第24話 馬鹿

「———……アシュエリ様、あの話聞きましたか?」


 俺は、今もソファーに姿勢を正して座りながら、前世でいうハ◯ー・ポ◯ターほどの分厚い本を読んでいるアシュエリ様に、一瞬躊躇いながらも尋ねる。

 もちろん聞くことと言えば執事長から聞いた話だ。


 ただ、その執事長から聞いた話は……バチクソにあのクズ男に関係することなのである。


 既にあの事件から2週間が経過しているのに何を今更、と思うだろう。

 俺も思った……てか時間の進みは何て速いんだろうね。

 俺が時間魔法でも使えたなら……楽しい時は物凄く時間の流れを遅くして、嫌な時は物凄く速く———って【無限再生】じゃなくて【時間魔法】を転生特典に貰えばよかったじゃん!

 時間魔法なら頑張れば不死になれたかも知れないのに!

 

 ……と、相変わらずの自身のお馬鹿具合に辟易しながら、つい先程国王陛下……ではなく超怖い執事長に苦々しい表情と共に伝えられた、とある情報について考える。


 

 昨日の夜———エンゼゲイン家で暗殺が行われた。



 そう、あのクズ男の家だ。

 被害者は、クズ男ことアルベルト・フォン・デュヴァル・エンゼゲインとその母親のフェレータ・フォン・デュヴァル・エンゼゲインの2人。


 第1発見者のメイドがいうには、夜11時まではどちらも生存しており、朝になってアルベルトの部屋を訪れると、喉を掻っ切られ、心臓を一突きされた姿で死んだアルベルトを見つけたとのことだ。

 母親の方も同じような殺され方らしく、同一犯ということで捜査されている。


 当主であるドルトリストは、その時国王陛下と会議をしていたために難を逃れたわけだが……今はあまりのショックに屋敷に籠もっているとのこと。

 まぁ心優しそうな当主のことだし息子と妻が殺されたのが相当堪えたのだろう。


 ここまではまだそれほど騒ぐほどのことではない……いやもちろん十分に騒ぐことだけど、それよりもっとヤバい噂が王都内に広がっているらしい。



 ———2人は国王によって殺されたのではないか、という噂が。



 なぜこんな荒唐無稽な噂が流れているのか、なのだが……それが俺達に関係することなのだ。


 というのも、国民達……特にエンゼゲイン領の領民達が2週間前の俺達がエンゼゲイン家を訪問したことについて知っていて、更には貴族間のパワーバランスを保つために極秘で送ったはずの陛下の抗議文まで知られてしまっているのだ。

 それに国王陛下が、元から家族を大事にしていることで有名な国王だったこともあり……激怒した国王が2人を殺したのでは、という噂になったわけである。


 いやいや流石にあの国王陛下が殺すわけ無いやん。

 てか俺は怒ってる国王陛下を目の前で見てたんですけど……怒りながらも理性はあったみたいだし、そもそも俺がボコボコにしたことを知って溜飲を下げてたしな。


 とまぁザックリと今語ったことが、昨日から今日の間に起こった出来事だ。

 明らかに国王の信頼を損ねようとしているようにしか見えない。


 だから知恵を借りようと思ってアシュエリ様に尋ねたのだが……。


「……何の話?」

「ですよねー分かってました」


 眠たげというか無というか……とにかく感情の読めない瞳を本から上げて俺を捉えると、小さく首を傾げるアシュエリ様。

 この引き籠もり王女様はやっぱり何も知らないらしい。


「アシュエリ様、ちょっとは外に出た方が良いですよ?」

「……む、私を何だと」


 俺が呆れたような視線を向けて言えば、アシュエリ様が読んでいた本をパタンと閉じて、不服ですといった風にムッとした表情を浮かべる。

 最近少しずつ感情を表に出すようになってくれたので、俺的には大変嬉しい限りなのだが……それはそうと、ここは1つ、客観的な意見も言っておこう。

 これを期に少し外に興味を持ってくれると嬉しい。


 部屋の中ばかりだと、鍛錬が恋しいとかいう頭のおかしいことを思いそうになるからね。

 嫌だよ、あんな『鍛錬鍛錬!』しか考えてなさそうな脳筋集団と一緒なんて。

 あとウカウカしてるとエレスディアにマウント取られそうだし。


 何て思いつつ、俺は更に不機嫌になられる覚悟もして、真剣な表情で告げる。


「本に取り憑かれた引きニート王女様」

「……照れる」

「褒めてませんけどぉ!? あれ? 今の言葉のどこに褒める要素があった? この世界は引き籠もりとニートが誇らしい世界なの!?」


 結構刺すつもりで言ったはずが、まさかの頭の後ろをかいて僅かに口角を上げるアシュエリ様の姿に、完全に虚を突かれた。


 天才って人と考えることが違うって聞くけど……こうも違うの?

 それとも本当にこの世界は引き籠もりとニートを職業にしてたら讃えられるの?

 やばい、俺の中の常識というものが絶賛崩れ落ちそうになってる……あぁっ、今ヒビがっ!?


「……アシュエリ様、俺は決して褒めてませんからね?」

「……またまた、照れなくてもいい」

「この人話通じないんですけど! 仲良くなった実感を感じて嬉しいけど、助けてください! どうやらこの人の矯正は俺には無理っぽい。誰かこの人の言葉の意味が分かるように翻訳できる人はいませんかーっ!?」


 俺がそう言ったところで、この部屋には俺を除くとアシュエリ様しかおらず……もちろん誰にも聞き届けられることはなかった。

 それだけに留まらず、アシュエリ様が此方に憐憫の目を向けているではないか。


 俺はそんな彼女の視線に嫌な予感を覚えながらも恐る恐る問い掛ける。


「……な、何ですか、その目は……?」

「……イマジナリーフレンドは、虚しい」

「ちがぁぁぁう! 断じて違いますからね!? …………ん? 今の言葉的に、アシュエリ様は過去にイマジナリーフレンドを作ったことあるんですか?」

「……な、ない」


 そう言いつつも、声が震えているし、図星を突かれたかのように一瞬眉をピクッとさせたかと思えば……スッと俺から目を逸らしたのを鑑みるに、十中八九作ったことがあるんだろう。

 流石にそれを掘り起こすのは可哀想なのでしないが。


「———ってそんな話じゃないんですよ、俺が言いたいのは。実はあのクズ男、昨日の夜に暗殺されたらしいんです」


 俺がやっと言いたいことを言えて、続けて『これってやっぱり誰かの思惑が動いてます?』と尋ねようとアシュエリ様を見て———言葉を失った。





「……ぁ……っ」





 先程までの気まずそうな表情も、普段の無表情も……大凡俺が見たことのあるどの表情とも違う。


 喩えるならば———絶望。

 チェスをした時、もうどれだけ自分が駒を動かそうと詰んでいるチェックメイト状態に陥ったかのように。


 絶望一色に染め上げられ、金と碧の瞳から光が消えたアシュエリ様は、最近薄れていた諦観を初めて会った時以上に纏い……俺から離れつつ、か細く喘ぐ。


 え……きゅ、急にどうしたんだ……?


 アシュエリ様の当然の様変わりに戸惑う俺だったが……彼女の金色の瞳が物理的に僅かに光り輝いたかと思えば、次の彼女の言葉に更に混乱が極まることになる。



「……だめ、だった……やっぱり———……」


 

 そう言った彼女は一瞬瞑目したのち、言葉を失う俺へと告げたのだった。




「……この前の言葉、取り消す。ゼロ、逃げて」




 輝きも色の失った瞳を向けて。


 俺は、何を言われているのか分からなかった。


 しかし、その言葉を俺の頭が理解するより先に———突然廊下が騒がしくなったかと思えば、


「「「「「王族を許すなッッ!!」」」」」


 殺気立った5人の騎士達が扉を蹴破って雪崩込んできた。

 その鎧には見覚えのある家紋———エンゼゲイン家の家紋が刻まれており、全員俺など眼中にないと言わんばかりにアシュエリ様へと血走った目を向けている。

 

「…………」


 対するアシュエリ様は、全てを諦めてしまったかのように虚ろな瞳で騎士達を見つめるのみ。

 殺されそうだというのに抵抗の意思すら見せない。

 

 ……一体どういうことだよ。

 何だよ、アシュエリ様の身に一体何が起こってんだよ。

 それに何で騎士が流れ込んできたんだ?

 ここは王城だぞ。


 何て自力で答えの出ない考えが頭を駆け巡るも———諦観するアシュエリ様が視界に映ると共に、全ての思考が吹き飛んだ。

 いや、考えるのを止めた。

 思わず自分を鼻で笑っちゃいそう。


「……やっぱ俺は馬鹿だなぁ……もうエレスディアの言葉も否定できそうにないぜ」


 俺は大きく大きくため息を吐く……と同時に息を吸い、一息の内にアシュエリ様との距離を潰すと。



「……っ、何を……」

「貴様、我らの邪魔をするというのか!!」


 

 相変わらず絶望した様子のアシュエリ様の身体を片手で抱き寄せ、片方の手で剣を取ると———【極限強化グレンツヴィアット・フェアシュテルケン】を発動。

 全身が全能感に支配されると共に崩壊する音が聞こえる。

 そんな俺を、当然アシュエリ様は困惑の声を漏らし、騎士達が激昂する。


 ははっ、ホント馬鹿だなぁ……俺。

 初日も思ったけどこんなの柄じゃないんだよ。


 俺はラノベの主人公の様に最強じゃないし、率先して人を救いたいとも思わない。

 死にたくないし、傷を負いたくないし、戦いたくもない……誰かのために戦って死ぬなんてまっぴらごめんだ。


 まっぴらごめんだが……俺がこの選択を後悔することはない。



 ———だって。



「…………離して……っ」

「嫌ですよ。初めに言ったじゃないですか、嫌だ何だと言われても聞かないって」



 ———初めてアシュエリ様を見た時の、あの。



「お、おい……何なんだ貴様は! 全員上級騎士だぞ!? 数の差が分からないほどの馬鹿なのか!? それとも頭がおかしいのか!?」

「ああ、馬鹿で結構! 頭がおかしくても全く構わないね。そもそも未来のことは全部未来の俺に丸投げするのがモットーな俺が、頭おかしくないわけないじゃん。だけどな……」



 ———子供とは思えない、人生を諦めたかのような辛気臭い顔を。



  


「馬鹿は絶体絶命にこそ輝くってもんだ」





 ———2度と浮かべられないようにしてやると決めたのだから。

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