第9話 緊急オペ
結城が斎藤智樹との会話を終えたその日の午後、学園内で思わぬ騒動が起きた。突然、体調を崩した生徒が次々と校医室に運ばれてきたのだ。斎藤は冷静に対応し、スタッフと共に忙しく動き回っていた。
結城もその状況を見て、心配になって校医室に戻ることに決めた。彼が再び校医室に足を踏み入れると、室内は緊迫した雰囲気に包まれていた。斎藤は一人の生徒がベッドに横たわっている前で、慎重に手術の準備を整えていた。
「これから手術を始める。君も見ていたいなら、静かにしていてくれ」
斎藤は落ち着いた口調で結城に告げた。結城は言われた通り、できるだけ静かにその場に留まった。斎藤は生徒の症状から、急性の内臓疾患を疑い、緊急手術を決定したようだった。
斎藤は、助手の看護師に指示を出しながら、手際よく手術の準備を進める。彼の手は確実で、どこか熟練した職人のように見えた。結城はその姿に見入ってしまった。斎藤の動きには、ただの技術だけでなく、深い経験と自信が滲み出ていた。
「手術のための麻酔をかけます。しばらくは意識が朦朧としているかもしれませんが、心配はいりません」
斎藤の声が、手術室内に響く。生徒が麻酔を受けると、彼の体はすぐにリラックスし、無事に手術が開始された。斎藤は切開し、手際よく内臓を確認しながら、問題の部分を丁寧に処置していく。手術の間、彼の集中力は途切れることなく、迅速かつ正確な手技が続けられた。
結城は、手術の緊張感に包まれながらも、斎藤の熟練した手技に感心していた。医療器具の細やかな取り扱いや、内臓を扱う繊細さは、まさにプロフェッショナルの仕事だった。
やがて、手術が成功裏に終わり、生徒が安堵の表情で目を覚ました。斎藤は冷静に状況を確認し、回復室へと案内した。
「手術はうまくいった。あとは、しっかりと休んで回復するだけだ」
斎藤の言葉に、生徒は感謝の意を示し、穏やかな顔でうなずいた。結城もその様子を見て、ほっと一息ついた。
「先生、手術が成功してよかったです」
結城は心からの言葉をかけた。斎藤は微笑みながら、彼に答えた。
「ありがとう。君も、この学園の中で何か問題があったら、気軽に相談してくれ。医療だけでなく、どんなことでもね」
その言葉に結城は頷き、斎藤の持つ信頼感とプロフェッショナリズムに深く感銘を受けた。手術の一部始終を見守ったことで、彼の心には斎藤智樹の存在が、さらに強く刻まれたのだった。
手術が無事に終わり、校医室の緊張感がようやく和らいだ夕方。宮本は、手術が成功した生徒が回復室で静かに休んでいるのを見守りながら、少しだけ安堵の気持ちを持っていた。
その時、斎藤智樹がふと立ち止まり、そっと手術室を後にした。彼の白衣はまだわずかに血痕が残っているが、その姿にはどこか余裕が感じられた。宮本もその後を追い、校医室の外で斎藤に声をかけることに決めた。
「斎藤先生、お疲れ様でした。手術、本当にすごかったです」
宮本が話しかけると、斎藤は振り向いて優しく微笑んだ。その笑顔は、緊張感から解放された安心感を湛えていた。
「ありがとう。君も、見守ってくれていたんだね」
斎藤はそのまま、廊下にあるベンチに座り始めた。宮本は少し迷った後、隣に座った。静かな夕暮れの中、二人はしばらく言葉を交わさずに、穏やかな時間を過ごした。
「実は、君がこの学園に来たばかりの時から、君に興味を持っていたんだ。君のやっているゲーム、面白そうだと思ってね」
斎藤が突然話し始めた。宮本は驚きつつも、うれしそうに笑った。
「本当に?それは意外でした。先生がゲームに興味を持っているとは思わなかったです」
「うん、意外かもしれないけど、興味があるんだ。ゲームの中の世界と現実世界が交錯する瞬間って、なんだか面白いと思わないか?」
斎藤の言葉には、ゲーム以上に深い意味が込められているようだった。宮本はその言葉に心を打たれ、ついには本音を語り始めた。
「先生が言うように、ゲームって現実を忘れる一時的な逃避のような部分もあるけれど、逆に本当の自分を見つめ直すこともあるんです。自分が何を大切にしているか、どうしているかを考えさせられるから」
斎藤はその言葉に耳を傾け、じっと宮本を見つめた。その目には、優しさと理解が溢れていた。
「君の言うこと、よくわかるよ。時々、僕も自分の選んだ道が正しいのか迷うことがある。でも、君と話していると、少しだけ心が軽くなる」
宮本はその言葉に心を打たれ、少し顔を赤らめた。二人の間には、言葉では表せないほどの静かな感情が流れていた。
「斎藤先生、これからもいろんな話を聞かせてくださいね」
宮本は静かに微笑んだ。その微笑みに、斎藤も微笑み返し、二人の間に温かい空気が流れた。夕暮れの光が、二人の関係をさらに深く照らし出していた。
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