第19話 前途多難過ぎる初日

 ———平民出の中級騎士が、この国唯一の王女、アシュエリ・フォン・デュヴァル・アズベルトの専属護衛騎士となった。

 その発表は貴族達を大いに困惑させ、場が騒然となったのは想像に難しくない。


 そのため当然と言えば当然だが……謁見はあの後、有無を言わさぬ覇気の籠もった国王陛下の言葉で貴族を黙らせてお開きとなった。

 更に、俺はエレスディアとは別に、メイドの少女に連れられて王城のとある一室に招かれたのだが……予想外なことに、その部屋には誰もいなかったのだ。


「……どこだよ、ここ……」


 シンと静まり返った部屋の中、手持ち無沙汰になった俺は部屋の真ん中に置かれたソファーに腰掛けて困惑と共にジッとしていると……。


「…………」


 メイドによって扉が開かれ、1人の美少女が入ってくる。

 とても15歳とは思えぬ諦観を滲ませる、金髪に碧と金の瞳を持った美少女———アシュエリ・フォン・デュヴァル・アズベルトは、ソファーに座る俺の存在を瞳に映すと、僅かに瞠目した。

 しかしそれも一瞬のこと。


「……ごきげんよう」


 表情を一切変えること無く、俺を見ているようで見ていない瞳を向け、ドレスの端を持って礼をした。

 流石の俺でも立場が上の者に先に挨拶をさせてしまったことに、表面には出さないが、失敗したと内心顔を歪める。


「先に名乗らせてしまいすいません。申し遅れましたが、ゼロと申します。初めまして、アシュエリ・フォン・デュヴァ———」

「……長いから、アシュエリでいい」


 抑揚のない平坦な声と共に、ジッと無機質な瞳を向けられる。

 どうやらこの王女様は感情の起伏が少ないらしかった。

 俺としては非常にやりにくい相手である。


「しょ、承知いたしました。では今後はアシュエリ王女殿下と呼ばせて頂きます」

「ん」

「…………」

「…………」


 急募、急募!

 今まで無口系の人と話したこと無いから会話の続け方が分かりません!

 エレスディアを、ツッコミ要員のエレスディアの召喚を許可してください!

 気まず過ぎて嫌な汗しかかきません!


 何て必死に心で祈っていても、叶えてくれるほど現実は甘くないことを知っているので、一先ず気になっていることを尋ねてみることにした。


「えっと……この部屋は一体どういった場所なのでしょうか……?」

「……私の部屋」

「べ、ベッドは……?」

「要らない。本を読みながらソファーで寝る」


 わぁお……超個性的な王女様ではないですか。

 いやまぁ寧ろ堅苦しくなくて良い……のか?


「…………」

「…………」


 沈黙が支配する部屋の中で、お互いに視線だけは飛ばして何をするわけでもなくソファーに座っているこの状況。

 前世も合わせて1番気まずい状況だった。


 うぅ……気まずいよぉ……。

 てか功労者のはずの俺が何でこんな罰ゲームみたいな目に合わなきゃならんのよ!

 ああもう、何か考えるの面倒臭くなってきたな。

 そもそも俺は難しく考えるのが嫌いなんだよ!


 俺は大きくため息を吐き……不敬やらどうやら考えるのを辞めた。

 ビシッと姿勢を正し、唐突に雰囲気が変わった俺に、僅かながら無機質な瞳を揺らしたアシュエリ様に言った。


「アシュエリ王女殿下……いやアシュエリ様、最初に言っておきます」

「……なに?」

「俺は、頭があんまり良くありません。それに平民出で作法とか敬語とかさっぱり分からないので、自分なりに接していきたいと思ってます。なので……これから嫌なことがあれば言ってください」

「……なら、1つある」


 そうアシュエリ様は感情の読み取れない顔をこちらに向けたまま、




「……帰って。私に護衛は要らない。お父様には、私から言っておく」

 


 

 まさかの就任1時間にして、俺にクビを宣告した。









「———……ええぇ? この場合どうなんの? 俺が悪かったって処刑でもされんのかな?」


 有無を言う余裕もなくアシュエリ様から部屋を追い出された俺は、混乱のままに廊下で突っ立っていた。

 流石に嫌なことを言えと言った途端『お前はクビ。出てけ』なんて言われるとは思わなんだ。

 

 ……俺、何か嫌われることしたか?

 もぉおおおおこれだから女って生き物は理解不能なんだ!

 何なん、何もしてないのに嫌われるとか意味不明だわ!

 もしかしてイケメンじゃないから生理的に受け付けないとか?

 …………はっ、顔面に右ストレートぶち込んだろかコラッ。


 一頻り胸中で愚痴を吐きまくったのち……面倒だが思案する。


 多分本気でアシュエリ様は国王陛下に言って、俺をクビにするつもりだ。

 まぁ思春期に入ったくらいの年齢で見ず知らずの他人……それも男である俺が近くにいるのが嫌だ、というのも分からんでもない。

 だが、あの国王陛下の強引さを鑑みるに……俺が護衛騎士をクビにされることは無い気がする。


 だって、貴族の国王への不信が膨れ上がれば、それこそ国を分断する内乱に発展してもおかしくないのだ。

 それなのに貴族達に何の説明もせず黙らせたのだから……それ相応の意味があると見ていいだろう。


 …………うぅーん、分からん。


 そもそも一国の国王である人の考えを測ろうとしたのが間違いだったわ。

 俺程度の頭脳で思い付くわけ無いじゃん。


「はぁぁぁぁぁ……マジでどうしようかなぁぁぁぁ……」


 俺は扉の前で頭を抱えてしゃがむ。

 前途多難だろうとは思っていたが……まさかここまでとは流石に思っていなかったのが本音だ。

 そんなことを考えていて……ふと思った。

 

 ……てか、何でこんな悩んでんだよ。

 寧ろ俺からしても面倒なことが減るんだし良いことじゃん。

 ウィンウィンの関係で良いじゃん。

 そう、良いはず、なのに……。


「……ちっ」


 ———引っ掛かるのだ。

 喉に刺さった小骨のように、無性に気になってしまう。



 あの———諦観……全てを諦めたかのような彼女の様子が。



 ……まだ15歳のくせに辛気臭い顔すんなよ、こっちだって調子が狂うだろ。

 そういうのは馬車馬の如く働いた社畜が、一生こんな生活なのかな……って思った時くらいしか使っちゃいけないのよ。

 

 ということで。


 俺はもう色々と吹っ切れたので、バンッと力強く扉を開け放つと。



「———失礼しまーすアシュエリ様! 今日から護衛騎士となった王国随一の期待の超新星、ゼロでぇーす! アシュエリ様が嫌だ何だと言われようが、護衛騎士の仕事を務めたいと思いまぁーす! なぜなら———王命は王女様のわがままよりも強いからでーす! 諦めてくださぁぁぁい!」

「……っ、何で……」


 

 大きく目を見開いて息を呑むアシュエリ様に、腰に手を当てて大胆不敵な笑みを返しながら告げる。

 そんな俺の姿に、彼女は今までにないくらい露骨に顔を顰めた。

 完全に想定外、俺の行動が意味不明、なぜ戻ってきたのか……色々な感情が渦巻いている、そんな顔だ。

 まぁそんなの俺には大して関係ない。


「ということなので、基本入浴やお花摘みの時以外はお供させてもらいます。もちろんお花摘みの際はメイドの方に……」

「ま、待って……!」


 1人で一方的に話を先々進める俺に、アシュエリ様が慌てて待ったを掛ける。

 流石に王女様の言葉を無視するわけにはいかないので、仕方なく口を閉じた。


「……何ですか?」

「な、何で……私は、帰ってって言った」

「俺はもう遠慮しないと決めたのですよ。アシュエリ様はこうでもしないと取り合ってくれそうにないですし」


 俺が至極真面目な顔で答えれば、一瞬俺の言葉に呆気に取られていたアシュエリ様だったが、直ぐに不快感を滲ませて口を開いた。



「———今直ぐ、帰って……!!」

「だが断る」



 俺も俺で傲慢不遜に某有名漫画の台詞をノータイムで繰り出した。

 秒速で断られたアシュエリ様は、面白いくらいに面食らった様子で後退る。


 ふふふふふ……決まったぜ!

 いやぁ、1度でいいから使って見たかったんだよな!


 何て内心テンションを上げる俺を他所に、グッと唇を噛んだアシュエリ様は。


「……もう勝手にして」

 

 遂に諦めたらしく、初めて会った時のような無表情に戻ってソファーに座る。

 対する無敵状態の俺は『なら勝手にさせてもらいますね』と嬉々として、対面のソファーに座り直したのだった。



 こうして、前途多難な俺の護衛騎士の仕事が始まりを告げた———。

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