第2話

私より10歳も若い彼女が病で亡くなった。

ねずみ色の空が広がる冬の午後だったそうだ。前日、着信があったが対応できず数時間後に折り返したが話すことは叶わなかった。そして今朝、母親から訃報を聞き後悔の念でいっぱいになった。彼女は何を伝えたかったのか。苦しさを訴えたかったのか…何かを残そうとしたのか…。私は最後の最後に自分の役目を果たせなかったのだ。


まだ小さな子どもがいるシングルマザーだった。

彼女が入院をして長くないことを告知された。離れて暮らす母親が上京するまでの間、行政の計らいで幼子は児童相談所に預けられた。1度面会に行った時、笑顔で迎えてくれた。面会室に続く廊下を歩く小さな足には白い上履きが履かれてた。その姿に哀しみをおぼえた。きっと、もう母親と手をつないで歩くこともないであろう幼子が、白い上履きを履いてスタッフと手をつないで歩く姿にこれからの孤独みたいなものを垣間見た気がしたのだろう。


彼女とお別れの日、火葬場に参列したのは私と数人のママ友だけだった。荼毘にふす間待機部屋でママ友たちはお茶を飲みながらよもやま話に笑ってる。その光景が悲しみを倍増させた。

幼子は状況を理解(わかって)いるのかいないのかテーブルの下に潜り込み出てこない。幼子の名前を呼んだ。幼子は顔を出し私を見上げた。小さな手にお菓子を渡すと「ぎゅっ」と握りしめた。


彼女が小さな箱に入り母親に抱かれてる。明日、故郷へ帰ると聞いた。幼子に

「バイバイ、またね」

と声をかける。幼子は

「バイバイ」

と小さく手をふり歩き始めた。

長い長い道のりを歩いて行くその足は、いつしか大きくたくましくなっていくのだろう。お菓子を握りしめた掌も大きくなっていくのだろ。その掌でひとつでも多くの希望をつかみ、たくましくなった足で大地を踏みしめ自分の道を作られることを祈るばかりだ。


あの日から少し時が過ぎ、最後の役目を果たせなかった負いめもまだ残ったままで、幼子への想いもあり、幼子へ小さなプレゼントを送った。母親からお礼の電話があり幼子と話をすることができた。

「元気かな?」

「うん。元気だよ!今日、雪で遊んで雪だるま作った!」

「え~いいなぁ、雪と遊べて」

「もうすぐ1年生になるんだよ」

「そうだね、春になったら1年生だね」

「ボク、大丈夫だよ」

ふいの言葉にハッとした。年齢にそぐわない言葉だと感じた。どんなきっかけでおぼえたのか…意味を充分に理解しているのか…。きっと、「ボク、ダイジョウブ」という言葉が自分も周囲も安心させる魔法の呪文だと感覚的に理解したのかもしれない。

「うん、大丈夫だね」

「プレゼントありがとう」

「いえいえ、風邪ひかないように気をつけてね」

「うん!バイバイ」

「バイバイ、またね」


これから「ボクは大丈夫」と何回も繰り返し呟くかもしれない。少しでも長く魔法の呪文であるようにと願った。


いつしか、あなたの母親がどれだけ真摯にあなたと病に向き合っていたかを伝えたい。god bless him

本当に神様がいるのなら、どうか彼を見守ってください。

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心ふるわす時 一閃 @tdngai1

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