心ふるわす時

一閃

第1話

学生時代よくつるんでいた仲間たち。社会人になり年に数回タイミングが合ったメンツで会ったり近況報告するくらいであなたと個人的に連絡を取ることもなくなっていた。

そんな時、あなたが離婚したことを知り率直に驚いた。去年会ったときは子どもの成長を嬉しそうに話していた。この短い間に何かあったのか…あの時すでに壊れていたのか。


「飲み会すっぞ、落ち込んでるみたいだから気晴らしになればな」と連絡がまわってきた。私も都合をつけ、約束の時間より少し遅れて店に入った。あなたは私を見つけるなり「おー来た来た」と大げさに手まねきをした 。

「なぁに、もう酔ってるの?

「久しぶりに会うのに第一声がそれかよ」

「相変わらず色気ないな。何呑む?」

「まだ仕事残ってるからお茶で」

「ホンッと」と力をこめ「色気ないなぁ」と続けた。

「俺の事聞いてるんだろ?」

「一応お聞きしております」

「大丈夫?心配してたのとかないのかよ」

「大丈夫?元気出して!」と枝豆をつまみながら言うと悪友たちが笑う。

「なんか、からんでない?」

「昨日さ、こっちに来るのに運転してたらさ、空がめっちゃ青くて、雲ひとつなくてめっちゃきれいだったんだよ」

「それがからむ理由につながるの?」

「めっちゃ感動して、なんか、こう…心ふるえてさ」

と、右腕を胸の前でぐるぐる回す。

「めっちゃ、多すぎ」

「まあ、聞けよ」

「わざわざパーキングに車入れて、車からおりて空を見上げたんだよ」

「空を見上げるってことも久しぶりだったんだよなぁ」

と、ビールを流し込む。

「で、そんとき、思い出したんだよ、おまえさんのことを」

「私?」

「そ、おまえさん。俺も不思議に思う」

「昔さ、なんか口数も少ないし、目立たないんだけど、気づくとニコッと笑いながら、うんうんと話を聞いててくれてさ」

「なぁんか探してしまう時があったわけよ」

「ヒューヒュー、今頃告白ですか~」

野次馬化する悪友たちを気にもせずあなたは話を続ける。

「俺、言ったよなぁ」

「何を?」

「三十路になってもお互い1人だったら、俺がおまえさんをひきとるって」

「おぉ~今なら確実OUT発言」

「そんなこと言ってたのかあ」

「もう!野次馬うるさい!」

私は少し照れくさくなった。

「忘れたのか?俺はおぼえてるぞ」

「そんなこともあったけ?アオハルだ~」

と言いながら『おぼえてるよ』と心の中でつぶやいた。

「ホンッと、おまえさんってなんなん?」

「なんなんって、なんなん?」

「アーッ、俺、酔ってるよな」

「酔ってますね」

「めっちゃきれいな空見上げて、おまえさんを思い出して…なんなん?」

私は言葉を見つけられなかった。悪友たちも静かに次の言葉を待ってるかのようだ。

「アーッ酔ってます。悪い…頭冷やしてくるわ」

と、立ち上がった。

「大丈夫かよ」

と悪友が声をかける。

「大丈夫、すぐ戻るし」

「そっか」

酔ってると言ってはいるがしっかりとした足どりで店を出て行く。酔ってなどいないのかもしれない。

「あいつ、単純なとこあるから今回のこと、ストレートにきてるかもな」

「子ども可愛がってたしね」

「愚痴ると少しは楽になるのに何も言わないし」

と色んな言葉が飛び交う。あなたは…黙ってることでパートナーや我が子を守ろうとしているんだ。誰かを傷つけることも必要以上に自分を正当化することをしたくないと思ってるに違いないと変な確信が私にはあった。


戻ってこないあなたを心配した悪友から「様子を見てこいよ」と声をかけられる。

「え?私が?」

「来て欲しいと思ってるかもしれない」

正直、少し戸惑った。

店を出てあなたを探す。小さな児童公園をのぞくと、電灯の灯りも届かないベンチにあなたは座っていた。夜空を見上げるようにして目をとじていた。

「大丈夫?」

「ん…大丈夫だ」

「お水買ってこようか?」

「いや…いらない」

「そっか…じゃあ先に戻ってるね」

「その方が…」と言いかけると

「ホンッとおまえさんはわかってないな」

と言葉を切るように言った。

「えっ?」

「座ってくれないか?」

と、自分の横を指差す。黙って座るとあなたは体を前に倒し、頭を両手で抱えた。肩が小刻みにふるえてる。『泣いているんだ』声を殺して泣いている。思わず肩に手を添えた。

「悪い…」

言うと同時にあなたが抱きついてきた。私は黙ったまま背中をさする。


喜びや悲しみを分かち合いたい、寄り添ってもらいたい時、ふと、思い出す人がいる。それは、近くにいる人とは限らない。自分でもびっくりするくらい思わぬ人だったりする。

言葉をいくつ並べても伝わらないこともある。だから、泣けばいい。あなたが顔をあげたとき、うんうんとうなずくから、必ずニコッと笑うから。


あなたはきれいな青空に心ふるわせ私を思い出してくれた。私は今、あなたの肩越しに見える細い三日月に、初めて見る涙に心ふるわせている。


あなたが私に救いを求めるつもりではないことはわかっている。私があなたの哀しみを癒すことができないこともわかっている。だけど…そんなふたりでいてもいい関係がここにあるのなら、そんなふたりがいてもいい場所がここにあるのなら…束の間…祈るように心を抱(いだ)きあおう。

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