【短編】彼は彼ではないかもしれない

直三二郭

彼は彼ではないかもしれない

 さっきの話を教えてくれ?

 あんたそんなに怖い話が好きなの。それだけで話しかける何て凄いな。

 まあさっきまで後輩と話してたし、別にいいよ、これぐらい。

 お礼ねぇ、そう言ってもここ駅だし、観光地でもないから売店に珍しい物もないしなぁ。

 じゃあ、電車賃をチャージしてくれたらそれでいいや、料金は任せるから。気に入らなかったら百円でいいや。

 へえ、『少し不思議』な話を集めているんだ、そんな仕事もあるんだ。まあ世界は広いから、そういう仕事があってもおかしくは無いかな。

 俺は大学生、今年で三年生。そういう仕事ってどこで探せばいいのかな? でも普通の仕事より大変そうだよな。

 だって、いきなり知らない人に声をかけて、話を聞かなゃ行けないんでしょ?

 だったらやっぱり普通の仕事をするのがいいかな。一応イベント会社が希望で、今はバイトして経験積んだり、顔を出して覚えてもらってる所なんだよ。

 やっぱりこういった事をコツコツ重ねて、いい所にが入るんだ。

 で、ちょっと聞いたって言うけど、どこまで聞いたの?

 あ、最初っから聞きたいのか、それはそうか、仕事だもんね。

 じゃあまずは俺が産まれた時から……、冗談だよ、突っ込んでよ。

 でも、聞いたらくだらなくて、怒ったりってするかもよ?

 正直に話すと、これは俺の夢の話なんだよね。

 いいの、本当に?

 おっと、電車が来た。でも話がしやすいように、特急じゃなくて鈍行に乗ろうか。

 もう一回言うけど、夢の話なら『少し不思議』な話になって当たり前だから、それでいいんだよね?






 これはバイト帰りの話だよ。

 さっき言った、イベントのバイト。終わってかたずけて帰ってたから結構遅かったな。

 俺の帰る所に行くなら終電じゃなかったけど、終点まで行ったら終電だったよ。

 あの時も特急で帰ろうとしたけど、残念ながら特急にはあと一歩で間に合わなかった。ホームに着いたところで電車の扉が閉じて、発車するところだったんだ。

 でね、特急のすぐ後に鈍行が行くんだよ。

 俺のいつも乗ってる特急は三十分で降りる駅に着いて、鈍行は一時間かかる。で、次の特急は三十分後。

 つまり、三十分待って次の特急に乗っても、すぐに出る鈍行に乗っても、着く時間は同じだったんだよ。

 俺はその時はバイトが終わって疲れていたし、待っても特急には座れないかもしれないから、ゆっくり鈍行で座って帰ろうと思ったんだよ。

 何しろ駅に店はもう閉まってたし、椅子は硬いしで、電車の柔らかい椅子は魅力的だったんだよね。

 乗った駅には何人かはいたよ、覚えてないけどそこそこいた。でも、俺が座れないほどじゃあなったな。

 つかれたのと、毎日やってる帰る前のお疲れ様会で、一杯だけビールを飲んでたんだよね。

 俺は電車とバスを使ってるから、問題は無いよ。

 ゆっくり座って、明日は講義が何限で、今日はあんな事があって、バイトは何時だからそれまでこれでとか、色々考えていると、気がついたら船を漕いでいたんだよ。

 ……今時船を漕ぐって使わないよね、教授は使うけど、本を読まない奴は分かんないよなぁ。

 あんたは分かる、船を漕ぐ。ようは眠りそうになってるんだけど。

 あ、分かる。まああ俺より年上だもんね。……今更だけど、敬語使った方がいい……、いいですか?

 ……あ、いいんだ、良かったぁ。でもさ、どうせもう会わないからいいって、酷くない? 俺があんたの後輩になるかもよ?

 後輩からこんな事言われたら、教育のし直しだよ?

 話がずれた、寝そうな所だったよな。

 寝そうなと言うか、一回一瞬眠ったんだ、こう、ガクンとなって起きたんだ。

 眠った事に気がついてまず思ったのが、寝過ごしてないか。寝過ごしすぎたらタクシーだから。

 鈍行だからすぐに放送があって、次はどこどこ~、って聞いて、知ってる駅だったからまだ大丈夫って分かって、ホッとしたんだよ。

 まだ先だけどもう寝ないようにしないとな、って思ってたらまた放送があって、これが『少し不思議』な話なんだけど、言われたのがさっきと同じ駅の名前だったんだよ。

 最初は俺の勘違いだと思った、普通に降りてる人もいたし。

 でも、違ったんだよ。

 その次は別の駅だった、予定通りの駅だった。でもさらにその次はその駅と同じ駅だったんだ。

 つまり、同じ駅に二回行ってるんだよ。

 もう驚いたね、この状況も驚いたけど、他の人は誰もそれが当たり前みたいにものすごく普通なんだよ。

 電車は同じ駅に二回止まるのが当たる前みたいに、降りる人もたまにいた乗る人も、何とも思ってないんだろ。

 もちろん俺も冷静に見えるようにしていたよ。だってもし俺が騒いだりしたら、襲われるかもしれないからな。

 あ、まだ話は終わってないんだ。まだ俺が降りるのを話してないだろ。

 そりゃこうやってここに居るんだから無事には決まってるけど、まだ話は有るんだよ。

 俺が騒がないようにじっとして、俺が降りる駅に着くのを待ってたんだ、早くここから逃げれるように。

 でも、近付いている途中で気がついたんだ、一回目と二回目、どっちで降りればいいんだ?

 駅は同じかもしれないけど、二回止まるのはおかしいから、ひょっとしてどっちかに降りると異次元に降りてしまうんじゃないかって思ったもんだよ。

 異次元って、今考えたらおかしいけど、怪談にはよくあるだろ、異次元。

 あの時はもうそうとしか思えなくて、どうやったら異次元に行かないで済むかを考えていたよ。

 まあ、この通り異次元には行って無いけどな。

 最終的に考えたのが、二回目が無いかもしれないって事だった。

 一回目で降りなかったら、つまり目的地で降りなかったと思われて、どこかに連れていかれるかも知れないと思ったんだよ。誰が連れ行くのかは分からないけどさ。

 だから俺は目的の駅に着くとすぐに降りようとしたんだ、そしたら突然腕を捕まらたんだ。

 横には誰もいなかった、ずっと。でも降りようとしたら居たんだ。

 言葉も出なかった。もう驚くとか恐怖とかを越えてて、俺友達と居たっけ? って思ってしまったよ。

 でも、それは帽子をかぶってジーパンとジャンパーを着た、小学生だった。

 でもなぜか、この時間に小学生が居ても不思議とも何とも思わなかった。

 ただ何も言わずに、小学校は首を横に振ったんだ。

 それを見た俺は何故か、今降りたら帰れないと思って、座り直りたんだ。

 そうこうしていると電車は出て、次の駅で止まった。

 さっきと同じ、俺が降りる予定の駅だった、でもその小学生を見ると、さっきと同じように首を横に振られたから、降りなかった。

 何でかは分からないけど、その小学生を信用しきってたんだよ、本当に何でか。

 小学生に腕を掴まれたまま、どんどん電車は進んで行く。

 ……で、気がついたら俺は寝ていて、終点の駅員に起こされて追い出されたわけなんだよ、これが。

 つまり俺は、途中で眠って終点まで起きれなかった、それだけの話なわけですよ、はい。

 『少し不思議』なのは、あんな夢を見た事ぐらいだな。

 意外だな、怒らないのはさ。ただの俺の夢の話なのに。

 話す前に確かに言ってたもんな、怒るなって。でもそれを言ってても怒る奴はいるんだよな。

 最後に起きた時には俺と駅員しかいなかったよ。小学生なんて居る訳ないって、あんな時間に。

 結局その後はタクシーを呼んで帰ったよ、車持ってる奴を呼んで、送ってもらった。滅茶苦茶怒られたよ、そしてこの話をしたら、もっと怒られた。

 ああ、着いた着いた。俺はここで降りるから一緒に来てよ。

 チャージしてくれる約束でしょ。

 ……あれ以来、鈍行に乗っていない。今日はああれから初めてだ。

 だから、この話は夢なんだよ。

 夢だからここに居て、喋れるんだよ。






 限度額までチャージをして、私は改札前で彼と別れた。

 最後に言った言葉に、何かを感じているんだろうとわかる。

 元の駅に戻るには時間があるので、駅の人気が無い場所に行って上司に報告する。

 意外な事に、話に出てきた小学生については触らないようにと言われた。向こうから接触してくるまで待つ、邪魔をしてはいけない、そう言われた。

 それよりも調べなければいけない事が、私が気がつかなかった事ある、そう言われてしまった。

「……『少し不思議』な話をした彼は、本当に私達と同じなのか……、か」

 確かに、眠っている間に何が起こったのか、誰も知る事は出来ない。

 もう全てが終わっているかもしれないのだ。

 少し不思議は少し不思議のままでいなければならない。

 その為に私たちは活動をしているのだ。

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