第9話 決闘

 ———エレスディアがやらかした。


 俺の頭の中は、この言葉で一杯です。

 目の前の情緒がバグった皆んなを、怖くて視界に入れることが出来ません。


「(お、おい……どういうつもりだよ。何でそんなことするの? もしかして俺のこと好きなの?)」

「(んなわけないでしょ。ただ、アイツとは絶対にペアになりたくないのよ!)」


 小声で囁けば、同じく小声ながら嫌悪感の滲み出た声色で返してくる。

 どうやら俺が思った以上に目の前の前髪ファサァァ君改めアーノルドが嫌いらしい。

 俺的には今まで出会った人間の中でもトップクラスに扱い易くて全然嫌いじゃないんだけど……まぁ人それぞれと言うわけだ。


 それはともかくとして。


「(おい、マジでお前が何とかしろよ。お前のせいでこんなことになってんだぞ)」

「(は? 元々アンタがキッパリ断らないのがいけなかったに決まってるでしょ。だからこうなったのは自業自得よ)」


 …………。


「(お、やるか? 全力の強化魔法付きの鉄拳を食らわせてやんぞ?)」

「(…………もちろんやり返すわよ?)」

「(おい、今の間はなんだ。もしかしてお得意のドMでも発動させやがっただろ。このド変態め)」

「(……してないし、ド変態じゃない)」


 嘘付け。

 否定の言葉も遅かったぞ。


 何て、コソコソと下らない口論にかまけていたのがいけなかったのだろう。

 遂に、前髪ファサァァ君アーノルドの怒りが頂点に達したらしく、



「———け、決闘だッ! エレスディアとのペアを賭けて、僕と決闘しろ!!」



 顔を真っ赤にしてビシッと俺を指差したかと思えば、そんな大変お馬鹿なことを宣う。


 ———決闘。

 それは、一種の契約の儀であり、勝者が敗者へと権力をも超える強制力を持った約束事を問答無用で守らせる、といったモノだ。


 そんな重たいモノを、たったこの程度のことに使う馬鹿には流石の俺も呆れ果て、情けない声が漏れた。


「いや何でぇ?? あのな、さっきも言ったけど俺は全然代わってい———」

「———その勝負、受けます」


 …………は?


「お前は一体何を言っているんだ?」

「決闘するのよ、アンタが」

「お前は本当に何を言っているんだ!?」


 嫌だよ、なんで俺がそんなことしなくちゃいけねーんだよ!

 俺は今すぐにでも代わってあげるから!


 とにかく嫌われるのはもういいとして、何としてでも決闘は避けなければならない。

 そんな思いで口を開く……前に、エレスディアがボソッと零した。


「……アイツに昔、無理矢理権力でヤられそうになったのよね……。あー、そんな相手と私を一緒にさせるのね、アンタは」


 …………それはズルいですやん。

 断ったら良心疑われるし、確定で屑人間扱いされますやん。

 どうせ金的に蹴りでも入れて追い返してるくせに。

 

 俺は目だけで謝ってくるエレスディアに責める視線を送ったのち……。



「ああもうやってやるよ! 良いよ、決闘でも何でも受けてやる!!」



 ヤケクソ気味に叫んだ。

 







「———はぁ……。一体これはどう言うことなんだ……」


 決闘の監督をすることとなり、急遽呼ばれてやって来たロウ教官が、深いため息を零して額に手を当てる。

 そんな教官に、俺も同じくため息を1つ。


「そんなの、こっちが訊きたいですよ……」

「おい、いつまでチンタラしている!? とっとと剣を取って上がって来い!!」


 そう騒ぐアーノルドのいる場所は、数時間前に俺とエレスディア……そしてロウ教官で戦った武舞台の上だ。

 周りにはロウ教官の時と同等かそれ以上の観客が見物にやって来ていて、五月蝿いったらありゃしない。


「はぁ……まぁ色欲魔に女友達のエレスディアを預けるわけにはいかねーし、頑張るとするかぁー。あー、面倒臭めんどくせぇ……そもそも勝てるか分からんし」


 1番の問題はソレだ。

 俺はアーノルドの強さをしらない。

 どうやら普段の手合わせなどは取り巻きとしかやってないらしく、本当の強さを知る者がいないのである。


「ふんっ、貴様のような愚民にエレスディアを渡すわけにはいかない!」

「あーもう勝手に盛り上がっててください」


 武舞台に上がった俺に宣言してくるアーノルドを適当に流し、木剣を構える。

 俺の構えは何の捻りもない中段構え。

 これが今の所1番やり易い。


 対するアーノルドは……五月蝿かった口を閉じて、木剣を頭上に振り被る上段構え。

 意外と様になっており、やはり貴族は小さな頃から訓練なり何なりしてるんだな……と感心する。


 まぁだからこそ、真正面から打ち合う気はサラサラない。



「それでは———開始!」



 ロウ教官の合図と同時。

 俺は弾かれるように一気に加速。

 強化魔法は使えていないが、それでも十数メートルなんざ、あってないようなもの。


 姿勢を低く、前傾姿勢でアーノルドへと飛び込む。

 不意を突かれたアーノルドは一瞬大きく目を見開いたものの、威張るだけあり、冷静に剣を振り下ろした。


 まぁ———それは悪手なのだが。

 

「———【全部分強化オールアップ】」

「!?」


 木剣が俺の脳天をかち割ろうと振り下ろされる最中、詠唱抜きで中級最高難度の強化魔法を発動。

 もちろん詠唱ありの時より強化度合いは落ちるが……今はそれで十分。


 俺は流れるように身体を捻ってアーノルドの木剣を躱すと———。



「悪いな、今回は俺の勝ちだわ」



 切り返される前に、思いっ切り振り下ろされた剣を地面に踏んづける。

 耳を劈くような音を伴って木剣が破壊。

 そのまま動揺するアーノルドの胸目掛けて一突き。


「がはっ……!?」


 動揺で衝撃を吸収出来なかったアーノルドが弾き飛ばされ、地面にキスすると共に苦しげに喘ぐ。

 そんなアーノルドに少し遅れながらも追い付くと。



「———これ以上俺らに関わるなよ? 次に噛み付いてきたら、骨折程度じゃ済まねーからな?」


 

 俺らしくもない怖い忠告と共に、脳天へと意識を飛ばす渾身のチョップを繰り出す。


 まぁ脅した本当の理由は、本気で掛かってこられるのが怖いだけなのだが。

 貴族ってホント強いし、関わり合いたくもないからね。


 因みにアーノルドは、俺のチョップを食らったので当然、更に地面と濃厚なキスをすることになり……意識を飛ばしてその場でピクリとも動かなくなった。

 

 俺はそんなアーノルドの頬を何度か叩いて意識がないことをロウ教官に知らせると。


「ロウ教官、俺の勝ちでいいっすよね?」

「ああ、もちろんだ。———勝者、ゼロ!」


 ロウ教官が一瞬で俺らの前に移動したかと思えばアーノルドを肩に担ぎ、俺の腕を掴んで挙げさせると、決闘終了の合図を告げた。


 その瞬間、会場が大いに沸いたのは言うまでもないだろう。



「えへへ、でへへへへ」

「せ、せめて最後までカッコよくいなさいよね……感謝はしてるけど」


 ついでに褒め称えられて俺のテンションや気分が爆上がりしたことも。

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