン家だ。

 国王陛下も懇意にしているという智謀家らしく、貴族にしては珍しくスキャンダルというスキャンダルがない……稀有な存在でもある。

 平民の俺でも『エンゼゲイン家の領民は羨ましい』という言葉を聞いたことがあるくらい平民達にも慕われていた。


 また、王族とも僅かながら血が繋がっている。

 その証拠に、目の前のエンゼゲイン家当主のドルトリストは、王族の血筋の証である金眼を持っていた。

 それに加え、馬車から降りた俺達を門の前で待っていた彼は、綺麗に整えられた翠玉エメラルドのような髪を持ち、貴族の中でも頭抜けた端正な顔立ちには人当たりの良さそうな柔和な笑みを浮かべている。

 体格は智謀家というだけあって線は細く頼りないが……柔和な瞳の奥に俺を見定めるような思惑がある気がしてならない。


 ……流石公爵家の当主ってわけね。

 何か面倒そうだしこの人の前では気をつけないとな。


 何て思う俺を他所に、俺から視線を切ったドルトリストが親しげにアシュエリ様に話し掛ける。


「実はアシュエリ様には何度か会ったことがあるのですよ? といっても随分と小さい時にお会いしたくらいなのですが……」

「……ごめんなさい、あまり覚えてません」

「いえいえ! 本当に小さい時ですので覚えていらっしゃらないのも無理はない! さ、立ち話はなんですし、どうぞお入りください」


 そう言ってメイド達に玄関の両開きの扉を開けさせて、俺達を招く。

 アシュエリ様は豪奢な豪邸を前にしても終始無表情を貫いていた。

 

 まぁ……普段から王城に住んでたら今更驚きもないか。

 俺は一向に慣れないけど。

 

 必死に辺りに視線を巡らせたい気持ちを抑え、悠然と闊歩するアシュエリ様の後ろを歩いていると。



「———こちらに私の息子……アルベルトがいます。私がこの場に居ては話しづらいでしょうから、私はこれにて失礼させていただきます」


 

 ドルトリストが1つの部屋の前で立ち止まり、相変わらず柔和な笑みを浮かべたまま頭を下げてどこかに消えていった。

 

 そう、今回この屋敷に来たのは———アシュエリ様の婚約者として推薦されたエンゼゲイン家の嫡男であるアルベルトに会うためだ。

 ことが決まったのは僅か数日前だが……少し早足ながらこうして会いに来たわけである。


 ……はぁ、まさか連れて行くのにあんな大変だとは思わなかったな。

 『……いかない。誰に何と言われようといかない』とかほざきやがって……そのせいで陛下が苦言を呈しに来た時は心臓が飛び出るかと思ったわ!


 ただ、お陰でこうしてアシュエリ様を動かすことが出来たので結果オーライ……ではないな、うん。


「アシュエリ様、開けますよ?」

「……分かった」


 俺が問い掛ければ、無機質な瞳をコチラに向けてコクンッと頷く。

 その姿を確認したのち、ノックをする。


『……誰だ?』

「アシュエリ様の専属護衛を務めさせていただいてます、ゼロと申します」

『……ふんっ、とっとと入ってこい。時間も守れないのか?』


 まさかの返ってきた言葉は不機嫌さが滲み出た厭味ったらしい台詞。

 別に時間も遅れてないので……これには俺もメイドや近衛兵達も顔を顰める。


 おいおい……こいつ大丈夫か?

 普通にあの当主の息子って信じられないんですけど。

 もしかして昔の当主も結構傲慢だったの?

 それとも母親譲り?


 何て堂々巡りになりそうな思考を中断し、俺は嫌な予感をひしひしと感じながらも……逃げることは出来ないので、仕方なしに扉を開けた。


 

 案の定、この後直ぐに嫌な予感が的中することになるのだった。

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