第18話 謁見

「———はぁぁぁスッキリした」

「……アンタ、騎士団長に物凄く睨まれてたわよ」


 ロウ教官から鎧を頂戴して用がなくなった騎士団本部を出て、馬車で王城へと向かう道中。

 そこそこ顔が整っているはずの俺を不細工呼ばわりした女へと仕返しが出来て気分爽快な俺に、エレスディアが肝が冷えるようなことを言ってくる。


「え、マジ? 道理でずっと心臓がキュッてしたんだな」

「ふんっ、まぁあんなことを言ったのだから当たり前よ」


 いやまぁあの後団員の方々にも揶揄われてたから怒るのも当たり前なのか?

 でもアイツが悪いから反省はしてない……ってそれよりも。


「あ、あの……何でこっちを全く向いてくれないの……ですか?」

「ふんっ、分からないならいいわよ」


 俺からすれば、さっきからずっと不機嫌と言うか素っ気ないエレスディアの様子の方が気になってしょうがない。

 今だって話してるのに、顔どころか目すら向けてくれないのである。

 そのため非常に気まずい。


「……ロウ教官、何でエレスディアが怒ってると思います?」

「それは———」


 俺とは違って原因が分かるらしいロウ教官が何か言おうとした瞬間。


「ロウ教官、もしこの馬鹿に教えたりしたら、ドンナート家が敵に回ると思ってください」

「おいガチすぎんだろ、ロウ教官を脅すなよ! ほら、ロウ教官も『もう何の質問も受け付けん』とでも言わんばかりに腕組んで目を瞑っちゃったじゃん!」


 エレスディアが今まで見たこと無いくらい冷徹な瞳で、あのロウ教官を睨み付けた。

 そのせいでロウ教官は完全に外音をシャットアウトしてしまった。

 元々さっぱり分からない俺にとって、唯一の手掛かりが口を噤んだので完全に手詰まりになったのは言うまでもない。


「もぉおおおおお言いたいことがあるならそう言えよ面倒臭いなぁ!」

「なっ!? め、面倒臭いですって!? アンタねぇ……言ってはいけないことがこの世にはあるのよ!!」


 俺が多分全人類の男が思っているであろうことを素直に言えば……エレスディアが流石に聞き流せないとばかりに、此方を向いて眉を吊り上げながら言い返してきた。

 ただ、今回は全力抗争する所存だ。


「なら素直に言えよ! 男はな、そういうのが1番困るんだよ! お前普段は言いたいこと言いまくってるんだから今回も言えばいいじゃん! それとも俺にキレられたいのか、このドMが!」

「はぁぁぁ!? こ、この……もういい! アンタとは話さないから!」


 こうした口論の末、結局俺達はお互いに王城に辿り着くまで、一言も会話を交わすことはなかった。



「…………私にも、可愛いとか綺麗とか言いなさいよ……バカ……っ」








 ———王城、舐めてました。

 ハッキリ言って、今まで見た全てのモノが玩具に見えるくらいに王城はギラギラしてました。

 豪華絢爛……この言葉がこれほどまでに当て嵌まる建造物は他にないと思います。


「なるほどなぁ……これは別世界だわ」


 THE中世の城と言った感じの見た目に、外装は黄金を基調としており、太陽の光を反射してより輝く姿は、一種の神々しさすら感じる。

 中は金が基調とされているだけでなく、その金に様々な装飾が成され、ただの廊下にすら金と白銀で出来たシャンデリアが等間隔に吊るされている。

 床にはレッドカーペットが敷かれ、壁には数メートルはある歴代の国王と思われる者達の肖像画が掛けられていた。


「道理で正式な鎧が必要、なんてことになるわけだ」


 今俺達は急拵きゅうごしらえではあるが、間違いなく最高級品の鎧を身に纏っている。

 白銀に光り輝く鎧は頭部こそないものの、それ以外の部分はほぼ全てが鎧に覆われており、全体でざっと50キロほどありそうだが……大して気になる重さじゃない。

 素の身体能力も物凄く上がっている証左だ。

 

 ふっ……これが超回復ってヤツか。

 まぁ毎度毎度全身の筋肉という筋肉が悲鳴上げるどころか千切れるもんね。

 

 もはや肉離れや靭帯損傷程度じゃ動じなくなった自分が恐ろしい。

 どんどん人間を辞めていっている気がするから。


 何て自分で自分を恐れるという厨二的思考に陥っている俺に、


「……ゼロ、お願いだから余計なことは言わないでよ。今回は本当に洒落にならないし、洒落が通じる相手じゃないんだから」


 同じく白銀の鎧を着用して、まさしく女騎士の風貌となったエレスディアが、一切口を聞いてくれなかったにも関わらず真剣な表情で宣う。

 そんな彼女の俺を見据える瞳から、確かな信頼が伺えた。


 『確実に俺が何かやらかす』ということを微塵も疑っていないという信頼が。


 おいこら喧嘩売ってんのかテメェ。

 

「アンタには前科があるのよ? 異議は一切受け取らないから」

「うっ……ひ、卑怯な……!」

「ゼロ様、エレスディア・フォン・ドンナート様。これより陛下のおられる間でございます。どうか私語は謹んでいただけますよう」


 俺達の会話に割って入ってきたのは、この王城の執事長を担っているらしい70代のおじいさん。

 一見すればただのおじいさんなのだが……彼の言葉を聞くと、なぜだか冷や汗が止まらない。

 静まり返った気配と言い、あの犯罪者の時よりヤバいと勘が囁いている。


 とどのつまり、俺達は一瞬にして口を閉ざした。

 そんな俺達の姿に柔和な笑みを浮かべる執事長。

 その笑顔でさえ、首に刃を突き付けられている気がしてならない。


 扉が執事長によって開かれる。

 同時に、玉座の間と呼ばれる国王陛下との謁見の場にいた、数多の貴族のような綺羅びやかな服を着た大人達の視線が突き刺さる。

 その視線は値踏みのモノが多いが、中には嫌悪感や忌諱感といった負の感情が籠もった視線も感じた。

 特に負の感情(殺気)があからさまなのは……おっと、1番ヤベェ騎士団長様じゃないですか。


 お、王城って怖ぇ……何もしてないのに恨まれてんぞ……まぁ1つは物凄く心当たりあるけど。

 てか、これだからこんな物騒な場所に来たくなかったんだよ。

 

 必死に引き攣りそうになる頬を引き締め、エレスディアと共に敷居をまたぐ。

 こう言う時、ビビった方が負けなのだ。


 前を向き、姿勢を正し、床を一歩一歩力強く踏み締める。

 速度は早過ぎず、遅過ぎず。

 こういった時に、貴族であるエレスディアが隣にいるのが不幸中の幸いだ。


 俺達は数々の貴族達の間に敷かれたレッドカーペットを歩き……玉座へと続く20段ほどの階段の前で立ち止まり、その場で跪きつつ頭を下げた。

 すると、上から声が投げ掛けられる。



「———頭を上げよ」



 重々しく威厳のある声色。

 王というに相応しい威圧感を伴った声色。

 そして……俺が絶対に苦手な声色。

 

 か、帰りたいよぉ……全然褒美なんか要らないから帰らせてくれよぉ……。


 何て、内心泣き言を零しながらも頭を上げる。

 そんな俺の目に飛び込んでくるのは———。



「此度はよくぞ来てくれた。余こそ、この国の王———アインズベルグ・フォン・デュヴァル・アズベルト19世である」



 豪奢な玉座に座し、全身を意匠を凝らした装飾で飾り付け、頭の上に蒼い宝石を散りばめた黄金の王冠を冠した金髪金眼の鋭い眼光の爺さん。

 その右隣には、王妃殿下と思われる、綺麗というより神々しいドレスを纏った金髪碧眼の優しげな笑みを浮かべた美女。

 左隣には、2人の娘と思われる、清純さと美しさを両立させた白を基調としたドレスに身を包みつつも、どこか諦観のような雰囲気を纏う……金髪に碧と金のオッドアイという珍しい瞳を持つ美少女が佇んでいた。

 宰相みたいな人の姿は見えない。


 うわぁ……すげぇ……もうすげぇしか声出ねぇ。


 何て完全に圧倒される俺と毅然とした雰囲気を醸し出すエレスディアへ。


「そなた達には余からも礼を言おう。よくぞあの『快楽の死神ルスト・トーテンガイスト』を討伐してくれた。褒美として———」


 俺はゴクッと生唾を飲み込み、言葉を待つ。

 国王陛下は俺達を見下ろして、再度口を開いた。 


「そなた達への褒賞金としてそれぞれ金貨150枚と、エレスディア・フォン・ドンナートには上級騎士の階級を授ける」

「有難き幸せ」


 いよいよ次は俺だぜよ。


「そして『快楽の死神ルスト・トーテンガイスト』討伐の最貢献者であるゼロには中級騎士の階級を授ける」


 おぉ……別に欲しくはないけど、まぁまだ想定の範囲内———





「———また、我が娘、アシュエリ・フォン・デュヴァル・アズベルトの専属護衛騎士の特別階級を授ける」

 



 

 範囲……内、じゃ、ないだと……!?

 

 ザワザワと貴族達に動揺が走り、驚愕に目を見開くエレスディアが此方を見つめてくる中———俺は大きく目を見開いて言葉を失った。




 この時既に、これから起きる事件の陰謀の渦中に巻き込まれていたことなど……知る由もなかった。

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