第5話 異常な成長速度(VSロウ教官)①

「———なぁゼロー、手合わせしようぜ」


 エレスディアとの地獄の鍛錬スタートから既に1ヶ月半。

 いつもの如く、教官へとボコられに……もとい模擬戦を受けに行く時間となり、フェイが疲労感を微塵も隠そうとせず疲れ切った様子でやって来た。

 心なしかやつれている気がする。


「お、おい……お前大丈夫か? サキュバスに生気でも奪われたか?」

「ははっ、それだったら嬉しかったな……正直夜はムラムラ止まんないし」


 それはそう。


「まぁそんな時間ねーけど」

「それな」

「「………はぁ……」」


 虚空を見上げてため息を吐く俺達の下にエレスディアがやって来て、


「……アンタ達はどうしてため息なんか吐いてるのかしら?」

「「これからボコられるし、男としての生理現象がアレでアレだから」」

「ごめんなさい、さっぱり分からないし分かりたくもないわ」


 乾いた声で笑う俺達から軽く引いた様子で距離を取る。

 女子に距離を取られたという精神攻撃によって更に落ち込むのは一種のお約束だ。


「……ところで、エレスディア様はどうして俺達の下に?」

「別にアンタに微塵も用はないわ」

「…………」

「ふぇ、フェイーっ! おいこらテメェ、ウチのフェイになんてこと言いやがる!?」


 チーン……と完全に燃え尽きたボクサーのようにベンチに座り込むフェイの姿に、俺はすかさずエレスディアに突っ掛かり……。

 

「なによ? やるっていうの?」

「へ、へへっ、そんな訳ないじゃないですか姉御……」


 ギロッと睨まれながら恐ろしい言葉を掛けられ、俺は速攻で両手をもみ合わせた。

 そんな俺に呆れた様子でため息を吐くと。



「———私と組んで。今日こそロウ教官に一泡吹かせるわよ」



 何て、到底不可能にも思える提案をしてきた。

 








 ———隻眼のロウ。


 かつて戦場で畏れられた精鋭騎士たるロウ教官の二つ名。

 その名を聞いた相手国の兵士達は我が身可愛さに逃げ出し、魔法使い達も慌てて魔法を乱打するほどの英傑。

 

 そんな猛者相手に……。



「……まぁ誰がペアでもボコボコにされるのは確定事項なんだけどさ……」

「しゃんとしなさいよ。そんなんじゃ戦場で生き残れないわよ?」



 俺とエレスディアは無謀にも立ち向かおうとしていた。

 服装は手合わせ用の急所だけを護る身軽な防具と、何の変哲もない木剣。

 

 もちろん、今期最強のエレスディアと、そこそこ強いで有名なゼロさんという組み合わせだからか観客(同期)も多い。


 ほら、俺にも歓声が……。


「おいゼロ、どうせ負けるだろうけど1発くらいは頑張れよ! あと、エレスディア様の足だけは引っ張んなよ!」

「そうだぞゼロ!」

「足引っ張ったら死刑だからな!」

「いいねー、賛成!」


 おい。


「お前らもちょっとは応援しろよ! 今から俺が頑張るんだぞ!?」

「「「「応援しても勝てねーじゃん」」」」

「正論は時に人を傷付けるとお前達も知った方がいい」


 俺が真顔でツッコむ中———突然観客達が静まり返り、場の空気がとてつもなく重たくなったかと思えば、武舞台の上に白髪オールバックのロウ教官が上がってくる。

 腰には刃渡り1メートル前後の木剣を帯び、既に還暦を過ぎているとは思えないほどのゴツい身体を藍色の軍服に身を包んでいた。

 片目を斬撃の傷が覆い、もう片方の碧眼が俺とエレスディアを鋭く見据えている。


 ……面接の時はあんま気にしてなかったけど……超怖いじゃん。

 こんな如何にも強そうなお方を相手にしないといけないわけ?


「……何がとは言わないけどちびりそう」


 何て弱気な発言をする俺に、エレスディアが呆れを孕んだ視線を向けてきたのち、何処か浮かれたように頬を朱色に染めて、


「何ビビってんのよ。あの隻眼の強化魔法を味わえるのよ? 最高じゃない」

「最近ボコられてばっかだったから、お前がドMなこと忘れてたわ」


 安定のドM発言で俺をドン引きさせる。


 ほんと、これだからドMは引かれるんだ。

 教官の攻撃食らったら普通なら死ぬんだよ。

 

「……話は終わりか? 私はいつでもいいぞ」

「「……っ」」


 ロウ教官から溢れ出る圧倒的な威圧感に、俺もエレスディアも顔を強張らせる。

 そしてお互いに目配せをしたのち……。



「「———【身体強化アップ】、【脚力・腕力・視力強化トライデント・アップ】、【物質強化マテリアル・アップ】」」



 地獄の鍛錬(裏)の成果を披露する。


 俺の身体を白銀のオーラが。

 エレスディアを真紅のオーラが。

 それぞれのオーラが身体の周りを漂い、全身を全能感が支配する。

 抜刀した木剣には、お互いの色のオーラが薄っすらと纏われていた。


「「「「「「「!?」」」」」」」


 まだ新人になって半年も経っていない中、エレスディアはともかく、俺まで中級強化魔法を使えることにロウ教官も観客達も目を見張る。

 一気に衝撃の波紋が観客達を襲い……ざわめきが大きくなる。


「おい嘘だろ!? あのゼロが中級強化魔法使ってんぞ!?」

「中級って……普通なら1年経ってやっと全体の3分の1が習得するっていうアレか!?」

「何でそんなモンを半年経たずにあのゼロが習得してんだよ!?」


 そうです、その中級です。

 習得したのは、エレスディアの鬼の手合わせをしてたからです。


「道理であいつ、エレスディア様に選ばれたわけだぜ。てか実はエレスディア様と2人で何かしてたりしてな」

「は? そんなこと、このフェイ様が許さないが? おいゼロ、後でキッチリ説明してもらうからな!!」


 ふっ……あらあら、どうしてか外野が五月蝿いな。

 いつもなら言い返しているが……これが他とは1段上にいる気分ってやつか。 

 ナニコレ、超気持ちいいんですけど!


「……まさか貴族として元々鍛錬していたエレスディアだけでなく、平民のゼロまで中級強化魔法を習得しているとはな。素直に称賛しよう、流石の私も驚いたぞ」

「いや〜それほどでも〜〜えへへ、でへへへへ」

「キモいわよ、笑い声も動きも」


 感心した様子で褒めるロウ教官の言葉に脳汁ドバドバの俺へと、ドン引きした様子で宣うエレスディアだったが……今の俺には全く効かない。

 それほどロウ教官に褒められるなんて珍しいことなのである。


「しかし———」


 それは突然だった。

 褒められ倒されて物凄く調子に乗る俺を、まるで戒めるかの如く口を開いたロウ教官は、




「———その程度で慢心しないことだ。———【全能力強化オールステータス・アップ】」




 身体の一部を強化する中級より更に上———攻撃や防御など、一種の概念的部分を強化する上級強化魔法の中でも、最も難易度も効果も高い魔法を無詠唱で発動させたのだった。 


 普通に自信をへし折られたし、注目を奪われた。

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