第4話 地獄の鍛錬(裏)

「———良いかしら? 私達生まれ付き身体の再生能力が高い者には、他とは違う鍛錬方法があるの」


 俺が強化魔法を真夜中に寮から抜け出してやっていたことがバレた翌日。

 別れる際に『今日の真夜中、同じ所に来なさい。私が貴方に魔法を教えてあげるわ』とオタクのように布教してきたエレスディアの言葉通り、俺は同じく防壁の上にやって来ていた。

 

 そして今、俺の体質が如何に凄いかをサッパリ分かっていない俺への個別授業が行われている真っ最中だ。

 あと、口調はタメ口でいいと言われた。

 まぁその方が楽でいいんだが。


「違う鍛錬方法?」

「そうよ。今から私が言う方法なら、魔力も肉体もどちらも鍛えられるわ」


 何それ詐欺広告の謳い文句みたいな胡散臭い言葉。

 相手が俺より階級が上で美少女じゃ無かったら全く信用してなかったよ。


 何て懐疑的な視線を向ける俺に、


「まずは身体が壊れることを考えずに、めいいっぱい強化魔法を発動するの。その後に魔力が尽きるまで私と手合わせして……まぁ尽きても私の魔力が尽きるまでは付き合ってもらうのだけれど」

「ちょっとタイム、タイムを要求する」


 もはや方法とも呼べぬ愚直でしかない地獄の鍛錬を告げるエレスディアには、流石の俺もツッコまざるを得なかった。


「何よ、私のやり方に文句があるわけ?」

「あるに決まってんだろふざけんな。俺はお前と違って魔力少ねーんだよ。一体どんだけ通常状態で強化状態のお前と戦わないといけないんだよ」

「私だって嫌よ。出来れば……そうね……【風王の腕刃アーディ・ヴィント・アルム・クリンゲ】を受けたいわ」

「誰かお医者様はいませんかー!」


 こいつ、本当に馬鹿なのだろうか?

 風王の腕刃って上級魔法ですよ?

 真っ二つどころか1人の人間相手ならズタズタにされて人間ミンチになって吐き出されますよ?

 俺なら再生出来るけど……絶対受けたくないね。


 俺が、うっとりとした様子で『あぁ……久し振りに味わいたいわ……』などと宣う生粋のドMにドン引きしていると。


「ほら、早くやるわよ。今回はアンタの低レベルな強化魔法を食らうので我慢してあげるから」

「お前はその都度喧嘩売らないと気が済まない性分なのかな? まぁでも俺は大人だからこの程度の煽り———」

「早くしなさい、ノロマブス」

「よおしボッコボコにしてやんよ! 女だからって手加減してもらえると思うなよ!」


 誰がノロマブスだ、ぶっ殺してやる。

 長年鍛えて来た俺をみくびった罰を受けるがいいよ。

 

 俺は怒りに顔を真っ赤にしながら目を瞑ると。



「———«鋼鉄より硬く、ハヤブサより速く、鬼より強い超常の力を我が身に授けよ»———【身体強化アップ】」



 自身の身体を言い表せぬ全能感が支配すると共に、周りに薄らと白銀のオーラが漂う。

 前回より僅かに出力を上昇させたせいで体に違和感を感じるが……まぁ許容範囲だ。


 俺は渾身のドヤ顔でエレスディアに目を向けると。


「どうよ、下級なら完璧だろ?」

「へぇ……魔法を習い始めて2ヶ月目にしてはそこそこね」

「だろだろ?」


 やばい。

 今まで魔法を褒めてくれる奴が全くいなかったからめっちゃ気持ちいいんだけど。

 それが幾らドMとは言え目を見張るほどの美少女だとなおさら。


 何て調子に乗っている俺の横で、エレスディアが同じく瞑目し……。



「———«我が身に力を»———【身体強化アップ】。———«更なる超常の力を我が身に»———【腕力強化アームアップ】【脚力強化レッグアップ】【視力強化アイサイトアップ】」

「んなっ!?」



 俺の自信を容赦なくへし折るように1段階上の中級強化魔法まで使用しやがった。

 おまけに詠唱簡略化まで。

 

 エレスディアの身体は、俺のうっすいオーラとは比べ物にならないほどの真紅のオーラによって包み込まれ、迫力が先程の比にならないほどにまで膨れ上がる。

 思わず冷や汗が垂れるほどに。


 おいおいマジかよ……こんなに差が開いてんのマジか。

 うわー、勝てる気しねー。


 既に戦意喪失気味の俺を他所に、エレスディアが小さく息を吐き、


「ふぅ……まぁ今の私の実力だと、下級に3つの中級を掛け合わせるのが限界よ。まだまだ未熟な雑魚ね……」

「それ言ったら俺は何になるん? 塵芥? もはや塵ですらない?」


 自分に対して随分と辛口な評価に、それ以下の俺は涙目になる。


 嫌だなぁ……絶対痛いよなぁ……。

 粉砕骨折は普通に呻き声我慢できないんだよなぁ……。


「……手加減ってしてもらえます?」

「そのようなオプションは一切ございませんことよ?」

「ちくしょう!」


 そう吐き捨てると同時。

 俺は、フライング気味に駆け出した。


 繰り出すは、本気の先制パンチ。

 幾ら下級魔法と言えど、数メートルの距離ならば一瞬で辿り着く。

 不意を突いて一撃だけでもお見舞いしてやるよ。


 そんな意気込みで躊躇なくエレスディアの顔面目掛けて拳を振るう。

 ブォン、と風を切る音と伴って拳は寸分違わずエレスディアの顔面に……。



「———遅いわね。受ける価値もない」

「っ!?」



 突き刺さることなく、空を切る。

 より正確に言えば、エレスディアの残像を殴っていた。


 そして、声が聞こえたのは真後ろ。

 俺は全細胞が警鐘を鳴らす中、自身が出せる最高速度で裏拳を繰り出———



 ———ゴシャッ!!



 そんな骨の砕ける音と共に、俺の身体が宙を舞う。


 くそっ……顔面をやられた。

 目は見えない、耳も聞こえない、と。

 ただ思考出来てることを鑑みるに……頭が消滅したわけじゃないらしいな。


 しかし神からの贈り物たる【無限再生】によって頭は即座に再生。

 視界も回復し、音も受信できるようになった。


 回復した視界には、驚いた様子でこちらを眺めるエレスディアが映る。


「あら……頭を半壊しても死なないどころか速攻で再生するのね。この分だと……私以上の再生力じゃない」

「コイツマジか、マジでコイツ……いやほんとにコイツマジか」


 俺は何処か普通じゃないエレスディアの思考回路にドン引きする。


 問答無用で格下の俺の頭狙うとか馬鹿じゃねーの?

 てか頭潰されたら死ぬだろ普通。


「ほら、ボサッとしてないで立ちなさい。まだまだ行くわよ」

「……俺、お前がぼっちな理由が分かる気がする」


 なんて事ないように佇むエレスディアにボソッと呟いたのち、俺は半泣きで駆け出したのだった。



 …………騎士団、怖い。



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