第8話 テンプ、レ……?

「———ということで、俺とエレスディアがペアで依頼を受けないといけないらしいのよ。だからアレだ、ちょっと俺と脱走計画でも練らねーか?」

「俺が言うのもアレだけど……大概お前も馬鹿だよな」

「アホね、無理に決まってるのに」

「その心意気や良し! だが、この世にはどう足掻いても無理なこともある!」


 物凄く真剣な表情で大真面目に告げる俺に、各々が好き勝手言ってくる。

 こいつらには人の心というものがないのだろうか。


「お前ら最初から諦めるんじゃねーよ! もう少し……こう、何かあるだろ! このままだと大して強くない状態で死地に向かわねーといけなくなんだよ!」


 というのも。

 俺とエレスディアが受けることになった依頼というのが……アズベルト王国のとある領地に出没が確認されたらしい中級上位の魔物の討伐なのだ。

 しかも一体というわけではなく複数体であり、生態としては俺が話を聞いた感じだと狼に似ているっぽい。

 

 …………俺、魔物と戦ったこと無いんだけど。

 

 それなのに、狼のように群れて統率が取れた魔物と戦わないといけないとか中々に鬼畜ゲーな気がするのは俺だけか?

 てかだから逃げようとしているというのに、こいつらときたら……。


「この人でなし、鬼、悪魔、お前ら人間じゃねーっ!!」

「酷い言われようだなおい!? そんなに言うならロウ教官から逃げ仰せられる秘策でもあんのかよ!」

「無い!」

「テメェぶっ殺してやる!!」


 俺とフェイが取っ組み合いの喧嘩を始めたその時。



「———おい愚民、今聞き捨てならないことを言ったな!!」



 突然、同期と思われる金髪赤眼の青年に罵声を浴びせられる。

 その周りには取り巻きみたいな金髪碧眼の奴らが数人待機していた。

 

 え……何ごつ?

 え、本当に何ごとなん?

 何でいきなり愚民とか言われないといけないわけ?


 突拍子もない罵声に、流石の俺とフェイも理解が追い付かず喧嘩の手を止めてキョトンとしていると、


「そこの愚民……そう貴様だ。今貴様、エレスディアとペアを組むなどとほざいていたな? はっ、愚民で低能の貴様が麗しきエレスディアとペアになるなど不可能に決まっているだろう?」

「何なんこいつ、初対面なのにクソ失礼なんですけど」


 センター分けのサラサラな前髪をファサァァ……と靡かせて、無駄に整った顔でドヤ顔を作り、隠す気もない悪口の連続口撃。

 幾ら何でも、何もしてないのにこんなにボロクソに言われないといけない俺が可哀想でならない。


 因みに、俺と喧嘩していたフェイは、速攻でこの中で最も強いエレスディアの後ろに隠れやがった。

 ズルい、俺もそこに行きたかった。


 何て恨めしくフェイを思っていると、


「あ、貴方は……」


 エレスディアが何やら物凄く嫌そうな表情を浮かべて後ずさる。

 逆に青年はとてつもなく嬉しそうに笑みを深めたかと思えば、


「久し振りだね、エレスディア。この僕———アーノルド・エバンスが君を迎えに来たよ。さぁ、一緒に試験のペアを組もう」


 俺と接していた時の口の悪さはどこに行ったのか、と思わずぶん殴りたくなるほど柔らかな口調でエレスディアに話し掛けた。

 そこで更に嫌そうに顔を顰めるエレスディアだったが……俺はこの状況に一縷の希望を見出した。



 …………これ、俺が逃げなくても依頼を押し付けられるんじゃね?———と。



 これって間違いなく神様が俺にくれた絶好のチャンスだよな?

 寧ろこっちの方が、逃げるよりも遥かに難易度が低そうだし。


 そう考えてみると、この口の悪い如何にも貴族っぽい青年への嫌悪感も一瞬で消え去ってしまう。

 なんてったって、俺を助けに来てくれた救世主なのだから。


 ———と、いうことで……。



「———素晴らしいお考えです、アーノルド様!」

「「「!?」」」



 全力の掌返し開始だ……!


「ぜ、ゼロ?」

「あ、アンタ何言って……」

「き、貴様……ど、どうした急に……。なぜ僕に突然尊敬の……」

「いえ、私めはただアーノルド様の高尚たるお考えに深く感銘を受けたのです。確かに、愚民たるこの私め程度の者が、エレスディア様とペアを組むなど有り得ない、と……! 彼女には、頭がキレ、尚且つ高貴で強そうな……正しく貴方様のような者がお似合いでしょう……!!」


 俺がそれはもう全力で肯定し、煽ててみせれば……案の定アーノルドとかいう青年は気を良くしたようで、俺へと向けられる負の感情が著しく減った。


「はははははっ、愚民にしては分かっているじゃないかっ! 身の程を弁えた君は、愚民ではなくこの国を支える平民の1人、というわけか! ふむ、愚民の多いこのごみ溜の中にもマシな奴がいるのだな!」

「ははーっ、ありがたき御言葉!」


 何かちょっと意味の分からんことを言っているけど……適当に合わせておこっと。

 そうすれば面白いくらい調子に乗るから。

 

 それよりも…………あの、俺をゴミを見るような目で見ないでください。


 此方を軽蔑を越えた汚物に向けるような目で見つめる3人から、俺はスッと目を逸らした。


 これは、俺が死地に飛び込まないための……謂わば防衛策なのだ。

 それにアーノルドとかいう青年は家名があり、エレスディアにもタメ口で話せるほどだから……それなりに爵位の高いと予測できる。

 爵位の高い者は、総じて生まれながらに才能を持っていることが多く、エレスディアの足を引っ張ることもないだろう。

 だから、俺が代わっても大丈夫なはずだ。


 何て、必死に心の中で自分の行動を正当化していると。


「……お待ち下さい、アーノルド様」


 何を考えているのか判らない表情を浮かべたエレスディアが声を上げた。


 な、何だ急に……。

 折角トントン拍子で話が進んでたのに……何する気だよ?


 俺は必死に彼女が今から起こす行動を予測しようと頭をフル回転させる。

 しかしそんな思考を遮るように、突如エレスディアが歩を進め、俺の隣で止まったかと思えば……。




「ごめんなさい、アーノルド様。……私は———既に彼のモノなのです……」

「「「「!?!?!?」」」」




 何て、爆弾発言と共に俺の腕に自らの腕を絡めて寄りかかってきたではないか。

 そのせいで俺の腕に、慎ましやかながら確かな柔らかさが……っておいコラ何してんだ!?


 俺が驚愕に目を見開いてエレスディアを見れば……俺へと勝ち誇った表情を浮かべつつ上目遣いで見つめ、指と指を絡ませる……俗に言う恋人繋ぎまでしてきた。

 

「な、なななな、何をしているんだ貴様らは!? い、一体どういう関係だ!?」

「おいゼロテメェ……いつの間にそんな関係を……ッッ!!」

「おおぉ……」


 これにはアーノルドだけでなくフェイやザーグも反応を示す。

 アーノルドは憤怒と驚愕に顔を真っ赤にし、フェイはギリギリと歯噛みしながら血の涙を流し、ザーグは見たこと無いくらいの呆けた表情を浮かべていた。

 

 そこで俺の時間がやっと動き出し、言い訳しようと口を開く———


「ち、違っ———」

「———どういう関係、ですか……? ふふっ、面白いことを聞いてくるのですね、どうみても一目瞭然でしょう? まぁでも敢えて言うのでしたら……」


 ———のを横から遮ったエレスディアが、とても15、16が浮かべられるものじゃない妖艶な笑みを浮かべ、余裕でオーバーキルな言葉を紡ぐ。




「毎夜毎夜……、と言えば分かり易いでしょう?」




 その瞬間、全ての人間の時間が止まる。

 フェイ達だけでなく、物珍しさに集まってきた同期達、それを止めようとする教官達まで。


 そんな中俺は、完全に詰みな状況に心の中で弁明することしか出来なかった。




 …………皆んな、エレスディアの言ってたやつ、単なる地獄の鍛錬なんです……。



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